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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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48.闇月の僕と五戒の聖章

 フィオを先導に、俺とエムリを含めた3人は、青錆街の外れにある廃教会にやってきた。

 事前にフィオが言っていた通り、人が集まってきている様子はない。

 皆無というわけでもないが。


 青錆街の監視役らしき男は見かけたし、黒の家からの見張りも居る。遠巻きに教会を窺う黒月街の住人の姿もちらほら。

 耳をそばだてれば、かすかな喧噪を感じる取ることができる。

 人が少ないのは、黒の家から達しが出ているのに加え、青錆街側の闇月への関心の薄さが表れていると考えられる。


 俺は首の札を見せつけるように、堂々と正面から乗り込んだ。

 辺りのざわめきが大きくなる。しかし黒の家の見張りは動かない。動きようがないとも言える。

 闇月の札付きが、闇月の僕の元を訪ねるのである。止める理由がない。

 これが忍びこむような挙動であれば、それを口実にすることもできたのであろうが。

 また青錆街の人間なら、理由なんて適当に作ればいい。けれど、そちらも動く気配はない。


 念のため、横槍が入らないように正面の入り口の前をフィオに任せ、裏にはエムリを送る。


 訪いを告げると、鍵が外され、扉の隙間から僧衣を纏った男が顔を覗かせた。

 歳は30そこそこといったところ。上背のある、この区画の住人と比べると、だいぶ肉付きのしっかりした男だ。

 太っているという意味ではない。鍛えられている。


 初め男は俺に気づいていなかったようだ。背を向けているだろうフィオを見て、訝しんでいた。

 手前に居る俺のことに気づくと、ばつが悪そうに頬を掻いた。


 背が低いからな。

 キースにはすっかり置いて行かれた。アイネにも追いついていない。フィオと並ぶと、若干フィオの方が高いくらいだ。

 それでもさ。扉にぴったりというわけでもないんだ。頭頂部くらいは視界に入っていたと思うんですよね。


 気を取り直して、闇月の教えを乞いたい旨を伝えると、男は教会の中へと俺を招き入れてくれた。


 廃教会と言われるだけあって、中は荒れていた。

 調度や装飾はまるで見当たらない。窓はひとつも嵌っておらず吹き曝し。元がどの教派の教会であったのか、知る術もなかった。


 男がここを滞在場所とするに当たって、手を付けられた様子は見受けられない。

 長くここに留まるつもりではないのだろう。

 扉を取り付けたのは用心のためか。青錆街の判断という線もあるな。


 奥まった所にある、一目で整えられたと分かる部屋に案内され、適当な椅子に座るよう勧められる。

 手近な椅子に腰かけた俺を、男は量るように眺め、失礼と首輪に手を遣った。


「札付きであることに違いはない、ですね。どこでこれを」


「ヘンビクフラの、おそらく最も近い戦いで」


 妙に引っかかる言い様だが、ありのままを答える。

 調べられてすぐばれる嘘をついても仕方がない。


「あの国ですと、2年ほど前の戦でしょうか」


「はい。捕虜となり、この街に売られる折に」


 そうですかと呟きを残し、札から手が離れる。


「あなたが噂に聞く無印ですね」


 無印と口にする男からは、敵意や害意よりも困惑の方が強く伝わってくる。

 驚きはまるでない。そりゃあ訪ねてくることくらい想定しているだろう。

 噂とは言っているが、まず間違いなく青錆街から流れた情報だ。


「察しの通りです」


 少しだけ前屈みになり、襟を広げてまっさらな胸を晒す。


「そうですか。名乗りが遅れましたね。私は戒名をパフオムと申します」


 外見に寄らず、穏やかで腰の低い人物のようだ。


「ヤトイです。もう、聞いているかもしれませんが」


 パフオムは静かに頷くことでそれを肯定した。

 そして近くの椅子を引き寄せ、正面に腰を下ろすと、重大な話をするとでも言うように居住まいを正した。


「私はあなたのそれを、見なかったこととさせていただきます」


 飛び出してきたのは、耳を疑うような台詞だった。

 到底、神に仕える者が口にしてよい言葉とは思えない。

 俺が不審を表に出しても、パフオムに動じた気配はなく、その顔は真剣そのもの。


「あなたの存在は、一介の僧に過ぎない私にはあまりにも重いのです。それに、ヘンビクフラにはムドヤハサ殿が居られたはず。かの僧正の……逸話は、私のような流浪の身にも届くほど。もし札を与えられたことに神意が含まれるならば」


 分かりますかとその眼が問いかけてきている。


 下手なことして責任を取りたくないってことっすね。そりゃもうよく分かりますよ。

 そういうところは、神サマが居る世界でも変わらんのだな。

 居るからこそ恐れるのかもしれんが。


 なんにせよ、そいつはこちらにとっても願ったり叶ったりだ。


 自分もなにも聞いていないと明言し、闇月の徒として教えを求めに来たことを重ねて告げると、パフオムは重々しく頷く。

 たかが口約束。下らない茶番だが、やって心証が良くなるならいくらでも付き合うさ。


 それから俺は、用意していた教授を求める理由を、若干の修正を加えて切り出す。


「許されるのであれば、僕はいつか聖地に赴き、主の導きを希いたく思っています。ですが正しい教えに触れることができたのは、捕虜として過ごした日々の間だけ。黒の民の間では、歪められた闇月の教えばかりが広がっており、学ぶ機会を得られずにいます」


 パフオムは嘆かわしいとでも言うように、眉間に皺を寄せ頭を振っている。


「この地に滞在されている間、傍で正しい教えを学びたいんです。そして叶うことなら、僕に五戒を授けてもらいたいんです」


「黒の民に教えを広めることは、我々に課せられた使命のひとつです。よろしい、通うことを許します。真摯に学び、闇月の教えを正しく解したと認められれば、その時は五戒を授けましょう」


 こうして俺は、闇月の(しもべ)としての一歩を踏み出すことに成功した。


 それから1月かけて聖典を写経した。闇月の教えを暗唱できるようにもなった。

 そうして春の足音を身近に感じる頃。パフオムが街を去るその日に、俺は五戒の聖章(せいしょう)を与えられた。


 実入りの多い時間であった。

 男は宣教師として旅をしているだけあって、世の情勢に明るかった。北方にある聖地を目指すという名目で、各地の情報を聞くことができた。

 また黒の民であっても、闇月という看板があれば、少しは身動きがとりやすくなる。闇月の勢力が強い国を経由すれば、旅は楽になるだろう。


 聖章を得て、俺がそれを身に着けるようになってほどなく。年の変わりを目前に、黒の家で小さな事件が起きた。

 闇月の聖章に端を発する乱闘である。複数グループを巻き込み刃傷沙汰にまで発展したこの事件により、キースの黒の家での立場は厳しいものとなった。


 これを幸いと、ダルハが俺とキースの排斥に動く。

 水面下ではヘズコウも上手く立ち回っていたのだろう。

 年が明けて間もなく。当初の予定とは大きく異なり、キースの班の面々は、俺とフーリを含め全員が黒の家を離れ、街の外れに居を移すことに決まった。


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