57.後始末と不審と
魔獣のラーデ・ロムニスへの侵入という、未曽有の大事件から4日が過ぎた。
喉を裂かれ魔法を使えなくなったキマイラは、俺たちが持ち場に帰った後、呆気なく討伐された。
ロッゾ、ロイのログスター兄弟と現場の指揮を任されていたフルメイ、それに大門から戻って来たダルハが滑り込みで加わり打ち倒したと聞いている。
滑り込みの部分が妙に強調されて伝えられていたので、おそらく本当の本当に、最後の一撃だけ譲ってもらったような状況だったのだろう。
なんとも格好のつかない話ではある。
とは言え、そこまでダルハの指揮でキマイラを抑えていたのは事実。
さらに付け加えるなら、持ち場に戻って間もなく指揮系統が回復した。つまりダルハは、大門側での仕事はきっちりとこなして引き返したということになる。
討伐の名誉くらい、ダルハが貰っても文句は出るまい。
現に、あの場に居合わせた皆はそれを承知している様子が見受けられる。
ダルハを軽んじるような者も、不必要に過剰に称賛するような者も居ない。
ただ、これが却ってダルハの自尊心を大層傷つけたらしかった。
近しい者に激情をぶつけて、かなり荒れているそうな。
暴走しないよう上手くやってくれと、切に願うばかりだ。
魔獣よりも火事の始末の方が苦労は大きかった。
夜通しで消火活動をして、陽が昇り切る頃にようやっと鎮火の目途が立つ、といった有様。
大門の守備に人手を取られたのも痛かった。
その大門は当座を応急修理と監視の強化で凌ぐらしい。
青錆街が大門の維持に固執するのは、いつか再び運河が使えるようになった時に備えてのことだろう。
皮算用に終わりそうだが。
人的、物的被害は深刻だ。
黒月街は中心部の3割が焼失。青錆街は外縁部の3割と中心部の2割を焼失した。
魔獣と直接戦闘をした黒の家の戦士は、その4割が死亡ないし現役を引退するほどの重傷を負っている。
これは水路掃除を生業とする人間全体からすると、2割にも上る人員を失ったことになる。
魔獣との戦闘でさしたる損害を出していない青錆街も、大門の防衛ではそれなりの数の死傷者を出していた。
これまで、魔獣は地下でのわずかな人的損失のみで討伐されてきた。
それが今回の件で、魔獣による災害というのが本来どの様なものであるのか、思い知らされる結果となった。
同時に、魔境に呑み込まれつつあるというラーデ・ロムニスの現状が、どれほど逼迫したものであるのかということも。
まだ復興の慌ただしさが色濃い中、俺たちは黒の家から秘かに呼び出しを受けた。
場所は、館の主アヴレットの執務室である。
訪れるのは、黒の家を追い出されることになった、闇月の聖章の一件以来になるか。
キースは一緒ではない。
呼び出しを受けたのはフーリと合わせて3人だが、案内は個別だった。
キース、フーリと順に呼ばれ、俺は最後だ。
「褒美、ですか?」
暖炉にくべられた薪の爆ぜる音に、はっとして聞き返す。
モトから語られた呼び出しの目的に、なにを言っているのかと少し呆けてしまった。
曰く、キマイラ討伐への功績の件で、俺たちを招いたらしい。
だから、それが分からんのだ。
功績については早々に、命令無視の罰則と相殺という扱いで決定が下されたはず。
ダルハがまるで足りぬと鼻息も荒く怒鳴り散らしていたことは、ヘズコウから聞いているが、それに関係するのか?
内々も内々の褒美という扱いなのだろうか?
執務室には、アヴレットとモトの2人の姿しかない。
ダルハは元より、ヘズコウも居なかった。
急に褒美としてなにを欲するかと問われてもな。
いや。こうした場を設けられているということは、まったく別の意図があると見るのが正しいかもしれない。
「魔獣と直に戦った者の多くが、その討伐に至る流れを見ている。命令無視による独断専行があったとしても、その立役者になにひとつ報いるところがないとあっては、黒の家の沽券に関わるのだよ」
アヴレットがもっともらしく面子を語るので、俺ももっともらしく道理を口にする。
「上の命に背いたものに罰を与えるのは、当然のことだと、思います」
「無論、罰は与える」
「功と罪は混同しない、という話、ですか?」
「その通り。良きも悪しきも形にして表すのが、組織にとっては肝要なのだ」
少し、読めてきた。
答えが返ってくるはずもないと思いながらも、問いを述べてみる。
「どのような、罰が……?」
「それに答えるのは、お前がなにを求めるのか確かめてからになるだろう」
「先の2人には、クーントの性を名乗ることを戒めました。これで皆は納得することでしょう」
「それは……」
重い罰だ。ダルハらも黙る他なかろう。
しかしそうか。ご丁寧にどうもと言うべきかな。下に見てくれてありがとうと。
おかげで真意は掴めた。
「お前はなにを望む」
「……僕は。いえ、私は。成人を迎えたなら、闇月の僕として、聖地を目指す巡礼の旅に出たいと考えています」
「街を出ることを望むと」
「はい。2年前、私は師に教えを乞い、多くを学びました。師は言って、おられました。闇月の僕であれば、黒の民であっても、巡礼の旅は許されるべきものであると。そしてその時より、聖地を訪れることこそ、無印の私に課せられた宿命であると、考えるようになりました」
「欲するのは我々の許可ではいな」
「私は外について、詳しくありません。その知識と、巡礼に出る前に正しく黒の月を理解する機会を、いただければ、と」
アヴレットとモトが、それぞれにかすかな驚愕を示す。
そうだろうな。闇月の僕としては、普通とは言い難い考え方だ。
「それを知っていてなお、闇の月に身を委ねると言うのか」
「札を与えられたことが、神意と思い」
「無印のあなたが御心を語りますか」
「やめよ」
嫌悪感を露わにするモトを、アヴレットが一喝した。
そして懊悩を吐き出すように息を吐き、深々と椅子に背を預ける。
「モト。この者に禁書庫を使わせてやるといい」
「よろしいので?」
「黒の月の真実を求める者には、真実を与える。それは黒の家が創られた時より我々に与えられた使命だ。例えその相手が、闇月の僕であったとしても」
「承知、いたしました」
「ヤトイ。お前への罰だが……聖章を表に出すことを禁じさせてもらう。それは、あまりにも目障りなのだよ」
言葉とは裏腹な穏やかな声に冷汗が噴き出す。
俺は胸元に揺れる聖章を、慌てて服の中へ隠した。
「家の者達への正式な布告は改めて出す。表向きお前への褒賞はラーデ・ロムニスへの巡礼の口利きとしておく」
モトに退室を促される。
俺は、逃げるように執務室を後にした。




