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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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41.仮成人を迎え、新たな悩みを抱える

 キースの父、グフォルトの死から幾月か過ぎ、春になった。

 俺とキースは仮成人を迎え、物も分からぬ子供から、大人の予備くらいの扱いになった。

 まあ、関わる大人なんて、ヘズコウくらいしかいないのだが。


 仕事、鍛錬、読書、騒動の生活が、すっかり日常のものとなった。

 班には、黒の家でキースが面倒を見ている子供が加わり始め、今では6人になる。

 これからもっと増えていくだろう。


 俺はキースとアイネの前を除いては、臆病者の皮をより厚く被ることにした。

 新しく加わった2人も俺のことは嫌っているが、クスーラたちの二の舞にならぬよう、歩み寄ることを日々心がけて過ごしている。

 お陰でか、なんとか日常会話が成立するくらいにはなった。


 戦闘面では、すっかりキースとフーリの2人体制だ。

 魔法を使えない俺は、速さを捨てた。全体の把握に努め、警戒の穴を埋めるように動いている。

 単独で偵察に出ることも間々ある。

 速さなどに頼らずとも、役割は果たせるのだと知ることになった。


 仕事の快調ぶりとは反対に、情報収集は順調とは言い難い。

 知らなかった多くの知識をえることはできた。しかしながら、肝心な部分が中々揃わない。

 理由は明白。情報が古いのだ。

 この国が戦争から離れた5年ほど前を境に、資料が途絶えている。

 傭兵として戦場に送り出す必要がなくなったからだろう。


 地理は兵法や戦史に連なる資料としてまとめられている。

 ただ、軍事を基本としているので、軍事行動に関与しない部分は軽視されがちだ。おまけに戦時下でまとめられたもの。正確さは保証できない上に、末期の物は僅かしかない。


 書庫にある本の大半は戦に関わるものだった。残る多くも、300年以上前の帝国時代に記された、情報としては死んでいるも同然のものばかり。

 地形や碑塔街道を記した大陸地図、魔物や魔獣の能力や生態といった、使える情報も確かに見つかってはいる。

 しかし、周辺国の今とこれからが分からないことには、街を出た後の身の振り方は決められない。


 本当にそういった新しい資料がないのか、実のところ俺は疑っている。

 黒の家には、俺の使っている書庫の他に、もう1つ書庫がある。

 そちらが怪しい、と言うわけではない。

 俺に使用が許された書庫の方が、立ち入り制限は厳しい。収められている書物は、そちらと比較すれば貴重なものばかりなのである。


 もう1つの書庫は、複写された資料が大部分を占める、保管よりも閲覧目的で設けられた書庫だ。

 黒の家で書庫と言うと、そちらを示すのが普通。

 俺の使っている書庫を利用するのは、幹部やその直下の限られた者だけであるらしかった。

 だからこそ、見張りの男があれだけ激情を露わにしたのだ。


 話が逸れた。

 なぜ他にも資料がるか考えるのかと言う理由の1つが、そちらの書庫が、正しくは第3書庫と称されると知ったからだ。

 俺が使っている場所が、第1書庫なのか第2書庫なのかは知らないが、この館のどこかに、一般には知られていない書庫があるのは間違いない。

 あからさまなブラフであることを鑑みると、ダミーも用意してあると考えて2つか。


 そしてもう1つ理由があるのだが……。


 この度、ヘズコウから仮成人祝いを貰った。

 それがどんなものなのか説明するに当たり、黒の家について話をしようと思う。

 黒の家を語るには、それを内包する都市、ラーデ・ロムニスから語らねばならない。


 魔鉱都市ラーデ・ロムニス。

 300年前の大戦より以前、帝国時代にダーハント魔鉱山により栄えた辺境の大都市である。

 運河を開拓したことで交易の要ともなった。

 都市の地下を流れる1号水路が、この運河のことを指している。


 帝国末期には陸上交易網も発達し、相対的に重要性は低くなったものの、魔石鉱山は依然として重要だったようで、近隣の都市と比べると遥かに人口が集中していたことが、記録からは窺える。


 黒の帝国時代に建造された都市は、基本的に魔物対策の結界が設置されている。

 この結界は空間に作用する類のものではなく、空間を隔てる幕のようなものであると記述されている。

 この結界が、魔物の都市部への侵入を防いでいるというわけだ。


 だがこの結界、大戦末期に都市を攻撃した青の軍により、ところどころ綻びが生じてしまっている。

 結界は幾重にも張り巡らされており、多少の綻びでは都市内部に大量の魔物が流入するような事態には陥らないが、長年その状態で放置されたため、結界の効力の薄い地下運河などは魔物で溢れかえってしまった。


