表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
44/94

44.アイネのはかりごと

 稽古はひとまず、早朝のものに参加させて様子を見ることとした。

 フィオだけでなく、エムリも一緒だ。

 林の水場は、雪の降るこの時期ではまともに使えないので、閉鎖されていた古い訓練場を借りている。


 時間と場所、持参する物などを伝えてから、鍵があってもここへは気軽に来るべきではないと、それはもう何度も言い含め、フィオとエムリを部屋から追い出した。


 部屋には再び俺とアイネの2人だけになる。

 勝手をしたお嬢さんにお説教、の前に。その理由くらいは聞いてやるべきか。

 アイネなりに俺の利を考えて動いたのだろうからな。

 扉の鍵を閉め振り返ると、質すより先に諫言が投げかけられた。


「ヤトイは、味方を作っておいた方がいいと思うの」


 申し訳ないが、そういう配慮は遠慮願いたい。

 俺はあまり、他人を敵味方という枠では考えないようにしている。そんな狭窄した他者の選別は、己の感情を満足させるだけのものであって、まず為にはならない。


 利害こそが肝要なのだ。


 キースとアイネの扱いは、やや感情に寄っているところがあるが、それでも利害という線引きは怠ってはいない。

 だから、あまり害になるようなことをされると、寂しくなってくるぞ。


「使える駒は持っておくべきだわ」


 不穏当な感情を察したのか、表現を露骨なものに改めてきた。

 始めからそう言えばいいと思うのだが、それは人の感情の機微をいささか軽視し過ぎか。


 もっとも。どう言い換えたところで、フィオを傍に置く利がないことには変わりない。

 大勢になんら関与しないのはもちろん、近々であってもそうだ。

 目的遂行のため、秘密裏に事を進めねばならぬ以上、辺りをうろつかれるだけで邪魔になる。


「やっぱり。許すっていうのは嘘だったのね」


「言葉に偽りはないよ。過去は許した」


「未来に期待はしてあげないんだ」


「あの2人は、君よりずっとまともだよ」


 それは即ち、俺にとって都合が悪いということ。

 アイネのように印なしの不審な行動を隠そうとする人間こそ、頭がどうかしている。


「そ、そう?」


「……言った通り、稽古はつけるよ。キースだけに任せるのも限界が近い。仕事であちらの穴を埋める役も、僕だけじゃ心許ないからね」


「ごめんね。役に立たなくて」


 俯き、瞳は悄然と俺を見つめている。

 初めから分かっていたことだ。適材適所。俺にできない部分を補ってくれているのだから、十分に役に立っている。


「それはいいっていつも言って……、ねえ君さ。これ僕に言わせて、実は喜んでたりする?」


 図星だったらしい。

 恨みがましく半眼で睨みつけてきたが、威圧感の欠片もない。

 頬をほんのり赤く染めながら凄まれてもね。


「欲張りは度が過ぎると問題だけど」


 これは応えてやれない俺の問題でもあるか。

 傍に寄り、頭を叩くように撫でる。ぐずる子供をあやしているような気分だ。

 というかですよ。実際、子供扱いしても嫌がらないんだわ、この子。

 参るね。


「死ぬのだけは許さないからね。アイネの役割は、上での僕の補佐なんだから」


 でも、と。撫でる手を止める。


「今回みたいなのは、少し余計」


 掌を返し、甲で少し強めに拳骨を落とす。


「稽古はつける。でもアイネにやったようなのは、やらない」


「それじゃダメ! 駄目よ。それだとあの子たち、きっと無茶をするわ」


 死んだらその時はその時。そんな風に、今の俺は考えられる。考えられるように行動している。

 それを口にすることは、アイネが相手であろうと憚られるが。


「キースに確かめたけど、ヤトイの傍に来ようとする子なんて、あの2人だけ。他の子たちのことはいいわ。でもあの子たちだけは……」


「生かすことを考えろと?」


 演技を剥がし、冷淡と酷薄を声に潜める。

 アイネは緊張の滲んだ堅い表情で、静かに首肯する。

 先々のことを考えているのかもしれない。

 どうせ4年もせず、こことはおさらばなのだがな。それを知るのはキースだけだ。


 この街の、そして黒の家の未来が明るくないことは、まだキースにも話していない。

 話せば、まず間違いなく覚悟が揺らぐ。

 キースの親父さんが死んでから、フーリの依存はますます強くなった。

 フーリを置いて街を出るという選択肢は、なくなるだろう。


 では他の子供たちはどうか。

 これは俺には分からない。

