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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第5章 『無情なる世界』
62/94

62.そして地獄の日が始まる

ラーデ・ロムニス編の最終章です。

「師匠。ごめん。おれのせいで、ごめん」


 無味乾燥な石壁の小部屋に、悲鳴じみた謝罪が響く。


「泣くな阿呆」


 床に転がされ、血と涙の染みを作るフィオに、呻きを堪え声を絞り出す。

 正直、お前の相手をしてやれるほど、余裕がないんだ。


 半裸に剥かれた俺は、梁に通された鎖に右腕を縛られ、宙に吊るされていた。

 腕が抜け落ちないようにとの配慮から、掌を貫くナイフで鎖に固定されている。


 まあ腕には他にも、投擲用のナイフだとか太矢だとか、的にして遊ばれたおかげで色々と刺さっているんだが。


 背中は背中で鞭にしこたま打たれたから、いったいどんなことになっているのやら。

 頭から被せられた水が、これまた傷に染みる。

 足下には吐瀉物混じりの、薄く朱の滲んだ汚らしい水たまりができていた。


 乾いた寒風が、開け放たれた窓から容赦なく吹き込む。

 誇張なしに、いつ凍死してもおかしくないくらい寒い。


 ギリギリを責めてるつもりなんだろうが、俺じゃなかったら十中八九死んでる。

 体内の魔力の流れを弄って、冬眠に近い状態を作りだしているから、なんとか生き永らえているだけだ。


 見込みが甘かった。

 まさかログスター兄弟がここまでの暴挙に出るとは思わなかった。



 ◇◇◇



 悪ガキのテグが、フィオが捕まったと助けを求めてきたのは、朝食を取ってしばらくしてのことだった。


 ログスター兄弟の要求は、俺が出向くこと。

 話があるのだろうと思った。嫌がらせを受けるのは覚悟の上だった。

 しかし、これほど暴力的なオハナシになるとは。


 黒の家では殺しは法度だ。

 そこに結び付きかねない怪我を負わせるのも、同様に固く禁じられている。

 殺しほどではないが、酷い罰が待っている。


 集団で個人をともなれば、今後の仕事に差し支えが出るかもしれないほどだ。

 黒の家を追い出される切っ掛けとなった乱闘でも、俺を刺した奴は、指を2本切り落とされている。


 気になるのは、ログスター兄弟に罰を恐れる様子がないこと。

 けれどそれとなく聞き出した限りでは、これは黒の家の総意という訳ではない。

 どうにも不可解だった。


「惨めだな。けど手前は無印、元々こうなる運命だったのさ。身の程を弁えもせず、手前らはやらかし過ぎた」


 俺の腫れた頬を、手の甲で弄ぶように叩きながらロッゾが嗤う。

 青錆街による緊急呼集の鐘が鳴り響いたのはそんな時だった。


 ロッゾの眼が見開かれ、侮蔑を孕んだ喜悦が目元に刻まれる。

 そして哄笑がふたつ、鐘の音に重なった。


「あっはっはは、あの野郎の言う通りだ」


「くっはは、本当に鳴りやがった」


「ざまぁねえな、無印。手前は手をこまねいて見てろ。お前ら行くぞ!」


 ロッゾとロイは勝ち誇るように言い残し、足早に去って行った。


 建物に残ったのは見張りが数名。

 殺す気はないようだが、間違いで殺されるということは十分に有り得る。


 先んじてこの場にいる人間をすべて殺し、そのまま街から逃走する。

 そんな暴力的な思考が、いかにももっともらしいものであるかのような錯覚すら、俺には生まれ始めていた。


 実際、全力を出せばやってやれない人数ではなさそうだった。

 問題は逃走経路だ。

 緊急呼集がかかった以上、地下は危険かもしれない。魔獣そのものよりも、討伐隊が厄介だった。


 この消耗した状態で解放持ちに追われるとなると、逃げ切れる自信がまるでない。

 結局俺に出来たのは、主観時間を遅らせて、魔力の消耗を抑えることだけだった。



 ◇◇◇



 刻々と時間だけが過ぎ、そうして今に至る。


 もう作戦会議も終わり、討伐が始まった頃だろう。

 黒の家の方針が変わったから、俺たちの班も討伐に駆り出されるはずだ。


 周囲から孤立しているこの状況下で、初の討伐を放り出せばどうなるか。

 ダルハに潰されるのがオチだろう。

 俺たちの班はそこで終い。計画もなにもかも台無しだ。


 エムリに俺の動きは伝えてあるから、失踪と見られることはないはず。

 機を見誤るなよ、キース。

 そんなことを考えていると、遅滞させた意識に引っ掛かるものがあった。


 ――まさか。


 階下が俄かに騒がしくなる。

 鈍い殴打の音に、時折金属同士のぶつかる甲高い音が混じる。


 俺とフィオを見張っていた奴らが、慌てて武器を掴み階下に走っていく。


 間違いない。

 馬鹿が、こっちに来るとかなに考えてやがる!


「し、師匠! これって」


「フィオ。後ろ向いて」


 見張りが去るや否や拘束を解いた俺は、刺さっていたナイフでフィオを縛る縄を断ち切る。

 間もなく階下が静かになった。


 フィオの拘束を解き終え、腕に刺さったナイフや太矢を取り除いていると、キースが抜身の剣を片手に部屋に入ってきた。

 手にする刃は、薄く血に濡れている。


「殺した?」


「まさか。お前のその傷よりはマシだ」


 なら、死にはしないだろう。


「どうしてこっちに来たの」


「お前がいつかオレに言った台詞をそのまま返してやる。お前に死なれるとオレが困るんだよ」


「連中に僕を殺す気はなかったみたいだけどね」


「そんなの。運よく死ななかっただけじゃねえですか!」


 俺の剥ぎ取られた服を手にフィオが叫ぶ。


「本当にね。この時期の水責めは辛かった」


「フィオ。服は着せてやるな。傷に悪い」


「背中の止血はいらないよ」


「なら拭くだけで……ッ! し、師匠。師匠の身体、氷みたいに冷てえよ」


 また泣き出してしまいそうな声だった。

 そう心配しなさんな。


「大丈夫。少しズルしたから。それよりキース」


「行けるのか?」


 痛覚を鈍らせているので、背中に関しては動きにそれほど支障は出ない。

 右腕は、酷いな。

 掌の骨は貫かれてるし、腕は太矢で腱を切られている。

 自然回復に任せたら、使い物になるまで3日はかかりそうだ。


「僕の役割は戦うことじゃないからね。フィオはどう? かなり殴られてたみたいだけど」


 言いながら、取り上げられていた武器の類の回収を行う。


「やれます!」


「なら急ごう」


 フィオに装備を放り、キースを促すように出口へと足を向ける。

 ログスター兄弟が俺に放った言葉は気になった。

 けれど今はなによりも、追及の口実を与えぬよう動くことが先決だった。


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