51.傭兵であることを捨てた黒の民の末路
天紋が消え夜の月が天上を支配する中、魔獣の討伐が開始された。
俺たちの持ち場は地上。
封鎖されている地下への入り口のひとつの監視、それが与えられた役割だ。
まあ、魔獣が出た時のいつもの配置である。
班の全員を連れてきているわけではない。
武力筆頭のキースとフーリは当然として、固定組からは他にデラ、フィオの2人だけ。ああ、あと俺か。
後は戦闘に向いているオル、ウォト、クー、ルッダで、合計9人。
アイネは戦力外で待機。鼻の利くエムリも屋敷に残してある。
あちらの戦闘指揮はアイネの担当だ。ロジはそういうことに向いていないからな。エムリは補佐だ。
基本的には立て籠もって、こちらの帰還を待つ。
必要ならエムリに走ってもらうことになっている。
魔獣の侵入には慣れているだろうに、嘗てないほどの逼迫した状況とあってか、街からはこの段になってもざわめきが消えない。
まあ、上が無様を晒しているのだ。下に粛々と勤めを果たせと言ったところで、上手くは回るまい。
頻繁に行き交う伝令からは、上の不安が手に取るように分かる。
それが下の者たちの焦燥を煽り、揺れ動く感情は、荒らげた声に乗って表れる。
居ても立っても居られぬと、自らの役割を欲し、人々は忙しなく動いていた。
まったくご苦労なことである。
為るようにしか為らぬのだ。手前らの与り知らぬところで、すべての片はつく。
なんとも無駄なことだ。
かく言う俺たちはそんな忙しさとは無縁に、ただ怠惰に時を過ごしている。
これといってやることがないのだ。
役割として地下への入り口を監視してはいる。けれど魔獣がここから出てくるのは、物理的に無理と言うもの。
また偵察隊が組織された段階で、地下の扉は全て閉鎖されている。そのため、魔物が真っ先にここから溢れだすなんてことも考慮するに値しない。
正直なところ、手持無沙汰ですらあった。
退屈な見張りの時間が続く。
キースを中心にできていた輪も崩れ、皆が思い思いに時間を潰し始めた。
戦いは得意でも、こういった待つことを苦手とする子供は多い。
気を緩め過ぎと叱咤するのも躊躇われる。実際、ここが有事となるのは、街全体が戦場となるような段階だ。
とは言え、黒の家の連中に見られてもよろしくないので、3人ずつ交代で周辺警戒を言いつけている。
魔物に対するものではなく、黒の家の人間に備えてのものだ。
万が一の警戒よりも、有ると分かっている危険に対する警戒ついでの方が、異変に気づきやすいだろうとの考えによる。
フィオが2度目の警戒に出た頃、キースが俺のところへやってきた。
「この件、どう見る」
尋ねているのは、魔獣についてではないだろう。
騒動全体への見解を求められている。
端的に言えば、黒の家の今後だ。
「致命傷。この段階で手練れが死に過ぎ」
「手練れねえ。言うほどじゃないと思うぞ。オレの見立てでは、現役退いた職人のおっさんたちの方が、魔獣相手の戦いは上手い」
「傭兵世代?」
「オレも人のこと言えねえけど、魔法に対する警戒が甘い。黒の民が使う魔法なんて、強化と回復くらいなもんだからな。それにオレたちみたいに、四六時中戦いのこと考えてる奴は一握りだ」
「僕を戦馬鹿に混ぜないでくれないかな」
そんなのは、お前ら前衛組とフィオくらいなもんだ。
俺は昔ほどではない。
「お前はこっち側なんだよ。他の連中と比べれば」
「そこまで違うの?」
「違うね。記録にある魔獣の特徴をすべて記憶してるのは、現役世代じゃオレとお前くらいじゃねえか」
「そんなんで、地下で遭遇したらどう対処するの?」
「どうにも。だからあれだけ死ぬんだ」
「上の世代も人死には、……確かに。今と比べれば少ないか」
いつか資料で見た損害と、近年の損害とを記憶から引っ張り出し、照らし合わせてみれば歴然だった。
「傭兵は獣兵対策に魔獣の知識を欲するからな。魔法に関しちゃ、魔法種相手に生き延びなきゃならねえし」
炎熱系の魔法は左右または下方へ避けるべき。圧縮系の魔法は無効化すると破裂するので防御が必須。物質系の魔法は大きさと速さ次第では完全消失前に着弾があり得る。
そうした対魔法戦闘の知識が乏しいと。
平時であれば必要ないものから、疎かになるのも分からないではない。
成人前では魔獣の討伐には参加しないし、成人しても直接戦う面子に選ばれるとは限らない。
そもそも、直に魔獣と対峙してみるまで、対魔法戦闘の重要性に気づけない可能性すらある。
傭兵として必須だった世代と、必須でないばかりか日常的に魔法と関わらなくなった世代。
学ぶことが当然であった世代が、下の考え方を理解していなかったらどうなるか。
にっちもさっちもいかなくなって初めて問題の存在を認識する、というのは間々あることだ。
少なくとも、下の世代に魔法に関する知識は乏しい。
俺が書庫でまとめた対魔法戦闘の基礎を教授した時には、あのエルですら不平ひとつ漏らさず聞き入っていたことを思い出す。
最年長であり、長いこと余所の班で仕事を貰っていたエルでそれなのだ。
戦争が終わったのは、黒の家の転機であった。しかし傭兵であることまで捨ててしまったことが、黒の家の命運を決定的なものとした。
黒の家を取り仕切るアヴレットも、その補佐のモトも、俺なんかよりずっと有能そうな人物であった。
それが、時代の流れを読み違えるだけで、こうも容易く落ちていく。
「死人はまだ増えそうだね」
「解放持ちの動き次第だろうな」
「……あれを使うと、消魔結界の範囲も影響力も強まるんだよね」
魔獣相手の戦いについて、俺たちは他人事と笑ってはいられない。
記録を見て散々討議してはいるが、未だ実物にはお目にかかったことがない。
それは幸いなことなのだろうが、共通認識もなく想像だけで語っているので、それが有意義な討議かどうかは甚だ怪しい。
戦い方について考えを披露しても、意見が真っ向から対立するのは毎度のことだ。
だから答えが出ぬままいつも保留にされており、隙あらばこうして思考に割り込んでくる。
いま話が逸れたのも、これに起因している。
「そう、聞いてるな。オレたちだけじゃその辺り、まるで実感ねえけど」
「倍近くになるって、資料にはあったけど。そもそも僕らの結界って、どれくらいの範囲なんだろう」
「手を伸ばしたよりもずっと長いって話だが。個人差が大きいらしいし、戦場に出るならなんとかして調べておきたいな」
「それが倍ね」
「なにか思いついたのか?」
「いや。理解して戦えば、どうとでもなる相手なのかなって」
「大きく出たな」
「僕らがキマイラ2型と戦うなら、フーリに……」
言葉の続きは、遠くで膨れ上がった、かすかな怒号と悲鳴に掻っ攫われた。
視線が区画の北部へと向く。
この貧民街で唯一、3号水路と直に接する大門がある方角だ。
まさか、と。唇が驚愕に震える。
家々の彼方に赤光が落ち、煙が天へと吹き上がった。
それに少し遅れる形で、青錆街に聳える鐘楼の1番鐘が、激しく打ち鳴らされる。
街に刹那、沈黙が落ちた。
緊急呼集のかかった非常時において鳴る、1番鐘の意味。
それは――。
魔獣の、地上部への侵入。




