60.孤立と自衛への備え
青錆街でハヴィスとの面会が済むと、俺たちは早々に黒の家へと引き返した。
そしてアイネへの事情説明もそこそこに、必要な荷物だけを手に郊外の屋敷に戻る。
今日の件について青錆街から黒の家に連絡がいった後、ダルハやログスター兄弟がどんな動きを見せるか予想がつかなかったからだ。
ヘズコウにはキースが事の顛末を伝えた。
しかしながら俺たちには、計画のため伏せておかなければならない事情が多い。
黒の家に誤解を与えないようにするのは、なんとも無理の多いことだ。
こうして俺たちが黒の家から引き上げるのも、悪印象に繋がるだろう。
正直、戻るのは悪手だと思う。
けれど残って万が一があってはそれこそ元の木阿弥だ。
いざという時に逃げの手が打てるだけ、屋敷に戻った方がマシである。
アヴレットやモトが短絡的な行動を取るとは考えにくい。
これが青錆街の策略であることくらい、冷静に考えれば気付けるであろう。
だが俺たちの行動には妥当性がない。
なんせ、こちらが青錆街の言いなりにならざるを得ない真の理由は、当の青錆街ですら理解できていないのだから。
屋敷に戻ることはキースも了承済みだ。
むしろ屋敷の守りの観点から言えば、俺が戻らなくてはキースも困るだろう。
俺たちは元々、黒の家から追い出された問題児集団だ。
それ故に、自衛のため平時から備えはしている。
入れ替え組から交代で夜番を出しているのだ。
ただな。入れ替え組は、そもそもが固定組と比べそうした能力で劣っている者が多いのだ。
劣っているから、入れ替え組とされている。
つまるところ、言いたくはないがその目や耳は信用ならないのだ。
街を出た後に役立つと考えて、訓練の意味でやらせてはいる。
けれど当てにはしていない。
実際に夜の警戒を担当しているのは、専ら俺とエムリだ。
キースやフーリに任せることも多い。あと他に頼りに出来るのはフィオくらいか。
「皆への説明は任せるよ。僕は夜に備えて寝ておく。それまでの警戒はエムリかフーリに頼みたいんだけど」
屋敷に着いて早々、部屋に直行することをキースに伝える。
応えたのは跳ぶようにしてやってきたフーリだった。
「よく分かんないけど、あたしがやるよ」
「そうだね、簡単に説明は必要かな。エムリは?」
「この時間だと、たぶんヤトイたちの部屋。寝てると思う」
「ああ。夜はいつもあの子が」
「代わりができるのは自分だけだからって言ってな」
苦笑するキースに対し、フーリはいたくご立腹の様子。
「ほんと頭にくる。なんなのあいつ。ばかじゃないの」
ハハハ。そいつは俺のせいかもしれない。
エムリは地下でアイネを先導できるように鍛えたからな。
俺のそういった方面での、ただひとりの訓練相手でもある。
魔物が相手だと、経験の差でキースに軍配が上がることが多いが、人相手ならまず負けない。
その辺り、詳しく話したことはなかったから、反感を抱いてもおかしくないか。
「ごめん。あの子には、そういう役割を肩代わりできるよう、僕が教え込んだんだ」
「確かに、オレたちの次くらいには当てになるけどな」
アイネが悪戯っぽい目で俺を見る。
言ってしまって構わんよ。視線で伝える。
「その様子だと、ふたりともあの子の尾行に気づいたことないみたいね」
愉快気にアイネは言う。
ぎょっとした表情でキースとフーリは顔を見合わせる。
「気づいてたか?」
「ううん。気づいて、なかった」
「そういう訳で、少し気負っちゃってるだけだから。優しく見守ってあげて」
「お前、弟子にだけは甘いよな」
意味ありげにアイネを見やる。
「弟子なんていないし」
「よく言うぜ」
「キースが青錆街に出る時とか、これからはあの子をつける予定だから。できればあっちの時の安全確認も任せたいんだけど」
「あいつらに関しちゃ頃合いか。黒の家の動き次第になっちまうが、どこかで話し合う時間を取りたい」
「分かった」
「お前はしっかり休んどけ。こいつにはオレから話しておく」
そいつは助かるな。
エムリが寝てるとなると、二度手間になりそうだし。
「それじゃあお願いするよ」
「わたしは帰ったって皆に挨拶してくるわ」
皆と別れ、半月ぶりに部屋に戻る。
音を立てないよう扉を開けて中を窺えば、フーリの言った通り寝台で眠るエムリの姿があった。
エムリの眠る寝台に背を預けるように、フィオが床に腰を下ろしている。
俺が戻ったことに気づいて腰を上げかけるが、手でそれを制する。
せっかく寝ているのだ。騒いで起こすのは悪い。
事情は後で話すと伝え、空いているフィオの寝台を借りて寝ることにした。
◇◇◇
眼が覚める頃には、空は夕闇に染まり天紋が輝いていた。
窓から見える空で時刻を計っていると、アイネが真っ先に俺の様子に気づいた。
「起きたみたい」
「おはよ」
「師匠! 改めてお久しぶりです」
そこだけエムリより勝っているのはなんでと、苦言を呈したくなる。
もう少し多方面に、その能力を活かせないものか。
「うん。来るの早かったね」
晩飯あたりまでは皆が離してくれないのではと思っていたのだが。
キースと並んで班の人気者だからな。
「逃げてきちゃった」
「ああ、そういう」
いいのかね。
築いてきたイメージというものがあるんじゃないのかい。
