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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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36.メイベルハングは誓う

「うそっ、なら。言わないで……くれた、ほうがっ。よかった」


 どうして気取られた?


 魂の誇りに懸けた誓いを否定するということは、その者の魂を侮辱するのに近い。そのため、冗談半分で否定するなんてことは、この世界の人間は普通やらない。

 であるから、アイネも言葉通り肯定の意味で取ってくれると思ったのだが。


 そこまで俺は信用がなかったか。

 それとも、信用されているが故に、なのか?


「アイネ。僕のことは、便利な道具くらいに考えておいた方がいい」


「なんで。そんな……こと言うの?」


 なにか言い淀んだか? 泣いていて言葉に詰まっただけか?

 まあいい。

 優先順位さえ思い出させれば、言いくるめるのはさほど難しいことではない。


「班に入りたがったのは、キースに恩を返すためだよね」


「え……、うん。そう、だよ?」


 妙だな。目が泳いでいるように見える。


「恩を返すことは、できてるんだよね?」


 視線が落ち、首が横に振られる。

 どういうことだ、これは。問いただす必要がありそうだな。


「そのために、班に入ったんだよね?」


「そう、だけど。わたしじゃダメだから。キースに必要なのはヤトイなの」


「それで僕に構うの?」


「少しちがう。キースだけじゃないの。わたしにもヤトイは必要なの」


「どうして?」


「ヤトイがいないと、キースもわたしもダメになっちゃう」


 感情が先走ってて要領を得ん。

 そうさせたのは俺か。面倒な。


「アイネ。今を朝の稽古の時間だと思って。はい、深呼吸」


 溢れていた涙がぴたりと止まる。

 教育は順調だな。稽古でも、もう殆ど泣かなくなった。こんな場面で、成果を実感することになるとは思わなかったが。

 瞳に理性が戻ったのを確認し、俺は疑問を口にする。


「それで。どうしてダメになるの?」


「わたしだと、キースの助けになれないから」


 未だ悲嘆の抜けきらぬ暗い表情ながら、言葉はしっかりとしている。


「魔獣が出た後、キース辛そうだった。でもわたし、なにもできなかった。他の皆も。クスーラさんの部屋に行くって言い出した時も、止められなかった。心配だった。壊れちゃうんじゃないかって。でも戻ってきたら、なんか元気になってた。クスーラさん死んじゃったけど、キースはそれ知っても全然平気な顔してて。ヤトイがなにかしたんだよね。キースがなにも言わないってことは、そういうことでしょう?」


