54.舞台に上がらんと画策する者たち
キマイラを狩るつもりかという、諦め半分の俺の問いに、キースは迷いなく肯定を示した。
キースの視線が燃え盛る貧民街から逸れる。そして壁の上に覗くダーハント山、その斜面に築かれた堅固な街並みに向く。
区画を遮る市壁上の至る所に篝火が焚かれているのが、ここからだとよく見える。
やはりラーデ・ロムニスの動向が気にかかるらしい。
壁の向こうが動く前に始末する。
考えを言葉にするキースの視線は、険しさを増すばかり。
見解は俺と同じ。
だが、安易に同意を示す気はない。
残りの解放持ちが合流すれば、力押しで倒すこともできるのではないかと意見を述べれば、破壊された大門の対処に人員が割かれているはずとの応え。
そこの改善を促すにしても、戦闘への介入は不可避という訳だ。
そもそもの戦力配分に甚だ疑問が残るが、上の連中の状況を考えれば言っても詮の無いこと。
黒の家に意見を言える立場にもない。
ヘズコウが動かずにいるのだから、そちら経由での具申も無駄だろう。
あのおっさんに、黒の家の窮状を打開しようなんて気はないようだからな。
中央が動いたところで、逃げ延びる算段があるのだろう。
俺たちが独自に取れる動きは、班単位のものが限度。
そんな条件の中で現状を打開するとなれば、やはりアレを倒すしかなかろう。
幸い俺たちにはフーリという切り札がある。
最終的にはフーリ頼みになるが、俺がキースにとって有益であると意識させるには、かつてない機会かもしれない。
未だに面と向かって死ねと言ってくるからな、あいつは。冗談ではなく。
魔法を封じる策もある。
損得を改めて計算し、逃亡と量りにかける。
まあここまで手間をかけたのだ、捨てずに済むのならその方が良いか。
キマイラの討伐に付き合う旨を伝え、思考を切り替える。
そのために必要な諸々を勘定し、デラにはフーリと交代するため、戻ってもらうことを提案した。
「ひとっ走りするのはいいよ。でも、あたしが戻らなくていいってのは、どういう了見だい。戦力としてなら、あんたよりかはいくらか足しになると思うんだけどね」
あれま。機嫌を損ねてしまったかな。
そういう意味で言ったのではないんだがね。
キースが助け舟を出そうとするのを、任せてくれと視線で断る。
「今回は相手がアレだから。解放使ったフーリ以外は、それこそキースだって、戦力として見れないよ」
「なんだいそれは。あたしには、フーリだけに戦わせようって話に聞こえるんだけど」
「そうだよ。僕らはただの、餌かな」
「そいつは……あたし向きじゃあないね。でもそうならなおのこと、フィオ辺りを連れて来た方がいいと思うんだけど?」
「時間があればね。僕の策で動くから、不測の事態の備えには、僕が出ないと」
「いつも後ろに引っ込んでるくせに、大一番で前に出ようとするとか、あんた馬鹿かい?」
溜息を吐きながら言われてしまった。
これもしかして、身を案じてくれてるんかね?
そうだとしたらなんとも身に余る光栄で。
しかしそういったことで言動を改めないのが、俺の今の信条なのよ。
「それだけ、危ない橋を渡る気はないんだ。キースにも、渡らせる気はないから」
「あんたの言葉は、どこまで本当かわからないな。まあいいよ。フーリと交代すればいいんだろ」
「フーリには、特3級2式で来るように伝えて。あと長い縄があったはずだから、それも」
「……特3級2式ってなんだい?」
懐疑の瞳で睨まれた。
そこは是非とも流して欲しかったよ。
対魔獣戦闘用装備の種別なのだが、デラが知らなくて俺が知っている理由を説明すると長くなる。
というかこれ、俺とキースとフーリ用の装備しか定めていない。なのでその辺り突っ込まれると、非常に面倒。
「そいつは時間がある時にオレから話す。あいつには屋敷に取りに戻ってもらうことになるから、今は急ぎで頼む」
キースの有無を言わさぬ様子に、デラは追及を諦めたようだ。
「ふたりがそんなに隠し事好きとは思わなかったよ。後で話は聞かせてもらうからね」
それだけ言い残し、崩れかけの鐘楼から飛び降りると街の闇に消えていった。
熱気に炙られた温い風が頬を撫でていく。
中心部は真夏もかくやという暑さに違いない。
燃えて困るものはここに残して行く方が良いだろうな。
「危ない橋を渡らない、ねえ。本気で言った訳じゃないんだろ」
装備の整理をしていると、同じように防具を外していたキースが問うた。
「そりゃあね。面倒は嫌いなんだよ」
「どう戦うつもりだ?」
「キースならどうする?」
「俺が魔法を引きつけて、お前が尻尾。フーリに副頭をやらせる」
無難だな。それ以上でも以下でもない。
魔法に対する研究が足りていないとも思う。
鳴唱が魔法の発動に関わっていると読めなくとも、打てる手は幾らかあるのだ。
「魔法について評価を」
