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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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38.書庫の利用と隠された意味

 フーリと初めて会った日から、なんやかんやで1月が経った。

 あの立ち合いから、4日間ほどだったが、キースは仕事以外の時間を実家で過ごした。

 そのため、不在のキースに代わってアイネが監督役として俺につき、隣室がアイネのために充てられることになった。


 キースが実家から戻って来たのと日を同じくして、フーリの黒の家への所属が決まった。

 部屋はアイネと同室。


 だが、フーリに廊下の扉の鍵は与えられなかった。

 家の中を歩くときには、キースかアイネの同行が必須とされ、仕事と訓練以外での外出は禁じられた。

 もちろん、食堂への出入りも禁止だ。

 食事は黒の家の下働きが、時間になると廊下の扉のところまで持って来る。

 受け取りは、キースかアイネの役目だ。


 座敷牢ですね、これ完全に。

 というか俺より扱いが悪いんだけど。


 分かるけどな。あの暴走猪娘を大衆の前に出すのは怖い。沸点低そうだし。

 そう考えると逆に俺は、ガス抜きを目的に食堂での食事を強要されているとも取れる。

 人死にが出るか出ないかの差だ。

 どちらの扱いが悪いのかは議論の余地があるだろう。


 フーリが黒の家に来たということは、班に入れることが決まったということでもある。

 地下での仕事は常にも増して緊張感が漂うものとなった。

 次第にそれが常になったが。


 キースの見立て通り、フーリは俺と同じタイプだった。

 魔物が相手なら、キースと同程度には働ける。


 後で知ったのだが、キースとの稽古だと俺との立ち合いに比べ、ずいぶんとまともな動きをする。

 これはキースが型に則ったきれいな戦いをしているというのがまずひとつ。

 感情に振り回されていないというのがもうひとつだ。

 特に後者が大きい。

 課題はやはり精神面になりそうだ。技量は二の次である。


 キースのフォローをある程度フーリに任せられるようになったため、仕事は格段に楽になった。

 だがそれ以上に、俺にとって望ましい変化がある。

 疑惑が終息したのだ。


 魔物を討伐していない。

 その噂は、俺たちにとって大きな頭痛の種だった。

 事実無根であれば、ただ煩わしいだけで済む。だが俺たちには、確かに魔物を倒していない瞬間というものがあった。

 露見すれば、班の存続には致命的。

 それ故に俺たちは下で、魔物のみならず人間までも警戒しなければならなかった。


 それがものの数日だ。

 フーリという解放持ちの存在は、想像を遥かに上回る速度で結果を出した。

 魔物を回収する余裕ができたのも大きい。

 これまでの疑惑を消せるわけではない。

 だがそんなものはないのと同じだ。過去は暴けない。


 疑念は薄れ、嫌悪と憎悪が濃くなった。

 しかしそれを被るのは俺ひとりではない。フーリに敵意が流れたのは、俺としては嬉しい誤算だった。

 班としてはこの敵意は許容できるものではないのだが。


 半月としない内に、仕事は隔日に戻っていた

 仕事が休みの日ができたわけだが、鍛錬に費やす時間は短くなった。

 キースの手が空かないのだ。


 ここ最近、キースはよく訪ねてくる子供たちを集めて稽古をするようになった。

 ようやく落ち着いた現状から、更に一歩を踏み出そうとしている。

 面倒事を進んで背負いに行く性質なのは知っている。

 ただもしかすると、その更に更に先を見越しての行動かもしれない。


 キースはこの街を出ていくと、俺に野心を語ったのだから。


 自分たちがいなくなった後も、残した者たちが、この街で問題なく暮らしていけるようにしたい、そんな思いが見えるようだ。

 あの話をした時のキースに、アイネやフーリを連れて行くという考えはなかった。

 裏切りか。覚悟はしているようだがあの性格だ。どう転ぶかはまだ分からない。


 尻を蹴ることになるか。1人で雲隠れか。

 いずれにせよ、俺には情報がなさ過ぎた。

 それも、今日から少しずつ改善するだろう。

 隔日になってからヘズコウに求め続けた、書庫への立ち入りがついに叶ったのだ。


 俺は意気揚々と書庫へとやってきていた、のだが。


