表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第4章 『異端児たちの束の間の安寧』
53/94

53.炎の舞台で踊るのは

「先客が居るかもと心配したが、杞憂だったみたいだな」


 貧民街北部にある廃教会。

 その崩れかけた鐘楼に登って、俺たちは安堵にため息を漏らす。


 街の中を人目を忍んで移動するのは、中々に骨が折れた。

 屋内待機の命令がここにきて効力を発揮しているらしく、火災の現場以外では人通りが皆無なのだ。

 下手に動けばすぐ見つかってしまう。


 キマイラが現れるまであれだけ騒がしかった街が、あちらこちら静寂に虫食いされたような有様だった。


 ただ、街を抜けて分かったこともある。

 指揮系統の麻痺だ。


 魔獣と火災の対応に中央の人員が割かれ、末端部が孤立している。

 完全な遊兵状態。


 黒の家の上層部と末端との間の、中間層に当たる人員の不足が、こうした事態を引き起こしていると考えられる。

 その地位に適した人材が、現役を引退し黒の家の外に散らばっている状況も、無駄を生じさせる原因であろう。

 いや、それを上手く使えていないことこそが問題か。


 とは言え、今は組織の問題を洗い出すより、遠くに見える魔獣である。

 事態が黒の家の掌から零れ落ちていることは、ここに登った段階で既に結論が出ている。

 この状況を打開できる策が黒の家にないようなら、それこそ早急に、逃げる方向へと舵を取らなねばならん。


 キマイラは未だ健在だ。

 その威容は、200メートル以上離れたこの場所からも、はっきりと見える。


 青錆街の中心から逸れた平屋の多い一帯を、どこを目指すでもなくゆっくりと彷徨っていた。

 黒の民と思しき人影が複数、果敢に攻撃を続けているのだが、キマイラにはまるで怯む様子がない。


 山羊の鳴き声を少し高くしたような奇妙な音が、途切れることなく辺りに響き続けている。

 鳴唱(めいしょう)と呼ばれる、複数の頭を持つ魔獣がよく取る、魔法的習性である。


 俺はこれをある種の呪文のようなものだと解釈している。

 文言ではなく、音によって発現するタイプの魔法。

 魔法と言うのは正確ではないな。よりこの世界の理に則る形で言えば、魔術だ。


 山羊の頭の周囲に青白い光の球体が現れ、それが火球に変じると、辺りに火の花を咲かせていく。


 火球の射程距離は30メートルあるかないか。

 着弾時の火の散らばり方からすると、炎の密度は見たまま。圧縮系ではない。炸裂系でもない。

 つまりあれは、ただの超高温の火の塊だ。


 速度は野球の球速よりもあるかもしれない。

 弾道は直線。炎の拡散は見られず。


 たった今、黒の民が火球を回避し損ねた。

 炎はその2メートルほど手前で消失したが、余熱に炙られたのだろう、まるで火球が直撃したかのように、全身火達磨になった。

 この世界にも自然発火はあるようだ。原理は知らんが。


 速度と運動の方向は、発動時に設定されていると見るべきだな。

 火球の形状維持だけが、着弾まで継続されるのだろうか。

 射程距離が30メートルなのは、形状維持の限界距離と見ることもできる。


 至近への着弾は5~10メートル。

 多少の耐熱能力はあるのかもしれないが、自身の魔法に耐えられるほどではないのかもしれない。

 魔法発動時の山羊頭と火球の距離からすると、どうにも噛み合わない。


 火球の形状維持は、炎だけではなく熱量にも作用している可能性がある。

 あるいは運動方向の制御で熱量の放射方向を限定しているのか。

 無効化によって熱量の拡散が生じるのだとすれば、消魔結界も考え物だな。


 いやはや、実物を見る機会を得られたのは良かった。


 魔獣の文献には使用する魔法の傾向や簡単な対策は書いてあったが、魔法そのものの分析はなされていなかった。

 そちらは魔法関係の文献を当たれということらしい。


 キマイラ2型であれば、炎系統の魔法の発現率が高いと記載されており、火球の弾速に優れる射出系、起爆方式は不明の弾速に劣る炸裂系、竜のブレスと言えば想像しやすい放射系などの言及がなされている。


