46.友たらんが故に
ヘズコウの真意を確かめる手がある。
それなりの自信を持って口にしたのだが、あれからもう1月あまりが過ぎようとしていた。
「キースの答えを聞かせて欲しい。こっちは答えが出たよ」
「遅かったな」
「形を整えるのに、手間がかかった」
おっさんがやたらと形式にこだわるので、魔獣の出現地点をまとめた資料では飽き足らず、侵入経路の予測まで本格的に取り組むはめになったのだ。
ただまあ見返りもその分、大きなものにはなった。
下流域の地図は作業の始めに渡されていた。後にはそれに加えて帝国時代の都市地図を見ることができた。
そして成果を提出したことで、封鎖区域の水路図までも閲覧する許可が下りた。
封鎖区域の安全性について、適当な考えを作っておけと言われたので、上手く立ち回ればその辺りを脱出経路として組み込むことができるかもしれない。
「その口ぶりからすると、経過の通りか?」
「黒と考えて間違いはない。それで、どうするの?」
求めるのは、他の子供たちの扱いについての回答だ。
こちらの確認が取れたなら、そこで改めて話をするとキースから言われていた。
「あいつらも、連れて行く」
キースの返答に、俺は絶句した。
なにを言っているのかと失笑すら零れる。
「キーサウテル・クーント。それは本気か。正気かと言い改めてもいい。僕がアイネをどうのと言ったのとは、問題の質も大きさも根本から違う。分からない君じゃないはずだ。理由を述べろ。僕を納得させるに足る理由を」
苛立ちを抑えたら、酷く冷めた声になった。
「割り切れとお前は言うだろう。そんなオレをお前は否定しないし、認めてくれるだろうよ。大切に思うもの全てを守り切れるなんて思うのは勘違い野郎だけだ。ここで見放すのが、オレ自身のためでもある。親父は誇りを重んじる人だった。でも、捨てられる人でもあった。オレもそうありたいと思ってる。だけどな。親父ほど、オレは自分を殺せない。あいつらのこともあるが、それよりもお前のことだ、ヤトイ」
ハハッ。俺のこと?
俺がなんだと言うのだ。
向けられる真剣な視線にも、俺は落胆しか浮かばない。
「オレはお前を仲間である以前に、友人だと思ってる。お前だけに声をかけたのもそうだ。オレに友と呼べるような相手は、お前しかいない」
知っていたよ。お前が俺をそう思っているのだろうということは。
だからこそ、街を出ることを俺だけに告げ、他の誰も引き込まなかった。
あのフーリですら置いていくつもりでいたのだ。
「お前はあいつらのこと、クスーラ先輩たちより多少マシくらいにしか思ってないのは知ってる。それでも、お前の傍に居るために、オレはあいつらを見捨てられない」
真面目腐った表情が崩れる。
浮かぶのは、キースにはなんとも不似合いな、卑屈で自虐的な笑いだ。
「ここで。都合が悪いからって仲間と認めた奴らを見捨てちまったら、オレはお前に、オレを信じろなんて言えくなる」
キースは俺を友と思っている。が、俺が友と思っているとは考えていないのだろう。
けれど思って欲しいとは願っている。だからこんなことを言うのだ。
アイネといい、どうしてこうも意地っ張りで欲深い奴ばかり、俺の周りには集まるのか。
「面倒なことだね。我が儘だ。そんな我が儘に、僕を巻き込もうと言うんだね、君は。僕は、なにも言わずにこの街を去るかもしれないよ」
「そうだな。オレはずっと、そいつを恐れてた」
大きく息を吐く。まるで己の内の恐れを絞り出すように、深く深く。
卑屈さの抜け落ちた顔は、どこか悔しげであった。
その視線の先で拳が握られる。
「お前が居なくなった後、オレはあいつらを連れて街を出るか? ないだろう。どうせ仲良くおっ死ぬ未来しかねえ。オレに出来るのは、精々フーリだけ連れて、惨めったらしく尻尾を巻いて逃げ出すくらいだ」
震えるほど強く握り締められていた拳が開き、腕は力なく垂れ落ちる。
「それで、オレはどこで死ぬことになる。戦場まで行けるか。くだらん戦場に紛れ込んで、くだらない死に方をするか。外について調べれば調べるほど、そこにある壁の高さを思い知らされる」
落ちていた視線が、俺へと注がれた。
「それなのにお前ときたら、あれがないこれがない。足りない、もっともっとときた。先々を見据えてなきゃ、そんなこと言えねえよ」
どこか、眩しいものでも見るような色が、その瞳にはあった。
お前は買いかぶり過ぎだ。
俺はそこまで先に辿り着けていないだけ。
その前に横たわる壁で、俺は躓いているんだよ。
「僕が居ても変わらない」