「なんだあ、許可証を持ってねえのかあ? それじゃあここを通すわけにはいかねえなあ」


 立ちはだかったのは、無精髭を生やした大柄な男だ。

 腰には見せつけるように、大振りの曲刀が下げられている。

 書庫の見張りなのだろう。


「オイはよ、そいつを持ってる奴だけ通せって、上に言われてっかんなあ」


 ヘズコウから話は通してあると聞いている。許可証は黒の家の立場から、居候でしかない俺には出すことができないらしい。

 それでいて許可が下りるという辺り、なにか裏を感じないでもない。とは言え、使えるのなら使えるうちに使い倒すつもりでここに来た。

 まさか入り口で躓くことになろうとは。


 唖然としていると、唐突に伸びた腕に張り倒された。

 無様に廊下に転がった俺を、下卑た笑みが見下ろしている。

 ああ、なんとも見慣れた表情だ。


 話が通っているとヘズコウが言うからには、それは館の主と考えていいだろう。

 となれば、あのダルハという男が手を回したという可能性は低い。主従の力関係は明確であるように見えたからな。

 迂遠な方法で、というところまでは否定できない。


 ヘズコウが侮られているという線もあるが。

 いつもの嫌がらせだろう。

 ここで下手に騒ぎを起こせば、不適格として許可を取り下げられるかもしれない。

 面倒なことだ。だがそう言う場所だったよ。黒の家は。


 舌打ちを奥歯で噛み殺し、瞳の中の苛立ちを瞬き1つで追い出す。

 小者として生きてるんで、これでも。


 キースたちの前では早々に、根が臆病という設定に切り替えたが。

 それも今となっては、果たして意味を成しているのかどうか。

 武器を持つと性格が変わる。キースにそう指摘を受けていたのもあって、平時から短剣を携帯するようにはなった。

 踏み込んでこないので、キースについてはそれでよしとしている。

 アイネは、人目がなければ勝手にさせておくことにした。


 さて、目の前の男はどうしたものか。

 ヘズコウに報告して、対応を待つのが無難だろう。

 しかしな、これを放置するのはいかがなものか。


 私情で職務を容易く放棄するような人間だ。日常的にここを利用するつもりなのに、不安が大きい。仲間と連絡を取り合って、妙なことでも画策されてはかなわん。

 処罰を望めるかは怪しいが、言質くらいは取っておくか。


「ヘズコウさんから、伝えてあるって言われました。持っていなくても大丈夫だって」


「ここの管理はあのおっさんじゃネエんだ。適当なこと言われたんじゃないか?」


「僕が来るって聞いてないですか」


「さあてどうだかなあ」


「札付き、印なし、そう言われているかもしれません」


「……オメエ、印なしのくせに生意気だな」


 扉の奥でかすかな物音がした。部屋に誰かいるらしい。


「なんでオメエみてえな化け物が、ここを使ってイイと言われんだ。なんで、マットウな人間みたいに扱われんだ」


 そいつは俺に聞くべきことではないな。

 鍵が外れる音に、はっとしたように男が扉を振り返る。

 その横顔には焦りが浮かんで見える。


 扉から半身を覗かせたのは、見覚えのある初老の男だった。

 名はモトと言ったか。

 初めて黒の家にやってきた際、館の主の執務室で見えた、顔に大きな傷跡のある老紳士だ。


「モトさん。こ、これは……」


 事情を説明しようと口を開きかけると、手の平で制される。

 俺を一瞥した眼は、険しく冷たい。


「あなたの仕事は、問題を増やすことではなかったはずです」


 穏やかで、言い聞かせるようでいて、口を挟むことを許さぬ圧を持った声だった。


「この部屋を使う者には理性的であることが求められます。そしてそれは、そうした者達を諌めねばならぬあなたにも求められるものなのですよ」


 男は大きな体を、これでもかと言うほど小さくしている。


「この者については、ヘズコウが話をしたはずです」


 大の男の怯えきった姿がそこにはあった。

 顔は青ざめ、だらだらと汗を垂らし、終いには膝が震えはじめる。

 それでも、弁明に口を開くことはない。静かに見据えるモトの眼光が、それを求めてはしていないからだ。


「これまでの忠誠を鑑み、今回は不問とします。あなたをここに置いてやったわけを思い出し、勤めの間は私情を捨てなさい。わかりますね」


「あ、ありがとうごぜえます」


 深々と、男の頭が下がる。

 傍で見ていた俺まで頭を下げてしまいそうになる。

 このモトという老紳士は、ここ黒の家にあって、絶対に逆らってはならない類の人間だ。