 ただ、魔法はそれだけで分類できるものではない。

 今回だと射出系に、炎系統でも熱量に大きく傾いた炎熱系とされる系統との複合型だ。


 同じ魔獣であっても、使用する魔法によっては対処法がまるで違ってくる。

 特に、鳴唱を習性とする魔獣は、魔法の傾向が多様化することが多く、種別による対策は難しいとされる。

 これも、鳴唱が音によって形成される魔術と考える一因ではあるのだが、どうもこの世界の人間は天紋を魔術の源流としているためか、これを魔術の術式だと捉えている様子がない。


 魔法を神からの賜りモノと考えているため、魔獣の用いる魔法を神の領域を侵さんとする外道魔法、なんて呼び表したりするようだが。

 本質部分に切り込むのは禁忌だったりするのだろうか。

 神サマがそれに言及しないところからすると、世界の理に触れる類のもので、認識に制限がかけられているとか。


「解放持ちが4人も出張っていて、なに手をこまねいているんだ」


 デラがもどかしそうに唸った。

 キマイラと対峙する戦士の中には、図抜けた体躯を持つ漆黒の魔人の姿が見受けられる。

 解放の魔法を発動した、黒の民の戦姿だ。


 身近にフーリという解放持ちが居るため、その戦闘能力の高さは熟知している。

 キースと俺が全力でかかっても、今や解放状態のフーリには手も足も出ない。

 フィオにエムリ、デラを加えて辛うじて、キースか俺の有効打が入るようになるといったレベルだ。


 地下水路の獰猛な捕食者ヘヒヤルポトも、フーリが解放を使えば1人で事足りる。

 膂力も尋常ではなく、怪力が取り柄のロジが容易く武器を飛ばされる。

 俊敏さは言うに及ばず、傷の回復速度は驚嘆のひと言。映像を逆再生するかのように、見る間に傷口が塞がっていく様は筆舌に尽くし難い。


 それが4人だ。

 デラの言うように、決着がついていないことが不可解でならない。


 ならばやはりこの状況は意図したものなのだろうか。

 しかし、指揮系統の乱れはどう説明する。

 どうにも噛みあわせが悪い。


 討伐隊は魔法を警戒しているのか、散発的な一撃離脱戦法を繰り返しているだけだ。

 解放持ちの4人の内2人は、攻撃に加わってもいない。


「ダルハ、ログスター兄弟、あと1人は得物からするとフルメイだろうな」


 望遠鏡で現場をつぶさに観察していたキースが、その4人について情報を補足する。

 街を出るにあたって、是が非でもと手に入れさせた代物だ。

 割と高くついた。


 と言うかさ。

 戦闘部門総括のダルハが前に出て戦ってるって、誰が指揮取ってるんだよ。


 黒の家の指揮系統についてキースに疑問を投げかけると、戦闘に加わっているフルメイが2番手だと、苦々しい声が返ってきた。

 下が育っていない上に、重鎮2人が戦闘に出ている。指揮系統が麻痺するのも当然というもの。


 ダルハは元々武闘派で、誰かを頼むより自分でやってしまうタイプらしい。

 加えて魔獣討伐で今の地位に上り詰めたこともあり、過去最大の獲物を自らの手で討ち取らんと動いたのではないか、というのがキースの見解だ。


 個人として優秀な者に地位を与えるのはまあ間違いではない。

 ただそいつが組織を率いるのに適しているかどうか、というのはまた別の話だ。

 個人の武名によって集団を率いるなんてのは旧時代的な……いや、文化文明の水準から言えばこれが妥当な人事なのか。

 やってらんねえ。


「しかし、クソッ。こんな化け物どう殺せばいい。ダルハの武勇は本物だ。それでも攻めあぐねている。デラ、こいつでキマイラの傷口を見てみろ」


 キースは覗いていた望遠鏡をデラに手渡す。