 そればかりか、青の教派による戦後の管理が杜撰だったため、運河下流域に魔物の繁殖を許し、大規模な魔境の発生を許す事態となっている。


 魔境とは、瘴気と称される非常に濃い魔力に満たされた地域のことだ。

 濃すぎる魔力は人体にとって有害で、最悪の場合は中毒症状から死に至る。

 人間が居住するには適さない土地。魔物の巣窟である。魔獣も多く発生する。


 下流側に位置するここ貧民街は、しばしば濃い魔力に呑み込まれる。軽い中毒症状である魔力酔いになる人間も多くいる。

 ちなみに黒の民や亜人といった、大崩壊直後からこの魔大陸に住んでいる種族民族の多くは、瘴気に大なり小なり耐性がある。

 というか、黒の民には消魔結界があるので、これを完全に無効化できる。


 現在は青の教派に属するアラカイスラス王国の、内地にありながら孤立した辺境都市といった位置づけだ。

 黒の家の成立は、ここラーデ・ロムニスが、アラカイスラス王国の所属となった時に始まった。


 私兵化の著しい黒の家であるが、成立は公的なものであった。

 黒の家の役割は、黒の民の出生管理、武力の調整。

 かつて戦時下であった時代には、武力としての黒の民の供出を行っていた。

 戦争から離れた今日においては、運河上流域への魔物の浸透の阻止のみが役割となっている。


 現在黒の家のある区画は、黒の民の強制居住地域であるのみならず、犯罪者の収容地として発展してきた歴史を持つ。

 かつての通称は監獄。

 これまで外に目を向ける余裕も、必要もなかったので知らなかったのだが、黒の家のある辺りは、黒月街と呼ばれているらしい。

 対して犯罪者の収容地だった辺りは、青錆街と呼ばれている。


 だった。過去形である。


 300年に渡り腐敗が積み重なった結果、監獄時代に看守の地位にあった者たちが犯罪組織化し、今日では貧民街とされるこの区画を牛耳るに至った。

 区長に金を渡し影響力を強め、貧民や流民を監獄に引き込み勢力を拡大、街の中枢に発言力を得るところまでいっているらしい。

 マフィアみたいなものだ。


 黒月街は、この組織に呑み込まれることなく勢力を維持し続けてきた。

 黒月街をまとめる黒の家は、区長を飛び越え街の中枢から直接指示を受けている組織であり、監獄の腐敗とは無縁だったのだ。


 もっとも、監獄の腐敗とは無縁であっても、内実は定かではない。

 館の主たるアヴレットも、紳士の皮を被ったモトも、プライドの高そうなダルハも、ちょび髭なヘズコウも、都市への忠誠などとは無縁の人物に見える。


 とは言え、中央の意向を受け活動する黒の家であっても、区長が青錆街に取り込まれている以上、手をこまねいて見ているわけにはいかなかったようだ。

 それでも、黒の傭兵を供出する黒の家は、中央に強固な地盤があった。

 黒の民全体の立場は弱いが、青錆街からの干渉を排除するには十分な力だった。


 事情が変わったのは戦後に入ってからだ。

 傭兵が不要になり、その大きな功績が仇となって風当たりが強くなる。


 依然として黒の民を管理する組織は重要であり、黒の民を飼い殺すという本来の目的に沿った機能を期待されているが、そのための出費を望まない勢力は多いようだ。

 この隙を突く形で、青錆街は黒の家の取り込みに動いた。

 中央から直接黒の家に流れていた資金を、青錆街経由のものに組み替えたのである。


 もちろんすべての資金の流れを青錆街経由としたわけではない。

 暴発を防ぐために、その半分は未だ直接黒の家に流れている。

 残りの半分が、青錆街と契約し魔物退治の仕事を請け負うことによって賄われる形となった。


 ここ5年ほどの出来事である。


 円滑な黒の民管理のため、黒の家は表向き黒の民による自治組織とされている。

 これは青錆街との関係においても言えることで、青錆街と黒月街に上下はない。

 しかしながら、区長を間に挟むことで、青錆街は黒月街に間接的に支配権を行使できるような仕組みを整えていた。

 緊急招集などはそれを応用したものだ。青錆街が発令するものであっても、黒の家に対して強制力を持っている。


 戦争から離れた現在では、黒の民の管理は都市にとって無駄でしかないのだろう。

 それでも都市全体の防衛では未だに有用ではある。

 だが逆を言えば、それ以外で黒の民を生かしておく理由はない。

 それ以外との接触がないので忘れてしまいそうになるが、黒の民はその内に居る印なしの俺のように、世界にとっては忌むべき(けだもの)なのである。


 さて、知っていてさも当然であるかのように語った黒の家の歴史と内情だが、かなり裏に踏み入った真っ黒な話であることが判明している。

 キースやアイネは、この話の大部分を知らないようなのだ。

 もちろん、これを直接尋ねるような間抜けはしていない。黒の家について、知っていることを聞き出すという形での確認だ。

 街を出ることを決めているキースが、今更これを俺に隠すとも思えない。


