49.年月を経て変わったもの、変わらぬもの
とにかく先の展開をという方は、このまま5章62話に飛んでいただいても、話の流れとしては齟齬を生じないかと思われます。
五戒の僕となった春から、2年と半年あまりが過ぎた。
季節は初秋。
未だ俺はラーデ・ロムニスにその身を置いていた。
黒の家を追い出されてからこちら、俺たちは黒月街からも青錆街からも外れに位置する、古びた屋敷を居としている。
かつての戦いによるものか、建物の一部が木端微塵に消し飛んでいるが、全体としてはしっかりとした造りの邸宅だ。
崩れた箇所近辺の部屋は使えないが、それでも元がそこそこ大きい家なので、部屋数には困らない。
そもそも保安の観点からも1人部屋は想定しておらず、20人やそこらの人数が暮らす上では過剰すぎるほど。
黒の家で過ごした時間よりも、このぼろ屋敷で過ごした時間の方が長くなってしまった。
なんとも複雑な気分だ。
この2年としばらくで、子供たちは明るく、そして丸くなった。
キースが近くに居ることもある。
だがそれ以上に、偏執的な悪意を向ける者の居ないここでの共同生活が、子供たちの陰を払ったのだと考えている。
俺への態度も随分と軟化した。
黒の家を出ることになった乱闘事件の折、俺はキースが皆と過ごせるよう、悪役を買って出たという話になっている。
誰よりもぼろくそに殴られた。挙句の果てには刺されるところまでいった。
話の持って行き方によっては、それはもう説得力がある物語となったのではなかろうか。
全くの嘘というわけでもない。
それに移った先で班の面々と衝突を繰り返すのも億劫なので、キースによる俺の印象操作はその後も好きにさせている。
キースが面倒を見ていた子供たちは、すべて班に引き入れ終えている。
俺が穴倉で生活を共にし、キースに賛同した子供たちも全てだ。
異端児4人組にまず合流を果たしたのは、それまでの俺たちの班の異質さとは正反対の、至極真っ当なオルという少年だった。
オルはアイネより1つ年上なのだが、非常に大人びていて、俺に対しては溝を作るだけで露骨な敵意を向けるようなことはしない。
当初は戦闘面で足を引っ張ることも多かった。けれどキースが1人目として見込んだけあり、今では班の中でも安定した戦いをする、立派な戦士に育っている。
次に入ったのはデラというさばさばした少女だ。男勝りで気風のいい姉御肌な彼女は、オルと同年の生まれで、穴倉の先輩でもある。
彼女が班に加わることになった経緯は、他の子供たちとは大きく違っている。
面倒を見ていた子供というわけではないのだ。
借りがあるからとキースの手助けに来た、他の班からの移籍組。
なんとも酔狂なことだと思う。
彼女はキースとフーリを除けば班で最も剣の腕が立つ。仕事ではキースと並んで剣を振るうことも多い。
そのことでフーリからはよく睨まれているが、そこはキースに上手くやってもらう他ない。
女の子にしては背が高めで、いつも髪をポニーテールにまとめているため、遠目でもデラの姿は見極めやすい。
そんな彼女が実は甘えたがりであることを、俺はアイネから聞いて知っている。年下であるはずのアイネに、どうだ偉いだろ褒めてくれとせがみにくるらしい。
アイネの「仲良くしなきゃ駄目よ」のひと言があって、俺との関係は良くも悪くもない。
仕事で共にする機会が多いので、アイネには感謝している。
それから殆ど間を置かず、キカが加わった。
アイネに次ぐ子供たちのお姉さん役で、同時にお姉ちゃん子だ。当時も今も、あまり戦うことを得手とはしていない。
荒事に向かない彼女が班に入ることを許されたのは、デラが即戦力として能力を如何なく発揮したからだ。
仕事を得られていない仮成人の子供たちを班に入れる。
それが当時のキースの方針だった。
同じ理由によって、大柄で、けれど気の小さい、裁縫が得意なモーフ少年が班に合流した。
彼は器用で力もあるのだが、残念ながらキカより戦力にならない。
黒の家を出てからは、火事炊事が彼の専らの戦場だ。
フィオとエムリが穴倉から上に連れてこられたのも、丁度この頃だった。
その後もう1人、ロジという日陰者な雰囲気の少年が穴倉から引き上げられた。
不器用で人付き合いを苦手とし、キース以外とは中々馴染めなかった。
キースが連れてきた経緯からして、涙を誘うものだ。
元からキースには、穴倉の子供すべてに手を差し伸べるつもりはなかった。
俺が穴倉を去る日、直接キースから話を聞き、その意に沿うとした者だけを、班に誘うという形で助ける予定でいた。
そうした者はフィオたちを含めて6人。
フィオとエムリは優秀だからこそ、第1陣として上に連れてこられたのだが、ロジはまったく逆の理由から第2陣に選ばれた。
孤立していて、後回しにすると死にそうだったのだ。
胆力こそあったものの、戦いを得手としていたわけでもなかった。
けれど膂力に優れ爆発力があることに気づき、大物相手の主戦力として俺が戦闘要員に推挙した過去を持つ。
初めは随分と迷惑そうにしていた。
そんな彼も、今ではすっかり脳筋だ。
立ち位置を得ることがでたのは喜ぶべきことだと思うのだが、性格は変わらず、連携なんかは苦手としているため見ていて冷や冷やする。