 言われた通りキマイラへと望遠鏡を向けたデラは、ほどなくして驚嘆の声をあげた。


「こいつは、治癒かい。それにしてもとんでもない速さだ」


 治癒の単語に、記憶の引き出しからひとつの予測が飛び出した。

 なるほど。解放持ちが4人居てなお倒せぬわけだ。


「8型か」


「文献にはキマイラとしては最小とか書いてあったが、こいつは並だぞ」


「アレには副頭もなかったね。ひと声唸る間にたちまち傷が塞がる、だったかな」


「ああ。首を落とすまで活動を止めなかった」


「なるほど、だから獅子の首に狙いを絞っての一撃離脱なわけか」


「だろうな。あの巨体が相手だ。上手くはいってねえようだが。ああ畜生。また誰か焼かれた! 決め手がないのはいい。ならどうして役にも立たない他の連中を戦場から下げようとしない!」


 討伐隊の腑に落ちない戦い方の謎は解けた。

 まあ、解けたには解けたんだが。


「……なんで?」


「なんでって。落とせばそれで終いなんだろう?」


 脇からデラが口を挟んだ。


「いや、死なないでしょう」


「死ぬだろ」


 デラが間髪を置かず否定する。

 頭の弱い子でも見るような目で見られている。いやいやいや。


「たぶん死なないと思うけど?」


 だってそうだろう。8型が首を落とされて息絶えたのは、魔法を扱う副頭がなかったからだ。

 ひと声唸る間というのは、比喩ではなく文字通りの意味なのではないか。

 ならば副頭を持つこの個体の場合、治癒を司っているのもまた、山羊の頭である可能性が高い。


 副頭を持たない系統が、どのように魔法を発動させているのか気になるが、キマイラ型はおそらく、鳴唱をその手段としているのではないか。


「殺すなら、まず魔法を使っている副頭の喉を潰さないと」


「キース。ヤトイがおかしなこと言ってるぞ」


 やはりおかしいことなのか。


「副頭の首を落とす、じゃないのか?」


 そっちなら理解できないでもないのか。

 どう説明したものかね。考えをそのまま口にするのは、ちと不味いかもしれん。


「魔法種にはさ、魔法を扱う専用の器官があったりするよね。鬼族の角とか、有翼族の翼とか、妖精族の妖精器官とか」


「妖精器官って言うと、魔紋や天輪、光翼か。話が読めて来たぞ。それが副頭の喉ってわけだな」


「そういうこと」


 流石だな。頭の回転が速い。


「寡聞にして知らない話だ。それ、本から得た知識じゃねえな」


 キースの眼が険しい。

 バレますか。そりゃバレますよね。

 普段から魔獣の話はしてるのに、初めて話題に出たからな。それもかなり重大な要素である。


「知識と観察からの推論。で、納得してくれない?」


 キースはわずかに瞑目した後、ひとつ頷く。


「納得しておく。その上で聞くが、確実じゃないんだろ。どこまで見てる?」


 即答しないのは良いことだ。感情ではなく理性で物事を判断しようとしている。

 事実それができているかどうかは、さしたる問題ではない。そも感情抜きで俺の言葉に納得など無理と言うもの。そうあろうとする姿勢が重要なのだ。


「治癒については8割くらい。火球は間違いなくそれで封じられる。ところで」


 キースの言葉からは、どうも討議を求めている気配がしない。

 視点が変わった、そんな感じがする。


「ところで、なんだ?」


 やはり、錯覚ではないだろう。

 となると、この場面でキースが考えることなんていくらもない。


「アレを僕らで狩るつもり?」


 だから仕方なく、諦め半分に俺は問うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