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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第4章 『異端児たちの束の間の安寧』
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55.乱入者たちと第二幕の始まり

 青錆街の外縁、貧民街の中でもとりわけ貧しい者たちの住む区域は、今や火の海だ。

 黒月街から青錆街にかけて、焔の海原を引き裂くように筋状の空白地帯がある。

 キマイラとの戦闘で燃える物の尽きた、焦土帯である。


 その青錆街側の端、まさに大火の元凶たるキマイラが暴れるその少し手前、黒月街寄りの地点。燃え残った石壁に身を隠し、漆黒の魔人が3人、額を突き合わせている。

 付近の瓦礫の影を、武装した大人たちが面に焦りの色濃く駆け回っている。


「糞が。これで何度目だ。おれの戦歴に泥を塗りやがって」


「まさか首を8割がた裂いても死なないとはな。まるで獅子の姿をした吸血族(ノフト)だ」


「やっぱ、きっちり落とさねえとダメなんですかね」


「斬りつける傍から再生する化け物だ。押し切るには解放の使い手があと2人は欲しい」


「大門の方も状況は良くないっすよ。まだ魔獣の魔力に当てられた魔物が集まってきてるらしくて。青錆の連中が水路を潰すのを渋ってるんで、封鎖もままならねえそうです」


「手前らで暴走しておいて、挙句責任も取りたくねえってか。屑どもが」


「ダルハさん声がでけえですよ。青錆の奴らに聞かれちまう」


「聞かせてんだよ!」


 なるほどなるほど。

 大門を突破されるという、事前の作戦説明からは大きく逸脱した事態の推移。妙だとは思ったが、青錆街が欲でもかいたかな。

 この醜態は、黒の家の無能だけが原因ではないというわけだ。


 なんにせよ、状況が意図したものではないのは確かだ。

 これで心置きなくやれるというもの。

 先行して偵察に出ていた俺は、煙除け代わりの防毒布の裏でほくそ笑む。


 ダルハ達から少し離れ小さな笛を取り出すと、防毒布を外し息の限り吹き鳴らす。

 あらかじめ定めておいた拍子を、高く涼やかな音が刻む。


 周囲の注意が俺に集中するのが分かった。

 間抜けめ。


 俺に誰何の声がかかるよりも早く、燃え盛る炎を抜けて2つの影が、キマイラとダルハらとの中間地点に降り立った。

 影の片割れはそのままキマイラに突撃し、そしてもう片方はキマイラを警戒しつつ、ダルハらに向き直る。


「いい大人が雁首揃えて、たかが獣1匹になにてこずってんだ」


 こちらを向いた影――キースが声を張り上げる。


「クーントの小僧か。あっちの使い手はフーリだな。なら今の笛は忌々しい闇月の糞虫か。手前らガキが、どうしてここに居る」


「あまりに暇だったもんで、ロクに指示も出さねえ大将に伺いを立てようと思いましてね。探してたらこんなところまで来ちまったんですよ、ダルハさん」


「暇だぁ? このくそ忙しい時になに――」


「取り込み中のところすみませんッ!」


 声を大にして2人の会話に割り込む。

 キース、もう少し穏便にいこうや。時間もねえんだし。


「しばらく僕らで時間を稼ぎますから、ダルハさんは全体の把握と指揮系統の回復に努めてもらえませんか。大門には後方から手隙の子供を、火事の始末には黒月街の大人たちを送れば、かなりの足しになると思いますから」