「それは、お前にその気がないからじゃないのか?」
これ見よがしに溜息を吐いて見せる。
気構えでどうにかなる問題ではないだろう。
「人数が違いすぎる。キース、君が手をかけている奴らは何人になる。下の子供を何人引き上げるつもりだ。それだけの人数をまとめて仕事に駆り出すのか? そして消息を絶つと。大事になるぞ。偵察隊が地下を探す。逃亡が露見するのはあっという間だ。討伐隊が組まれる。僕はその人数を、痕跡を残さず逃亡させるなんて芸当、見当もつかない。魔物と戦えばどうしても跡が残る。4人なら避けれる戦いを、何度も何度も重ねることになる。見つからないと思っているのか。それとも、追手がかからないとでも。おっさんが黒の家の窮状を上手く隠し通していてくれれば、僕は死を望まれるかもしれない。それでも、黒の家にも面子がある。黙って見逃すわけがない。それに荷物はどうする。食料も旅装も、どうやって用意する。どこに隠す。現実を見ろ、キース」
早口に捲し立て、荒くなった息を落ち着ける。
頭ごなしに否定しているわけではないのだ。
最少の人数で4人。脱出の流れ次第では、フィオとエムリが加わり6人になる。
その人数ですら、俺は頭を悩ませている。
「あの人は味方と思っていいのか?」
「敵ではないってだけだよ。協力的だからって、味方とは思わない方がいい。僕らを外に出すだけなら、他にいくらでも手はあるはずだ。おっさんは僕らとの間に、明確に線を引いてる。少なくとも、直接手を貸すことはないと思った方がいい」
「それでも、正当な理由さえあれば動く?」
気づけばキースの表情が引き締まっている。
負の感情は見当たらず、ぎらぎらと野心を湛えた瞳は、未来を見据えているように見えた。
「なにを思いついたの」
「黒の家を出る」
「多くの大人たちみたいに?」
「そういうこと。街の方に住処を移す。それもできるだけ外れの辺りに」
動きの制限される黒の家から離れる。
それは目的を別としても、街を出る準備のひとつとしては、かなり妥当なものであると俺も思う。
しかしだな。黒の家は俺を自由にはさせまいよ。
「僕は、ここから移れないと思うけど」
「しばらくは夜だけ戻る生活になるだろうな。機を見てそちらに移す」
「簡単にはいかないよ。キースが家を出るのにも、理由が必要だ」
「ツムとコルオーを覚えてるか。穴倉の」
なんとも懐かしい名前が出てきた。
良い思い出などないが、覚えてはいる。なんせ、穴倉を出るために利用しようとした2人だ。
「あいつら、今はログスター兄弟の班に居るんだが、フィオと激しく衝突しててな」
穴倉では協力してやっていたんじゃないのか?
「その様子だと聞いてねえか。お前絡みだ。あの馬鹿、お前のことを師匠って呼んでるだろ、それがあいつらに知られたみたいでな」
ああそれか。それな。俺の最近の頭痛の種だ。
所構わず口にするんで辟易していたのだが。実害もあったわけだ。
それでも止めないとか、いったいどういう神経をしているのだろう。
「これを煽って、半ば追い出される形で家を出る、ってのはどうだ?」
悪くは、ないのか?
かなり乱暴な手段な上に、班全体を危険に晒すことになる。
暴力的な意味も含めての危険である。
キースの口から出てきたとは思えないほどに、野蛮な案だ。
「ヤトイ。オレに手を貸せ。お前となら、ガキ共を街から逃がすことができる」
言ってくれる。
しかし策などないぞ。これから探すことになる。ただでさえ時間がない中でだ。
確かに、黒の家から出てしまえば動きの幅は広がるだろう。
それでも、困難極まる道である。
「勝手だ」
「オレの隣に立てないって言ったのは、お前だからな」
まさか、それをここで返してくるか。
言ったさ。言ったがな。こういう場面で使えという意味ではないことくらい、お前だって分かってるだろう。
「あまり無茶が過ぎるようなら、見捨てるから」
「くく。ありがとな、ヤトイ」
笑みに込められた信頼に気づかぬわけがない。
おい、今の言葉は本気だからな。
溜め息ではなく舌打ちで以て不服を示す。
こんな世迷い事に手を貸そうなどと、甘くなったでは済まされんな。耄碌したと言われても反論できない。
「アイネには時期を見て話すよ。フーリは任せるけど、報告はして。他の面々には直前までなにも言わないように」
「知る人間は少ない方がいい。あいつにはいずれ話すけど、まだしばらくは黙ってるつもりだ」
まったく。最良を分かっていながらこいつは。
「具体的にどう動くのか、策を詰めるよ」
それからしばしの時間、俺はキースと悪だくみに花を咲かせた。