「炎熱系で対処法は回避のみ。弾速は並。精度は大したことないな。強化して避けることに専念すりゃ、まず直撃はない」
「言い切るね」
「アレは魔法を使うだけの獣だ。そいつがアレの何より恐ろしい武器なんだが、やっぱり獣は獣だ。人間みたいな狡猾さがない。動きは速いが感覚頼みで単調。魔法の使い方にしてもそうだ。精々が数に任せて面制圧を狙う程度だろ」
「アレをただの獣とか、言える人は少ないと思うよ」
「倒す方はお前の策頼みだから、大言壮語もいいとこだけどな」
まあな。否定はできんよ。
肝心なのはそこだ。
しかしそうか。昔の俺らみたいなものか。
キースは俺とは違う視点でキマイラを見て、戦い方を検討していたようだ。
俺はすっかり魔法の方に気が取られていた。
言われて見てみればなるほど、巨大で魔法も使うがただの魔物だ。
これならば、思ったより簡単にケリが付くかもしれない。
◇◇◇
作戦の詳細を詰めていると、長持を背負ったフーリが到着した。
「見咎められてない?」
フィオやエムリにそうするように問いかければ、返ってくるのは険悪な視線。
「は? デラに出来るんだよ。あたしに出来ないワケ、ないから」
デラはそこまで大荷物じゃなかっただろ。
「キース。ヤトイがあたしのこと、ばかにする。フィオよりもこういうの得意だって、知ってる癖に。きっとやっかんでるんだ」
「でもお前、エムリにはまるで勝てないんだろ」
「ばかキース。なんで言うかな」
「ふたりともさ。フィオの前ではそれ、言わないであげてよ。エムリとの差に悩んでたのに、フーリにまで追い抜かれて、だいぶ可哀想なことになってるから」
「向いてないよ」
お前が色々と規格外に過ぎるんだよ。
「フーリ。僕の扱いは今のままでいいよ。けど、あの子らを僕とひとくくりにして扱うのは、止めてあげて欲しい」
「本当のこと言ってるだけ。なにが悪いの」
お前、分かってて言ってるだろ。
他の連中とは、もう少しマシな付き合いできてるじゃねえか。
ああもう。こんな話してる場合じゃねえんだろうけど。
「君さ。言いたくはないけど、キースにも同じこと言うの?」
「言うわけない。あたし、キースより弱いし」
だとよ。
どう思うね、キース君。
「あのなあ、フーリ。勘違いしてるようだが、オレはお前と比べりゃずっと弱いぞ。確かに剣の腕ではオレのが上だ。けどな、剣の腕だけじゃ戦いには勝てねえんだ。今だって、オレたちじゃ力不足で勤まらない役を、お前に任せようとしてる」
「えっ……そう、なの? ご、ごめん。キースをばかにしたワケじゃ、ないの」
顔を青くして必死に詫びている。
やっぱり分かってるじゃねえか。
「フィオには悪意で言ってたんだ」
「黙れ無印」
「混ぜっ返すなよ。せっかくオレが話を先に進めようとしてんのに」
「悪い。でも流していい話なら、初めからこんな時にしてないから」
フーリと面と向かって話をする機会なんて殆どないのだ。
まして、フーリにとって都合の悪い話である。これまでそうした話をして、まともに会話が続いた例がない。
こんな時だからこそ、話ができている。
「時間もないから、まどろっこしいことは抜きにするよ。先のことを考えるなら、フーリには嫌でもなんでも、あの2人とは上手くやってもらわないと困る」
フーリは既に、街から逃げ出すという俺たちの計画を知っている。
ならばいい加減に、心構えを改めてもらいたい。
外に出た後のことを念頭に置いて今の行動を決めてくれなけれは、先に伝えた意味がないというもの。
「あちらにも歩み寄るよう言い含めてはあるけど、フィオは子供なところがあるからね。自分だけというのは納得がいかないみたいだ。胸の内でなにを思おうとフーリの勝手だよ。けど、それを表には出さないようにしてくれないかな」
フーリの返答はない。
まあ期待はしていないさ。
「満足したか」
「嫌な言い方するね」
「大事を前にこいつを悩ませてどうすんだよ」
「悩まないと思うけど。僕の言うことなんかで」
それもあって、わざわざキースも居るこの場で話をしたのだ。
「だから、後で同じこと言ってきちんと考えさせてよ」
フーリが、余計なこと言ってんじゃねえこの糞無印死にさらせ、と俺を睨んでいる。
怖いわあ。
「本当に、なんで今話したんだよ。おいフーリ。奴さんを討つ段取りを説明するからよく聞けよ」
「うん」
今しがた俺に向けていた感情が嘘だったかのように、ころりと表情を変え、物分かりよさそうに頷く。
くっそ腹立つなこのガキ。
いやいや、嘘です。腹は立ちません。立ちませんよ。立ちませんとも。
こんなことで感情を掻き乱されてどうするのか。
ひとつ息を吐いて気持ちと言うか思考を正す。
キースの語る大雑把な作戦方針に、俺が要所要所で注釈を加え、フーリに役割を理解させていく。
そして手早く装備を整えると、俺たちは大火の渦中へと飛び込んでいったのだった。