「闇月の糞が舐めた真似をし腐って」


「糞ヤトイ、こっち手伝って。ボンクラどもが手を引いた。これ、あたしだけで抑えるのムリ」


 ログスターのどっちか知らねえが、手前の役割放棄して下がってんじゃねえよ。

 と言うか、手前ら俺を指して糞々言いすぎだろ。


 フーリはその切迫した声とは裏腹に、緩急をつけた流麗な動きで火球を危なげなくかわしている。

 だが、これでは不味い。俺たちの望む戦い方ではない。

 キマイラの本体が完全にフリーになっていた。

 近づけずにいるというわけではない。すぐに間合いを空けられてしまうのだ。


 後のことはキースに任せて、キマイラへと走る。

 運動能力の制限も今回ばかりはなしだ。ただし、使うのは回避の瞬間に絞る。


 途中でフーリに運ばせた、バルディッシュに似た長柄の戦斧を拾う。

 俺の体格ではやや取り回しに難のある代物だが、相手が相手なので、これくらいの大型の武器でないと気を引くのにも苦しい。


「フーリ。結界範囲に注意して。派手に動いて気づかぬまま魔法を消すと、避け損ねるよ」


「気をつける」


 身体強化の魔法を使えない黒の民より少しマシ、くらいの速度で、フーリの援護に急行する。

 魔法の射程に入ったところで、蛇頭が俺の接近に気付いた。


 炎による洗礼はない。どうやらフーリの相手で手一杯らしい。

 代わりに大口を開けた顎が急降下してくるのを、横っ飛びにかわす。


 速いな。水路の魔物の比ではない。

 それに、蛇のようでまるで蛇じゃないなこれ。


 露わになった口腔は、喉の奥までびっしりと鋭い牙で埋められていた。

 獲物を殺すことに特化した器官だ。

 あの顎に捕えられれば一巻の終わりだろう。


 すぐ脇を通り過ぎようとする蛇の胴に、引っ掻けるように戦斧を振るう。

 重い手ごたえと衝撃が伝わる。

 体が流れそうになるのを、足の位置をずらしなんとか踏ん張る。


 痛みを嫌がってだろう、尻尾が波打ち、斧の軌道からその身を逃がした。


 遠ざかる尻尾を追いかけるように、俺はキマイラ本体との距離を一気に詰める。

 宙に火球は浮いているが、それによる追撃はなし。

 やはり己の至近への攻撃は避ける傾向にあるようだ。


 確かに付けたはずの傷は、振り返った時には既に消えていた。


「ダルハさん。面子もなにも、軍が出張ってきたらすべては台無し。終いですよ」


「ガキが知った風な口を叩くんじゃねえ。ロッゾ、ロイ」


「「はっ!」」


「しばらくキマイラを抑えておけ。この場の仕切りはフルメイに任せた。おれは1度大門の方に戻る」


「ダ、ダルハさん、こいつらは!」


「黙れ。そんな奴らは居ない。どれほど殺してやりたくとも、居ねえことには殺せねえんだ。分かったか」


 後方でそんなやり取りが交わされるのが聞こえた。

 邪魔が入らないのは喜ばしい。コレの相手をしながら人間の動きに気を配るとなると、手を抜いている余裕がなくなる。


 それにしても、間近で見ると現実感のない大きさだ。

 踏みしめる四肢は、がっしりとした大人の胴の倍以上の太さがある。そのくせしなやかに動き、象のような鈍重さが感じられない。


 というか、象より明らかにでかいな。

 体長は尻尾を抜いても倍くらいあるんじゃないか。

 子供な俺の体格だと、長柄武器でもなければ足以外は狙いようがない。


 足下に飛び込みざま、後肢目がけて戦斧を叩き付ける。

 石壁でも打ったような、痺れさえ覚える鈍い手ごたえ。

 それでも刃が肉に食い込んでいるのは得物の重量のお陰だろう。


 けれど、骨までは届いていない。

 貧弱な体躯の限界だった。


 キマイラの動きに影響を及ぼすような手傷を与えるには、先のように相手の動きを利用するしかない。


 後肢が煩わし気に、俺を蹴り飛ばそうと地を叩く。

 尻尾に備わる蛇の頭が、俺の動きを追っているのが分かった。

 どうやら警戒してくれているらしい。


 咄嗟の判断だったが、カウンターを仕掛けておいて正解だった。

 足への攻撃程度では脅威として認識されたか怪しい。


 俺がちょこまかと逃げるのに業を煮やしたのか、キマイラの巨体が横に飛んだ。

 あっという間に距離を空けられる。

 そこに降り注ぐ火球の群れ。


 が、そいつはもう見ている。

 間合いが開き火球の存在を確認した段階で、俺は回避行動に入っていた。


 炎の雨を掻い潜り接近する。

 キマイラは再度俺から距離を取ろうとするが、生憎とフーリの方が早い。


 跳躍のため体重が乗った足へと、漆黒の魔人によって振るわれた戦斧の刃が、風切り音と共に叩き付けられる。

 硬いモノが削れる音が聞こえた。


 どうやらフーリの一撃は、間接を半ば切断したようだ。


 巨躯が傾ぐ。だがキマイラは三肢で踏ん張り、体勢が完全に崩れるのを防いだ。

 下敷きになるのを避けるため、フーリが斧を引き抜き間合いを取る。


 重大な損傷を負ったはずの足が、再び地面を踏みしめた。


 とんだ化け物だな。


 呆れ返る俺を余所に、ロッゾとロイのログスター兄弟がキマイラ目がけて突っ込んでいく。

 若干それに遅れる形で、キースも攻撃に加わった。


 これでようやく場が整った。

 あとは作戦通りに事を運ぶだけ。

 キマイラには、己が所詮獣でしかないことを教えてやろう。



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