「ふたりにはわたしがしてもらった話を、少し簡潔にだけど説明しておいたわ」
計画に関わる部分は省いて、という意味だろう。
「助かるよ。今夜は上に出ようと思う」
「寒いわ」
だろうな。
真冬に夜、屋外で火も焚かず、じっと身を潜めて警戒をするのだ。
けどまあそこは、耐えるしかなかろう。
安全が第一である。
「ここよりは全方位に備え易いからね。エムリはどうする、休んでてもいいけど?」
「手伝う、よ?」
「そう。なら大き目の毛布を持って行こうか」
ひっついていれば、少しは寒さも紛れるだろう。
フーリを探して見張りの交代を伝え、上階のバルコニーに出る。
露台へと続く扉を潜ると、そこは古びた家具やら木箱やらが乱雑に積まれ、さながらゴミ置き場と言ったところ。
さながらもなにも、これらはゴミに相違ないのだが。
元々この屋敷に残されていた、使い物にならない家具が主だ。
それに荷を運ぶのに使った木箱、樽なんかが混じっている。
再利用できるものまでゴミ扱いでここに置いているのには、当然だが理由がある。
目隠しだ。
広い範囲を監視できる場所というのは、逆に多くの場所から監視しやすいということでもある。
見晴らしが良すぎると、見張りに向かないのだ。
故に荷を積んで、要所要所に覗き窓を設け、それに適した場所を作った。
ここ以外にも、防備の薄い箇所には同様の方法でバリケードを組んである。
そしてそれらを誤魔化すため、屋敷の周囲はあえて散らかるに任せていた。
家の管理もできない連中と、油断を誘う意図もある。
エムリとふたり毛布に包まり、覗き窓を使って辺りの警戒を行っていると、しばらくしてフィオがやってきた。
扉の内側で足を止めたのは、俺がエムリにしか同行を求めなかったからだろう。
邪魔にならないか気にしているのだ。
エムリも気づいているようなので呼びに遣り、まとめて毛布に迎え入れる。
そうして今度は3人で警戒を続けた。
月が天高く昇る時分になっても、屋敷の近辺にこちらを監視する人間は現れない。
頬に当たる風は冷たく痛いくらいだが、厚手の毛布の中で団子になっているので、寒さはそれほど感じない。
アイネの持ってきた夜食を摘まみ、一息ついた頃。
フィオがおずおずと、師匠は街を出るつもりなのかと尋ねてきた。
「黒の家の通知の件だね」
「おれはあれを真に受けたりはしてねえよ。キースさんもフーリも、なによりアイ姉ちゃんの態度が本気じゃねえもん」
聞いていた通りだな。
エムリも興味があるのか、視線を外へ向けながらも耳はこちらにそばだてている。
良い機会だと考え、街を出たいと思ったことはないのかと問い返した。
「そんなこと考えたこともなかった。そもそも街の外ってのがわかんねえ。師匠が街を出るって話を聞いてもピンことなかったんだ。他の奴らだってあまりよくは分かってないと思う。おれたちを見捨てるってことなんだって誰かが言い出して、そんな空気になっちまったけど」
そう言って少し俺の顔色を窺う素振りを見せた。
自分はそれくらいのことで不快になったりしないからと、話の先を促す。
「街を出るってことが仲間を見捨てることだってのは、おれだって知ってる。魂の誇りのためにも、やっちゃならないって。でもそれだけなんだ。だからもし師匠にそう思うところがあるなら、どうして出ようと考えるのかとか、出てどうするのかとか、聞いてみたかった」
自分はあるとエムリが口を挟む。
「この街には外から、来たから。おとう、仕事ですぐ死んじゃって、穴倉に放り、込まれたの。あそこでの暮らし、辛かった。苦しかった。昔、住んでた街に帰りたいって、思った。戦争に負けて、街なくなっちゃってるの、知ってる。でも、帰りたいって。ずっと思ってた。あそこから、逃げたかった」
フィオが体を強張らせている。
初めて聞く話なのだろう。
俺もそうだ。
エムリは、あまり話をするのが得意じゃないからな。
自分についても語らない。
「ここに移ってから、殆ど考えること、なくなった。ヤトイとかフィオとか、アイネもキースも居る。それと、フーリも? 皆が居るところが、居場所だって、思う」
監視を続けながら、エムリは淡々と声だけで語る。
そこでちらりと俺を見た。
「ヤトイが居なくなると、寂しい、ね。たぶんそうなったら、アイネにお願い、する」
……ん?
「自分も連れていって、って。アイネきっと、追いかけようとする、から。その時はフィオも一緒、だよ。3人居れば、心強い」
「アイ姉ちゃんならやりかねないなあ。って言うか、おれの意思は?」
「ヤトイが居ないのは、寂しい。アイネも居ないと、すごく、寂しい。でもフィオが居なくても、やっぱり、寂しい」
「キースさんとフーリは?」
「少し、寂しい。けど、我慢できる、よ」
「……仕方ねえな。外とか全然分かんねえけど、弟子が師匠についていくのは普通だもんな!」
君ら勝手なことを言うねえ。
とは言え、ふたりの意思が確認できたのは重畳。
これなら伝えても問題はあるまい。
この晩は結局、黒の家から監視の人間が送られて来ることはなかった。
監視がついたのは、翌日の昼からだ。
人数は少ない。
キースに確認を取ったところ、ログスター兄弟の班の者らしいことが分かった。
黒の家の総意であるかは、不明であった。




