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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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35.不審なアイネとその欲するもの

 キースが止めに入ったのは、フーリが更に16回殺された後だ。

 泣き喚いて勝負にならなくなったのである。

 なにやら言い聞かせているキースを残し、俺は林の水場に戻ってきた。


 人がいないことを確認し、石畳の上で大の字になる。

 気の滅入る作業だった。

 作業だ。そうとでも思わなければやってられん。

 始めのうちこそ実験の相手として利用していたのだが、早々に実験そのものを中断した。あれを使っていると、表情すらよく分かるのだ。

 敵意を向けながら泣くな。クソガキめ。


 アイネとは事情が違う。目的があるから心を鬼にできた。それが命を助けることになると知っていたから。

 ふむ。

 自分に鞭打ってまで手を貸すとはな。自覚している以上に、好ましく思っているのかもしれない。

 それはキースも同じか。


 俺に子供を嬲って楽しむような趣味はないのだ。

 他の誰かの頼みで、こんなことに手を貸したりはしなかっただろう。


 長々と溜息を吐く。

 フーリか。確かに素質はある。

 魔法で底上げした身体能力は、おそらく黒の家でも上位に入るだろう。

 反応と耐久は優れている。学習能力も、次第にこちらの攻撃に対応するようになってきた辺り、まずまず。


 技量は拙い。中途半端に型だけなぞろうとしているので、なおさら動きが読みやすい。

 精神面は論外だな。猪娘に過ぎる。

 力こそあるものの、根っこの部分は、年相応の子供であるように思われる。

 自衛はできるだろうが、仕事を共にしたくはないな。

 きっとどこかで暴走する。


 キースは俺にあれを叩かせて、なにを狙っていたのだろうか。

 居座って聞き耳でも立てておくべきだったか?

 しかしなあ。痛めつけた子供にああも泣きじゃくられると、干からびた良心すらも痛もうよ。


 情けない。ああ情けない。

 人を殺めたわけでもあるまいに。たかが幼子を痛めつけたくらいで。

 それも合意の下にである。心を乱す必要などどこにある。


 小心な己を嗤っていると、アイネがやってきた。


「お疲れ?」


 顔を覗き込むようにして問う。

 あちらが落ち着いたので探しにきたのだろう。追いかけて、だろうか。俺の行先なんてたかが知れている。


「体はそんなに。キースとやる方が疲れる」


 あれも、体と言うよりは頭の疲労が大きいのだが。


「目を覆うような惨い仕打ちだったね」


「アイネも嫌味を言うようになったんだ」


「2人もお手本が居るもの」


「悪い子になったなあ」


 かすかに目を見開き、にへらとふやけた笑みを浮かべた。

 いや、その反応はおかしくねえか。なんで嬉しそうなの。

 わっかんねえなあ。元から読めない子ではあったけどさ。


「それで、どうしたの?」


 上体を起こし、問う。


「えっと。フーリのこととか、知らないこと、いっぱいあるかなって。キースがなんであんなことさせたのかとか。だから……」


 なんだろう。こちらの反応を探っている感じがある。

 自分から言い出すのを躊躇っているようにも見えるな。当人の与り知らぬところで、あれやこれや話してしまうことに、後ろめたさを感じているのかもしれない。

 根がいい子ちゃんのようだからな。背中くらい押してやるか。


「実は気になってたんだ。アイネの知ってること、僕に教えてほしい」


 表情が緩んだ。どうやら正解だったらしい。

 キースが不機嫌になるようなことがあったら、俺が聞き出したと、助け舟くらいは出そうかね。

 そんなことにはならないと思うが。なんだかんだ言って、あいつアイネに甘いし。


「まずフーリのことから話すね。そっちの方が、分かりやすいと思うの。でも、わたしにはそう見えるだけだから、本当は違ってたりしても、許してくれる?」


 そういう臆病さ嫌いじゃないよ。

 俺は肯定を返す。

 しかし、躊躇ってた割に話す内容はしっかり用意してたんだな。

 用意周到なのはいいことだがね。


「フーリがヤトイのこと目の敵にしてるのってね、キースが苦労してるのが、すべてヤトイのせいだって思ってるからなの。フーリだけじゃないかな。キースの周りの子たちは、だいたい皆がそう思ってる。わたしも初めはそんな感じだったでしょう?」


「悪い虫が付いた、離れろって感じだったね」


「ごめんね?」


 なんだろう。謝られているというより、懇願されている気がする。

 許すもなにも、これといって悪感情は抱いていない。他の連中と比べれば、微笑ましくさえ思えた。

 それに、なあ。


「謝る必要なんてないと思うよ。だって事実でしょ」


「わたしそうは思わないもん」


 静かながら、強い声で一蹴された。


「キースは好きでヤトイと一緒にいるんだよ。大変だって知ってて。なら半分はキースのせいじゃないとおかしい。でもわたしは、それを皆には言えない。そう、だよね?」


 まるで暗闇の中に放り出されているかのように、その声は不安と迷いに揺れていた。

 たったいま、否定を口にした際に見せた強さは微塵も残っていない。

 言葉の半ばで、なにかが大きく切り替わった。

 どこか、救いを求めるように。


 この子は、こちら側にいるという証を欲しているのか。

 そんな確信を得た。


 俺はあの時、アイネの魂の誇りに懸けた誓いに、肯定の言葉を返さなかった。

 覚悟に対しては、稽古をつけるという形で示した。

 けれどそれだけだ。ただ、共にあるというだけ。


 謝罪を受け入れ、許すと言うのは容易い。

 しかし、アイネが本当に求めている証は、その言葉ではないだろう。


 俺は他人との間に幾重にも線を引いている。

 当たり前だ。

 俺は紛れもない異物。相容れないのだ、この世界の人間とは。


 それはキースであっても変わらない。多少踏み越えたところに居るが、本質は同じ。

 あいつもそれには気づいている。気づいていながら、見て見ぬ振りを通している。

 聞かない、踏み込まない、語らない。

 境界は曖昧だ。だがその曖昧さが、俺には気安くもあった。


 見えるものを、見えるままに放っておく。それをアイネに望むのは、いささか無理が過ぎたようだ。

 既に、引かれた線を強く意識してしまっている。

 誓いを受け入れていなかったのも、拍車をかけたに違いない。どこまでが許されるのか、どこからが許されないのか。随分と悩ませたのだろう。


 だがな。俺はそれをはっきりさせたくなかったのだよ。

 それ故に、キースとの関係が気安い。


 アイネが求めているものは、畢竟、そこにある。

 誓いに応えて欲しい。認めて欲しい。信用して欲しい。

 そしてそれらは、なぜかキースには向けられてはおらず、ただ俺にだけ向けられている。


 境界を示すということは、俺という人間を定かにするのと同義だ。

 そんな間抜けは真っ平御免だった。

 だから、そう縋るような眼で俺を見るな。阿呆が。


「許すって言ったら、アイネは満足する?」


「ヤトイがそう言うなら満足する」


「してないよね。それって」


「するもん」


「あの誓いを信じるって言ったら?」


 告げた瞬間、ぱっと太陽が咲いたみたいだった。けれどそれは本当にわずかな時間で消え失せ、すぐに影が取って代わった。

 終いには大粒の涙がぽろぽろと零れ、頬を伝い落ちる。


「うそっ、なら。言わないで……くれた、ほうがっ。よかった」


 憤りの欠片もない。悲嘆に沈んだ痛々しい声だった。

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