37.アイネという綻び
「キースの苦労はキースのせいって話したよね。それって、ヤトイが来る前からなんだ。キースって、問題を抱えてる子を放っておけないじゃない? えっと他にも理由はあるんだけど、キースってばいつも苦労してたの。だからね、本当はわたしたちも原因なの。それを皆、忘れちゃってる。忘れたいのかな。たぶん、フーリも。ううん。フーリがいちばん忘れたいんだと思う」
上に戻された一件か。
キースの父親の口添えがあったと聞いているが、キースもそこに絡んでいたと考えるべきなのだろうな。あの様子では。
「フーリがキースのお父さんのところに居る話、知ってる?」
「キースから聞いたよ」
「そっか。キースの周りの子たちの中で、あの子の抱えてる問題がいちばん大きいの。ヤトイが来るまでは、あの子がキースの苦労の原因みたいになってて。わたし、それであの子が悩んでたのを知ってるんだ。でね。ヤトイが来てから、周りの反応がすっかり変わったの。皆が皆、ヤトイのことを噂するようになった」
重荷から解放された。そんな単純な話ではないらしい。
「今のあの子はね。キースを助けたい、助けないとって思って動いてる。それに、キースがヤトイにかかりっきりなのも、ダメだったみたい。取られちゃうって。だからね、キースの傍にはヤトイじゃなくてあたしが居るべき、ってなっちゃった」
「それだと、アイネともぶつからない?」
「わたしは2人のお姉さんなのよ」
腰に両手を当て、胸を張って言う。
なるほど、そうやって落としどころを見つけたんだな。姉役に徹していたのは、あの子も理由にあるわけだ。この辺りの事情、キースは知らんのかもな。
「ちょっと暴走しちゃってる気もするけど、穴倉に居た子だから……」
忘れたい。アイネの評も納得だ。
積み重ねられた苦労を俺に押し付け、己の問題は既に片付いた、つまり助けられた者として、キースの力になりたい。
敵は俺だ。俺を排除することで、すべては終わる。ただキースを支えたという結果だけが残る。
願望。妄想と言ってもいい。
重度の依存。それに自己陶酔か。
感情に振り切れているとなると、これをなんとかするのはかなりの手間だ。
「それから、フーリをヤトイと戦わせた理由だけど――」
キースとフーリの会話や、アイネの私見を聞いたところによると、目的は2つ。
俺の実力を見せ、隣にいることを納得させること。
未熟さを自覚させ、思い上がりを正すこと。
結論から言えば半分成功、半分失敗となる。
解放があるからという思い上がりは、改めさせることができたらしい。しかし、俺への反発は変わらず強い。
これはキースの説得の仕方も悪いとアイネは言う。
俺を持ち上げ過ぎているのだそうだ。
フーリの逃げ場を奪っている。故に意固地になる。
他人の思いを理解するのは難しいからな。
まさかキースやアイネが、印なしの俺を寄りかかる相手として選んでいるなんて、どうして想像できよう。
「アイネならできる?」
「キースじゃないと解決はできないけど……」
説得はできると。
アイネを介してキースにやらせる手もあるが、そちらは将来により大きな爆弾を残す危険性がある。
目先の問題の解決のため曖昧な爆弾を作るよりは、はっきりと分かっている爆弾を抱える方が、まだマシだろう。
「加えていいの?」
心配、ではないな。驚いているのかね。
少し表情が読みにくくなった。
あんな話をした後だ。驚くのも無理はない。
暴走は怖い。しかし、キースが安全装置となり得る。キースの安全という意味では、盾として使える。
また純粋に戦力となる人手が欲しい。それは実力を隠さずに済む相手であれば、なお望ましい。すでに知られているフーリは、適任と言えるだろう。
なにより、キースが望んでいる。
俺を見せたということは、つまりはそういうことだ。
残る問題は、死んだときのキースへの影響だな。
これは、最終的にはアイネよりも軽いと考えられる。巻き込んだ、という意識が薄いからだ。
そうなると今度は、アイネを生かすための身代わりという、利点として捉えることもできるようになる。
フーリについては、完全に打算しか見ていない。
逆だな。本来はそうあるべきなのだ。
キースとアイネの扱いがおかしいのである。
変えるつもりはないがね。キースは一蓮托生だ。あいつにとってもそうであるとは思わないが、少なくとも俺にとってはもはや疑いない。アイネは遅きに失している。
ただ他との付き合い方は、これを参考に改めるつもりではいる。己のためであっても、他人の事情に首を突っ込むのは終いだ。
今後は使い捨てることを念頭に、行動計画を立てる。
アイネが表情を綻ばせ俺を見ている。
「なんだか楽しそうだね」
「不安だなあって顔してるけど、怖いこと考えてるんだろうなーって」
「それって、怖くない?」
「怖いよ。でもわたし誓ったもの。それにね。嘘でもいいの。わたしたちのことを、本気で考えてくれるなら、今はそれで。そうね、思うことにしたの」
今は嘘でいい、か。
馬鹿な子だ。どうしようもなく愚かで、どうしようもなく眩しい。
俺には到底そのようなことは出来やしない。
もし俺がこの世界に正しく生まれ落ちた、紛れもないこの世界の人間だったとしても。俺にその道は選べないであろう。
惜しいことだ。
俺がもう少し賢ければ。あるいはもう少し愚かならば。打てる別の手もあったのであろう。
しかし俺はそのいずれでもなく、答えは既に決した後だ。
だがせめて。
そう、せめて。俺がこの街を去るその日までは。是が非でもこの子には、キースと共に生き延びてもらいたい。
つまらない自己満足に過ぎない。
けれどそれで悔いを残さずに済むというのであれば、それこそ重畳。
面倒な感情に煩わされるのは御免である。
そのためのささやかなリスクであれば、背負うのを許容してもよかろう。
あのフーリという子供は、つまるところそれだ。
ならばやるべきことはひとつしかない。
俺は感傷を打ち捨てる。そしてほんの少しだけ俺という人間を表に引き上げ、悪辣に、それでいて常のごとく、非道を舌に乗せた。
「さっきの問いに応えるよ。アイネ。フーリを上手く班に引き入れて欲しい」
「任せて」
にこりと、アイネの頬に屈託のない笑みが浮かんだ。




