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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第5章 『無情なる世界』
63/94

63.未だ世の残酷を盲者たちは知らない

 屋外で待機していたらしいクーを、連絡役として屋敷に走らせ、俺たちは作戦で割り当てられた地点に布陣すべく地下へと急いだ。


 侵入した魔獣はオルトロス4型。

 俊足が特徴の、風にまつわる魔法を得手とする中型の魔獣だ。

 脅威度はそれほどでもないが、なにぶん動きが素早く、倒すことよりも捉えることの方が難題となる。


 作戦はこの手の魔獣を相手する時の定番で、いくつかの狩場を作り、追い込み役がそこに魔獣を誘導するというもの。

 俺たちの班に与えられた役割は、狩場となる要所の封鎖だ。


 作戦はとっくに始まっている。今この時も、俺たちの持ち場には穴が開いているという状況だった。


 持ち場となる地点の最寄りの入り口、その水路に面した扉の前に、武装した班の面々が俺たちの到着を待っていた。

 軽装なのは相手の足を考えてのことだろう。


「ヤトイ!」


 扉を潜るや否や、アイネが駆け寄ってきた。

 見る見るうちにその表情が険しくなっていく。


「右腕と、それに背中ね」


「どうしてアイネがこっちに?」


 魔獣騒動の時はいつも、屋敷で待機させていた。

 戦闘に長けていないアイネが、なぜこちらに組み分けされているのか。


「あのねえ」


 両手を腰に当てて、呆れたように睨まれた。


「わたしこの班の中じゃ古株なのよ? キースはヤトイのこと聞くなり飛び出して行こうとするし、年長のエルとデラも今は黒の家でしょう。フーリは戦うことは得意だけど、口や頭を使うのは向いてないわ。それに、あの子がキースにダメって言えると思う? こんな時だからこそ、エムリは屋敷に残しておきたい。そうしたら、わたしがキースの抑えとして表に出るしかないじゃない」


 見事に論破されてしまった。

 ぐうの音も出ない。


 この場に来ているのは、他にウォト、ルッダ、チチャの3人。

 エムリに加え、オルとロジまで屋敷に置いてきたようだ。

 こちらにはフーリが居るとは言え、無茶をする。


「キースは会議を途中で抜けてきたららしいけど、追及とかされなかった? 他の班から圧力をかけられたりとか」


「そういう動きはあったんだけど、青錆街の仕切りだったから、下らないことで時間を取るなーって一蹴されちゃったのよ。この前のが大事になっちゃったからか、すごくピリピリしてて」


 政治的な意図でこちらを庇ったのか。

 それとも主導権を握る口実として使われたか。

 後が怖いが、今この場を凌ぐ上では助かった。


「それより傷!」


 アイネは包帯代わりに服で傷口を縛りつけた腕を一瞥して、背中に回り込む。


「ひどい、ね。でも見た目ほどじゃないか。血は殆ど止まってるし。それより問題は、そっちかな」


「ご明察」


「手当てしていい?」


 アイネの言う手当てとは、魔法による治療だ。

 古株の言葉が示すように、アイネも身体強化を含め多少の魔法を扱えるようになっている。

 その効力については、まだまだ頼りないところがあるが。


「もしもの時のために魔力は温存しておくべきだよ。他人に使うのは酷く効率が悪いんだから」


 消魔結界の中でも魔法は使える。

 即座に無効化されてしまうとは言え、発動しないわけではないのだ。

 こと肉体の内側に作用する類の魔法であれば、やり方次第でその効果を発揮させることができる。


 回復魔法であれば、直に傷に触れる。それこそ傷口に手や指を突っ込む形で行使すれば、間違いなく魔法の効果は現れる。

 それでも、かなりの魔力を浪費する。


 穴の開いた空気入れで、タイヤに空気を入れようとするようなものだ。

 消耗に見合う効果は得られない。


「分かってる。今がその時だと思うから聞いてるの」


「本当かな」


 俺を案じるその瞳からは、理性よりも感情の色を強く見て取ることができる。

 聡いこの子が感情に任せて取る行動だ。

 認めるのはどうにも憚られる。


「らしくない」


 ぽつりとアイネが零す。

 それからはっとした様子で視線を落とし、少し彷徨わせてから再び俺を見た。


「わたしのこと、気にしてる?」


 気にして……、そうか。今、俺はアイネを案じていたのか。

 あと一歩のところまで来たのだからと欲が出た。


 くく。らしくないか。

 まったく以てその通りだ。


「僕は、どうかしていたね。頼むよ」


 腕を縛る服を外す。

 露わになった傷の数々に、アイネが眉を顰めた。


「これで戦うつもりだったの?」


「そっちはフーリに任せるさ」


 アイネが傷口に指先を強く押し当て、回復の魔法を起動させる。

 かなりの激痛が走るが、奥歯を噛んで堪える。


 温かい、と言うよりも熱いくらいの魔力の波動を感じる。

 アイネの魔力に呼応するように、体内の魔力の流れがトレース不可能なほど複雑に変化する。

 そしてゆっくりと、指先の触れる傷口が塞がり始めた。


 掌の穴と筋の断裂を回復したところで、アイネの身体が傾いだ。

 倒れそうになる体を肩を抱き支える。


 急激な魔力の消耗による虚脱症状だ。

 立ちくらみみたいなものだが、魔力総量が人間とは比べ物にならないほど多い黒の民は、通常の魔法の使い方ではまず起こり得ない。


「限度ってものがある」


「でも、これくらいまで回復させないと、やっていないのと同じでしょ?」


 溜め息を吐き、右手で剣を抜き軽く振ってみる。

 完全ではないが、戦闘に支障が出ない程度には回復している。


「ヤトイ、そっちは済んだか。フィオも骨にひびが入っていたんで、チチャに軽く手当てさせた」


「大丈夫。すぐに向かおう」


「オルトロス相手なら戦力は十分だな。アイネとチチャは家に戻っとけ」


「気を付けてね」


 そう言ってアイネは、短柄の大身槍を差し出す。

 大身、つまり穂先の長い短槍といった代物だ。小振りな長巻と見ることもできる。

 相手の速力に対し、受けを意識しての選択だろう。


「そっちもね。チチャ。アイネをよろしく」


「え、うん。……なんか、ふたりともいつもと雰囲気違うね。こう、なんて言ったらいいのかな――」


「余計なことくっちゃべってないでさっさと行け。こっちが水路に出れねえ」


「ごめ。みんな頑張って。それじゃまた後で」


 アイネとチチャが後方の扉を閉めたのを確認して、俺たちは水路側の扉を開く。


 ウォトが物言いたげな目で俺を見ている。

 文句は後でいくらでも聞いてやるから、今は目の前のことに集中しとけ。


「気を引き締めろよ。魔獣としての格は大したことねえ相手だが、事故が起きやすい奴だ」


 キースの号令で俺たちは水路に飛び出す。

 追い込み役が来るまでに持ち場に辿り着ければ、黒の家との衝突は避けられる。


 ログスター兄弟との軋轢は、今回の一件で致命的なものとなったが、黒の家さえ動かなければいくらでも動きようはある。

 その時はまだ兄弟の口にした言葉の意味を考える余裕もなく、事態をそう簡単に考えていた。


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