その次は口が達者で、戦闘でもなんでもそつなくこなす、しかしどうにも言動が三下っぽくて仕方のない、クーという少年が班に入った。
この後は団子だ。
キースに黒の家の置かれた状況を伝えたことで、方針が変わったに違いない。
アイネに恋焦がれていて、おそらくそれ故に俺を敵視している、自信家のウォト。
キース至上主義者で不遜な女の子のシーニ。
年少組で、フーリを気にしているお調子者な悪童のテグ。
同じく年少組で人見知りの激しいキュクル。
穴倉からまとめて引き上げられたルッダ、チチャ、カラ。
陽気で歳の割に頼りがいのあるルッダは、仕事に早い段階で加われるようになるくらい、戦うことが得意だ。
勝気なチチャは早々にアイネに懐いて、キカと一緒にウォトを追い払っている。
年少の元気娘カラは、フィオを好いているのか、その背中を追いかけ回しているのをよく見かける。
これに悔宗組であるエルと、同様に悔宗組でその弟分のヨシスが加わった。
エルをこの班に移したことには少し驚いた。
班の中では最年長で、俺に対する敵意も強い。
キースの青錆街での活動に時折同行しているため、班にとって重要な役割を担っているのは間違いない。
今や想定を上回る、総勢21人の大所帯だ。
俺の1日は、黒の家にいた頃から変わらず早い。
日の出より先に起き、屋敷の近辺に不審な人物が居ないか、鍛錬がてら偵察を行う。
最寄りの、水道のある広場の門の鍵を開ける。
近場の適当な空き地で、魔力操作の限界を試し、体内の魔力の流れで使える変化を順に起動させていく。
後からやってきたアイネにフィオ、エムリが準備運動を終えると、順番に対多数を想定した地稽古を行う。
技量で劣るアイネに、個別で対人戦闘の稽古を続ける。
朝の水汲みに子供たちがやってくると、それを手伝い屋敷に戻る。
手早く朝食を済ませた後、改めて装備の確認を行い、仕事に出る。
黒の家に居た頃に使っていたのとは違う階段から下り、これもまた異なる区域へと向かう。
仕事に出る面子はだいたい、7割が固定で3割が入れ替えだ。
固定は俺を含めた初期の4人と、フィオにエムリ、それから姉御のデラと穴倉勢のロジで8人。これに残り13人から4人前後を加える形になる。
キース、フーリが前衛で、アイネ、ロジ、デラが中衛、俺とフィオ、エムリが後衛といった分担が多い。
入れ替え組の子供たちには、なるべく戦いを経験させるようにしている。
どんな役割でもこなせるように仕込んだフィオとエムリに、荷物持ちや香の取り換えといった新入りのするような仕事を任せているのは、フォローが最低限で済むからだ。
ばかりか、それらをこなしながらフォローに回る側になってもらっている。
「ヤトイ。今日、なんか変、だよ」
香の取り換えを3つ済ませた頃、エムリが怯えた様子で袖を引いて言った。
「エムも気づいたね。キース」
「気づいてるよ。でも早すぎるだろ」
「いや、潮時だ」
「証左となるようなものはなにもないぞ。今戻ったら、ダルハとログスターのいい玩具だ」
「僕ら3人が各々に気づいた。十分だよ」
水路の異変には、下に出て早々に気づいていた。
もう2年近く、ここより遥かに危険な下流域で脱出経路の調査を行っている。
この程度の変化に気づけなくては、命がいくつあっても足りない。
それでもしばらくの間、なにも言わず黙っていたのには訳がある。
早すぎるというキースの意見には同意できたからだ。
故に周辺への警戒を強め、残る2人の反応を待っていた。
3人がそうと断定して、魔獣が潜伏していなかったことはこれまでに1度もない。
「それでも心配なら、入り口で時間潰そうか」
「いや、戻る。これだけ妙なのに、近くに居る感じがまるでない。実は怖すぎて小便漏らしそうなんだ」
キースはそう言っておどけて見せる。
俺たちのやり取りを聞いて、他の奴らはすっかり怖気づいてしまったからな。
戻るに当たり、少しでも気持ちを解そうとしているのだろう。
「その辺でしてきていいよ。僕らは先に戻るけど」
「阿呆。まあ、他も似たような状況なら、遅かれ早かれ引き返してくるだろうさ。あぁ、本当に嫌な感じだ。相当にヤバイのが紛れ込んだのかもしれねえな」
◇◇◇
最速で黒の家に連絡を入れた俺たちの班は、案の定、ダルハらの批判の対象となった。
もっとも、それもごく短い時間だけの話だったが。
次々と入る地下の異常を知らせる報告を聞くと、批判した事実すらなかったかのように俺たちを邪魔者扱いして追い払ったのだ。
なんとも都合のいい頭をお持ちのようで羨ましい。
結局、地下で仕事をしている班の半数弱が、各々の判断で仕事を切り上げて帰還した。
魔獣の存在を示す確たる証拠は、なにひとつとしてもたらされていなかったが、事態を重く見た黒の家は撤退の鐘を鳴らした。
未帰還の班はなかった。
それでも偵察隊が組織され、地下に派遣された。
俺たちの班にも成人している者は居るが、幸いにして偵察に送られる者は出なかった。
夕刻になり、緊急呼集が青錆街の名で布告される。
張り詰めた空気が街を支配し、長い夜が幕を開けようとしていた。