 そこから巡り巡って矛先が俺に向いたわけか。

 溜め息が漏れそうになる。


 アイネが俺を必要とする理由は見当がついた。

 精神的な支えを欲しているのだ。キースだけでなく、アイネにとっても。

 どちらも意地っ張りで、誰かを頼るということができなかった。


 キースはいつも頼られる側で、アイネに対してもそうあろうとしている。

 アイネも同じだ。自分を立場で縛り、キースを頼ることを良しとしない。

 頼るのに俺は都合がよかったのだろう。


 俺は利用はするが、頼ろうとはしない。ばかりか、己の利に繋がるなら、進んで他人の利を考え、動きもする。

 その結果として。

 キースは街を抜け出すという恥知らずな野望を、俺に打ち明けるに至り。

 アイネは姉という役回りを、俺の前では捨てるに至った。


 参ったね。


 結果である。意図してそうなったわけではない。そうならざるを得なかっただけだ。

 誰が好き好んでそんな面倒な役回りを引き受けるものか。

 こういうのは、俺の性分ではない。


 しかしそれなら、俺が得た確信はなんだったのか。

 ただの勘違い。いやそうではなかろう。

 なぜ、アイネが俺の側にいる証を欲していると思った。

 アイネがしばしば、なにかに怯えるような態度を取るからだ。

 今もそうだ。少し俯き気味に視線を彷徨わせている。


「アイネは、僕が怖い?」


 肩がびくりと震え、瞳は一度だけ俺を映した後は、あてどなく地を彷徨うばかり。

 稽古では散々怖がらせた。

 だから、思い当たる節がないわけではない。

 しかしこれは、それとは毛色が少し違うように思える。


「どうして誓いにこだわるの?」


 完全に黙り込んでしまった。

 頭はより深く垂れ落ち、前髪に隠れて顔を窺うこともできない。


「アイネ」


「やだ。だって絶対にヤトイ怒るもん」


「怒らないよ」


「嘘だよ」


「どうしたら話してくれる?」


「誓いを信じてくれたら、話してあげる」


「話してくれないと、信じてあげるのは難しいな」


「どうせ話しても信じてくれないんだよね。知ってるよ」


「それは話してくれないと分からないよ」


「分かるもん」


 これは、堂々巡りになるな。


 まあいいさ。話す気がないというならそれでも。

 最低限、使えるようにはなった。できれば鍛錬は続けたいところだが、難しそうならキースに投げればいい。

 俺のことを怖いと思うのなら、余計なことを口走る心配はないだろう。キースに対する恩義とやらもある。


「そっか。残念だよ」


 話を続ける空気でもない。言って俺は立ち上がろうとした。

 アイネの手が伸び、俺の腕を掴む。


「ま、待って。話すよ。話すから」


 俺に抱く恐怖よりも、見放される恐怖の方が強いのか。

 だとすると少し、重症かもしれない。

 座りなおすと、アイネは躊躇いを見せながらも口を開いた。


「ヤトイはね。わたしのこと、いっぱい考えてくれてるよね。仕事で死なないようにって、本気で考えてくれてる。フーリとの見てて思ったの。わたしのあれも、本当は嫌だったのかなって。それでやっぱり、ヤトイは優しいなって思うの、わたしは。でもそれは……」


 アイネは二度三度と口を開いては閉じを繰り返し、俯く。

 両の掌が硬く握り締められるのが見えた。

 そして顔を上げると、意を決したように言葉の続きを絞り出した。


「ヤトイの本当じゃ、ないよね」


 よく、その答えに辿り着けたものだな。

 内心の驚きを面に出さないよう、細心の注意を払う。

 アイネの視線はすぐに俺から逸れた。どこか必死に、言葉を探すように続きを口にする。


「本当のヤトイは、きっと稽古の時みたいで、嘘つきで、神さまが見捨てるくらい、悪い子なの。わたしのことも、キースのことも実はどうでもよくって。さっきだって、わたしなんてどうでもいいって。話ししなくても、気になんてしてないんだ。でも、たぶんキースにはそんなヤトイが必要で。わたしは、なんだろ。よくわかんないよ……」


 言っちゃった、と。かすかな呟きが耳に届いた。

 頬には泣き笑いのような、それでいて感情の枯れた笑みが張り付いている。


 必死だったのは、見放されることを恐れてのことではなかった。

 見放されていることを知っているから。恐れていたのだ。


「アイネって、実は他人に気を許さないよね」


「キースがそう言ってたの?」


 軽く肩をすくめる。


「わたし、キースに大きな借りがあるでしょ。だから、他の人には借りを作っちゃいけないって。ずっとそう思って過ごしてきたの」


 どこか投げやりな語調で、まるで他人事のように語る。


 なるほど。そうした日々によって、己の感情を俯瞰する下地ができていたのだろう。だから俺の言動を、自身の感情と切り離して見ることができた。

 加えて、情報も与え過ぎた。

 稽古の内容よりも、そこでした言動が、強く影響を与えたように見受けられる。


 それに、思い出した。

 俺が怖いかどうか聞いた時に見せた、あの怯え方。あれは俺に稽古を求めた時、俺の秘事を暴いた際に見せたものと同じだ。

 あの時から、常にそういう視点を持って俺を見ていたとすれば。


「ヤトイには……。ヤトイとは、そうじゃないといいなって、思う」


 気を許せるように、か。

 裏があることを知って、なおそれを言うのだな。この子は。

 知っていながら俺を頼みとした。自分とキースには俺が必要だと。

 気づかれたこともそうだが、こちらはより驚きが深い。

 こんな、得体の知れないものに気を許そうなどと。


 だからこそ、誓いにこだわるのだろう。

 俺との(よすが)としたいのだ。


 だが、そいつは無理な相談だ。

 ここまで話してもらって悪いが、俺はそこまで人を信用できない。

 感情の生き物だからこそ、信仰の合間を縫って、印なしである俺の傍まで来ることができたのだろう。

 だがそれは、同じく感情ひとつで覆るのだ。


 アイネは俺の演技に気づいたようだが、その中身がなんであるかまでは、辿り着けていない。

 神に見捨てられた?