 こんなおっかねえ人が来てる時に、俺なんかに構ってんじゃねえよ。

 予測しようのない即死トラップとか、ホント勘弁してくれ。

 もしさっき止められた時に余計な行動を取ってたら、ここでの暮らしも終いだったかもしれねえんだぞ。

 自滅するのは勝手だけどな、俺まで巻き込むんじゃねえよ。


 大過なく事態が収まって安堵する男に、俺は胸の内で唾を吐く。

 それくらいさせろ。

 どうせ、次は俺の番だ。


「ヤトイ、でしたね」


 嘆いていると、名が呼ばれた。


「あなたは己の立場と、黒の家の利というものを、いま少し考えるべきでしょう」


 は、はい。

 立場と利でございましょうか。

 先程のことですね。心得ておりますよ。


 俺は事情を説明することで、男の職務の怠慢を指摘し、正しく罰を与えられることを望んでいた。

 言質を取って持ち帰るまでもなく、この場で片付くかもしれないと、算盤を弾いたからである。

 この男が、保身のためには邪魔だった。

 故に正当な理由と手段によって排除しようとしたのだ。


 だがそれは、本当に必要だったのか。

 男を排除していないにもかかわらず、俺の保身は叶っている。


 つまりはそういうことだ。


 俺は黒の家に損失を生み出そうとしていた。

 立場と言うのも、おそらくはここにかかってくる。

 意訳するなら、利になるなら飼っておいてやるが、害になるなら処分するぞと、モトは言っているのである。


 正直怖いです。

 だってこれ普通の子供に分からんだろ。

 でも分からなかったらそれは無能の烙印を押されて、処分に天秤が傾くんだぜ。

 普通じゃないのは前提。その上で利益を出す、役に立つことを求められている。

 初めて黒の家に連れてこられた時、館の主の前で交わされた言葉そのものだ。


 改めてそれを、俺に指摘した。

 釘を刺されたのだ。

 それが、班の抱えていた問題にひとまずの区切りがついた今というのも、偶然ではないのだろう。

 ここまで俺が生き延びてみせたから。黒の家は印なしの扱いを次の段階に進めることを決めた。

 次というのは正確ではないな。

 棚上げにしてきた負債を、取り立て始めたというだけのこと。


 取り立てるに値する相手と判断されたのだ。

 それは本来、歓喜すべき事柄なのだろう。

 だが俺はそのような評価など欲しくはなかった。

 俺は今この時から、なによりも先ず、黒の家の利を考えて行動しなくてはならなくなった。

 己の保身のついでではない。

 保身がついででなければ許さぬと、言い渡されたに等しい。


 書庫の使用許可が下りたのも、俺を上手く使い潰すためであろう。

 餌である。

 知識とは武器だ。俺がそれを巧みに扱えるのであれば、利益として還元されるであろう。

 同時にそれに執着する俺は、餌を手放すまいとして、馬車馬のごとく黒の家のために働くに相違ない。


 俺はモトが次の言葉を発するまでの間を、戦々恐々とした思いで待ち続けた。


「ヂコ。この者には私から改めて書庫の規則を教えます。他の者が来た場合には、通す前に声をかけてください」


 来なさいと扉に戻っていく。

 去り際にちらりと男を窺えば、もう俺を見てはいなかった。


 書庫は薄暗かった。

 壁面は明り取り用の小さな窓と、突き当りの扉の他は、天井近くまで書架によって埋められている。


 正面の扉の先、小部屋へと案内される。

 先の部屋とは一転、窓は大きく作られ、日光が照らしている。

 閲覧室だろうか。

 後ろで扉が閉められる音が聞こえ、振り返る。


「先程なにか言いかけましたが。それは私が改めて問うべきことですか?」


「いえ。差し出がましい、まねを、しようとしていました」


「なるほど。あれが言った通りの子供のようですね」


 あれとは誰だろう。いったいどんな話が通っているのか。

 声だけなら優しい老爺のようにも思える。

 だが物でも見るような冷めた眼で口にするのだから、裏にある真意を考えると、体が震えそうになる。


 それから、特別なにかを話したわけではない。

 外で見張りに口にした通り、火や飲食物を持ち込まない、本を持ち出さない、本を壊さないといった規則について念押しをされただけで、俺は解放された。

 その後も暫く、モトは書庫の整理をしていた。

 俺は極力それを視界に入れないよう注意しながら、その日は蔵書の確認だけを行った。

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