 俺はこの話を、閲覧室にモトが残した、年季の入った書きかけの本によって知った。

 その本をこの書庫で見たのは、後にも先にもあの日だけである。

 そう。これこそ俺が秘匿された書庫の存在を疑うもう1つの理由だ。

 黒の家にあっても、上層部の更に一握りにしか知らされていない真実。そういった資料が収められている部屋が、こことは別にあるのだ。


 だが俺は、有益な情報の在処に期待を抱く以前に、考えねばならないことができた。

 そんな情報を俺が与えられた理由だ。

 これは黒の家の意向であろう。俺がどれだけ劇薬であるかを知らせるための。


 迂闊な行動が黒の家の破滅に繋がること、ひいては俺の身の破滅に繋がること。

 闇月との交渉材料としての価値も、暗に匂わせている。

 益となり続けるのであれば、その時までは、黒の家で面倒を見てやる。上手く踊れと言われているのだ。


 悩んだが、最終的にヘズコウでこの情報の裏付けを取った。

 俺が知っているという事実に対し、特別な反応は得られなかった。

 迷いなくこの話の詳細を口にしたのが、むしろ怖かったくらいだ。

 近頃はモトの言っていたあれというのが、ヘズコウを指しているのではないかと思えてならない。


 ヘズコウは幹部の中では底辺のように扱われているが、果たして実態はどうかな。

 キースの親父さんの件もある。


 このおっさんは、貧乏くじを引かされたのだと思っていた。しかし今にして思えば、その実力があるが故に、俺を任せられたのではないだろうか。

 フーリにしてもそうだ。あれを並の相手に任せるなど、俺には考えられない。


 ヘズコウに押し付けて、厄介者をまとめて処分しようとしてる、なんて話もよく聞くようになっている。

 だがモトの行動から察するに、館の主アヴレットは逆の結果を求めている。

 もちろん、失敗した時にまとめて厄介者を処分できるなら、それはそれで構わないのだろう。


 ただどうも、ヘズコウにはヘズコウで、なにか思惑があるのではと思うのだ。


 ヘズコウから渡された仮成人の祝いと言うのが、これまた厄介な代物でな。

 実際に祝儀だなんだと渡されたわけではない。

 資料の整理を手伝わされて、知ることになった情報があるのだ。明らかに意図あっての手伝いだったので、見させられたのだと考えている。


 見せられたのは、ラーデ・ロムニス周辺部に広がる魔境の、成因と将来予測だ。


 ラーデ・ロムニスの南方、運河の下流域には魔境が広がっている。

 しかしながら、下流域が完全に魔境に呑み込まれ、都市の地下水路にまで魔物の侵入を許している一方で、都市周辺部には魔物が拡散していない。

 だからこそ、ラーデ・ロムニスは今現在も都市としての機能を維持できている。


 奇妙と思うかもしれない。だが答えは簡単だった。

 魔物は鉱山から運河に染み出す濃密な魔力に群がっているにすぎないのである。

 運河下流域が魔境と化した理由もそこにある。


 過剰な魔力は環境を歪める。

 魔石の採掘は、結晶化により安定していた魔力の均衡を崩しやすいそうだ。

 そこに運河を通したのであるから、魔境が発生するのは必然と言えよう。


 帝国時代にこの一帯が魔境と化さずにいたのは、ひとえに帝国による徹底した環境の維持管理のたまものだ。

 それが失われて久しい今日、帝国時代の卓越した管理機構にも綻びが目立ち始めている。

 近年の急速な魔境の拡大に伴い、西の碑塔街道の放棄が決まったと、資料には記されていた。

 ラーデ・ロムニスが魔境に呑み込まれるのも、時間の問題だろう。


 街の限界を知らせる、とんでもない爆弾だ。

 これは即ち、黒の家の限界ということでもある。

 青錆街が黒月街の取り込みに乗り出しているのも、これから来る地獄のような環境に抗するためとも考えられる。

 だが黒の家にとって、それは看過できることではないだろう。


 札付きの印なしであることが、俺の枷になるやもしれない。

 アヴレットは俺を指して闇月への手札と称した。

 黒の家がどんな目論見を抱き動いているのかは分からない。だが、俺に与えられた時間は、想像していたよりずっと短いのかもしれない。


 それに、アイネを街に残すということが意味するものに、俺は気づいてしまった。

 黙っていれば、今となにも変わらない。だが、知らなかったとは言えない。


 ヘズコウがこれを俺に伝えた意図も不明だ。

 黒の家の指示と考えるには、いささか俺の警戒心を煽り過ぎている。

 加えて、これをキースに話すべきかどうかという問題もある。


 こうして仮成人して早々に爆弾を押し付けられた俺は、その後、長らく悩み続けるはめになる。


 そして更に季節は廻り、この街で過ごす2度目の冬が訪れようとしていた。


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