 はは。俺をこの世界に落とした神なんぞ、こちらから願い下げだ。

 根底にある価値観が違う。

 気を許すなんて、あり得んよ。

 あり得んのだ。


「……」


 クソッ。ならなぜ言葉がすぐに出てこない。

 言いくるめればいい。突き放せばいい。

 他人を騙し利用し踏み台にし。そんなことにしか俺の頭は使えんのだ。物事を万事丸く収めるような、そんな上等な考えを出せる頭は持っちゃいない。


 惜しんでいるのか。俺を必死になって理解しようとしているこの子供を。

 馬鹿な。それこそ愚の骨頂というもの。

 そいつは俺が最も避けねばならない、俺にとっての最大の禁忌だ。

 そんなものを俺は望むのか。


 くく。滑稽だな。

 常々己を小心だの小者だのと評してきたが、真実これほどまでに弱いとは。


 情にほだされるな。愚物め。

 穴倉での汚辱と恥辱の日々を思い出せ。心を切り詰めろ。安寧に浸り満たされれば、己の先に待つのは死だ。


 捨てろとは言わない。失くせば、それは俺ではないからな。死んだのとなんら変わらない。

 人は暴力と感情の生き物だ。

 そして、俺もまた人である。

 汚濁に呑まれようと心だけは失ってはならない。汚濁に塗れ生き抜くためには、心に呑まれてはならない。


 使えるものはすべて使う。そうして生き延びると俺は決めたのだ。

 ならば己の心くらい、必要とあらば足蹴に出来ずしてどうする。

 嘘を真実で飾るのだ。真実で嘘を語るのだ。


 言いくるめる必要もない。突き放す必要もない。

 ただ共感という鎖で、諦観の牢獄の奥底に繋ぎ止めてやればよい。

 アイネが優先すべきもののために他者を己と隔てたように、俺も優先すべきもののために他者を己から隔てるのだ。

 それが誇りある恩義であれ惨めな保身であれ、他者を己の目的のため蔑にするという意味では同じこと。


 アイネは納得はするまい。けれど諦めはするだろう。

 意地っ張りな子だ。

 それは今ではないかもしれない。だが構いはしない。一歩を踏み出したが最後、あとは滑り落ちるだけなのだから。


「アイネ。僕のも同じようなものだよ。印なしだから、さ。そういう風にしないと、生きていけない。アイネなら、分からない?」


 諭すように。乞うように。

 俺はアイネに語りかけた。


「少し、だけ」


 応えるアイネは、かすかに驚いているように見えた。

 それもたちまち涙に塗り潰される。

 けれど、それでもなぜか、アイネは微笑んでいた。


「……ヤトイ。ひとつだけわがまま言っていい?」


「内容次第かな」


「イジワル。あのね。これからする誓いを、言葉だけでいいから、信じるって言って欲しいの」


 アイネもまた、心に折り合いをつけたらしい。

 それでいい。

 嘘なら言わないでくれた方がよかった。そう言って泣いたアイネは、もうここには居ないようだ。


「分かった」


 深くゆっくりと、アイネは息を整える。

 そして俺の手を取り、両手で包む。濃紺の瞳が俺を真正面から映す。


「魂の誇りに懸けて、わたし『メイベルハング』は、あなたの味方であり続けることを誓います」


 俺は瞼を落とし嘆息した。

 己の魂の名を示した、最上級の宣誓だった。


「真名を使うなんて、度し難い馬鹿だ。その誓い信じるよ、アイネ」


「いつか、それが本当になったら。わたしの真名を呼んで欲しいな」


 覚えておくと伝えると、信じられなくてもいいから、忘れたらダメなんだからねと、妙に愉しげに返された。

 わがままはひとつと言っていなかったかい。お嬢さん。


「えっと。どこまで話したっけ?」


「キースの苦労がすべて僕のせいって話」


 そうして。

 つい今しがたのやり取りなどなかったかのように、俺たちはキースとフーリの話へと戻っていった。


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