 簡単に見捨てられるのであれば、わざわざ自分が去った後のことを考えて、生きる術を学ばせたりはしない。


 残るというのであれば、それはひとつの道だろう。

 ただな。俺の行方を知る人間を残すというのは、ちと具合が悪い。

 あまり考えたくはないが、街を出る上での障害になるかもしれない。


 リスクを考えるならば、話をするのはせめて街を出る目途が立ってからが望ましい。

 逆に、語らないのであれば生涯口を噤むべきだ。


 アイネは、どうしたものかな。

 1年前であれば、街に残すことに躊躇いはなかった。

 キースが子供たちを育てようとしているのに口を挟まなかったのも、アイネが残るのに都合がいいと思ったからだ。


 街に残すのが、見殺しにするのと大差ないとあってはな。


 この1年、便利だからと傍にいることを許し過ぎたかもしれない。

 野良であっても面倒を見てやっている猫がいる。その前に毒入りの餌が置かれたとして、放っておけるだろうか。

 身の安全が許す範囲でなら、助けてやりたいとは思うが。

 こいつが俺に近づいたそもそもの理由は、キースへの恩義だ。手を差し伸べることが、こいつにとっての救いになるとは限らない。


 俺には分からないのだ。果たして今こいつが、なにを望んで俺の傍にいるのか。


「アイネ。僕はきっと、キースの役には立てないよ」


 だから危険を承知で、探るように、突き放すように言った。

 案の定、アイネは驚愕に目を見開き、けれど疑念でも憤怒でもなく、奇妙な笑みをその口もとに浮かべた。


「わたしね、ヤトイのせいで、すっごい悪い子になっちゃったの。恩義は大切だわ。でもね、わたしにはもっと大切なものがあるのよ」


 なにか分かる、と。

 そう言われて俺は気づくのだ。アイネの浮かべる笑みが、自嘲と、それに倍する誇らしさから生まれているのだと。


「今も君は、誓いの通りに生きて、死ぬつもりなのか」


 目元をほころばせ、穏やかに微笑む。

 己への嘲弄は消え失せていた。


 キースを残せば、こいつは俺を勝手に追いかけて、そして勝手に死ぬのだろうな。


「ねえ。どうして突然そんな話をしたのか、当ててあげる」


 アイネは扉とそれから窓を見やり、わずかに思案の表情を覗かせた後、寝台に膝立ちになって、羽織っていた毛布を互いの頭の上から被せた。

 そうして、俺の耳元に手を添え、小さく囁く。


「ヤトイは、ここを逃げ出すつもりなの」


「すごい自信だ」


「誰よりもヤトイを見てるもの」


 言ってアイネは抱き着いてきた。

 余裕のなさの表れか。抑えてはいるのだろうが、まわされた腕は痛いほどにきつい。


「途中で死んじゃってもいいから。置いてかれるのは嫌だ」


「君はいつも僕を困らせるね」


「わたしだって、いつもヤトイに困らせられてるわ」


 ふっと、抱きしめる力が緩んだ。


 ずるいな、君は。

 我が儘で欲張りで、時々大人のように知恵を働かせるくせに、根はやはり子供で。そして救いようがないほど愚かしい。


「確約はできないよ。本当に危うくなったら、先に消えるから」


「追いかけられるように、腕利きの戦士は必要よね」


 顔が見えるくらいまで身を離し、悪戯っぽくアイネは言う。

 なあ。初めから巻き込むつもりで、あの2人を俺に引き合わせたろ。


「まったく。本当に悪い子になったな、アイネは。……尾行されたら囮にするよ」


「うんっ」


 屈託のない笑みに、思わず溜め息が零れる。

 どこかで改めて、キースとは話をしなければならないな。



 余談だが、翌日の早朝の稽古。意気揚々とやってきたフィオは、共にやってきたエムリの前で小便を漏らすという、深い悲しみを背負うことになった。

 俺としては、思ったほど死に対する耐性がないことに驚いた。


 フィオ曰く、死にそうな目にはいくらでも合ったことがあるが、殺されると思ったのは初めてとのこと。

 普段そんな素振りを見せない俺が、そういう感情を向けた、というのも大きかったのかもしれない。


 対するエムリは存外気丈で、普段のおどおどした様子からは想像できないほど、よく耐えた。

 しかし、考えてみれば当然だ。

 フィオよりも年下で、身体能力でも劣っているのに、下では共に囮として駆けまわっていたのだ。

 怖い思いをすることは、フィオよりも多かったに違いない。


 こうして、俺とアイネの生き残るための訓練に、フィオとエムリが加わることとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