32.キースに献策をする
「随分とお前に懐いたな」
アイネが部屋を出て少しして、キースが感慨深げに呟いた。
「キースが部屋を空けていること、多いからね」
「あいつ人当たりはいいんだよ。お陰で皆にも好かれてる。ただ、他の奴との間に秘かに線を引いてる」
意外である。まるで気づかなかった。
それらしい言動を探してみるが、どうにも思い当たらない。
「アイネは意地っ張りだからな。全然弱音を吐かない。オレにも借りを作りたがらなかった。雑用時代はそんな素振り見せるわけにもいかなかっただろうし、婆さんにも弱ってるところなんて見せられない」
よく見ているものだ。年からしてみれば、付き合いは長い方なのかもしれない。
まあ意地っ張りというのには、全く以て同意見だ。
「他の子供たちを相手にしても、オレとの関係から立場を決めちまって、わたしは皆のお姉さんなのって。馬鹿だよなあ」
だからキースは、アイネを妹みたいに扱っていたのか。
俺が相手だと、この間のアレで完全にタガが外れたんだろう。態度から姉っぽさが抜け落ちたままだ。
あるいはアレで、意地もなにもかも打ち砕かれたか。
姉の威厳なんて影も形もないしな。
「そのアイネがお前にねえ。くく。オレはその気持ち、分からないでもないけどな。他の連中が見たら、そりゃもう驚天動地だろうよ」
心底楽しそうにキースは笑う。
しかし、これは……。結果的にそうなってしまっただけではあるが、外野の余計な手出しだ。
誰も得しない、ただのお節介。
しくじったな。こういうところに影響が出るなんて。
「ごめん。キースがなんとか、しようとしてたのに」
「……なんで?」
んんん?
「長々と悩まされてきたあいつの問題が、少しだけど前進したんだぞ? いいことじゃねえか」
そうなのか。こいつはそういう考え方なのか。
いや、本当にお節介だったようだ。
「それになあ。オレ、厄介な問題児をあと2人も抱えてんだよ」
あと2人も、ということは、アイネもその問題児の1人だったのだろう。
思い当たる節はありますがね。これでもかと言うほど。
それよりもキースよ。嫌そうな口ぶりだが、おまえそういう連中のこと好きだろ。
手のかかる子ほどとは言うが、物好き過ぎやしないか。
意識しているのかは知らんが、俺もその括りの中に入っているのだろう。そう思うと、本当に笑えない趣味をしているぞ。
「その片方が、もうずっと班に入れろと煩くて。特に最近はな、あまりアイネを構ってやれなかった」
「いい話、ではないんだね」
「なにが悪いって、まず仮成人を迎えてない。オレたちより年下なんだよ、あいつ」
そいつは論外だな。お話にならない。
俺たちの班には仮成人がいない。本来であればあり得ないことだ。経緯が経緯だったため、引き継げただけ。
俺たちの班に、仮成人になっていない者を引き入れる余地はない。
理解できぬというのは問題だが、理解してなおともなれば、手の施しようがない。
「それから、……こっちの方がより悪いんだが。お前を目の敵にしてる。この前のエルの嫌味が笑い話にできるくらい酷い」
敵意なんてのは、黒の家の連中を見ていれば今更だ。
クスーラたちの件があるから、気にしているのだろうか。だとしても、アイネのような奴を探すことこそ、無理があろう。
「……それだけ? 下へ連れて行くことに、不安はないの?」
「ああ。あいつさ、一時期穴倉に放り込まれてたんだよ。お前なら分かるだろ」
納得する他ない。どれくらいの期間をあそこで過ごしたのかしらないが、暴力には慣れる。
それこそ、平和ボケした日本人であるこの俺が、魔物退治なんて命がけの仕事を、さしたる動揺もなく受け入れられるくらいには。
あとまあ性格も歪む。
「放り込まれたというか、捨てられたんだ。あいつが5つになるかならないかの頃かな。で、ちょっと問題起して、親父が口挟んだこともあって上に戻された。今は親父と実家で暮らしてる。一応、オレの妹弟子。親父が言うに素質はあるみたいなんだけど、真面目にやらないんで、手合せした感じはお前に少し似てる。魔法は上手いからな」
そこで大きく溜め息を1つ零した。
「というか、騒動の発端になったのからして、魔法なんだよ。あいつ、親父と同じで『解放』を使えるんだ」
黒の民の魔法について、語り残していたことがある。
固有魔法とも称されるが、黒の民には黒の民にしか使えぬ、『解放』と呼ばれる魔法が存在する。
すべての黒の民が使えるわけではない。
先天性かつ遺伝の魔法とされている。
正しく魔法と呼べるのか不確かな、けれど事実存在する、特異な魔法。
解放を使うと、その肉体は異形の怪物へと変じ、魔法種に匹敵する強大な力を得る。
起きた問題とやらも想像がつく。子供とはいえ解放が使えるのだ。何人死んだか。
キースの口ぶりだと、上に戻すにもごたごたがあったのだろう。
普通、解放を使えるというだけで優遇されるものだ。捕縛に出た人間にも死人が出たのかもしれない。
解放が使えるとなると、戦闘面ではフォローが不要と考えてよい。
当人も理解してるのだろう。
それでも、使えないものは使えない。
仮成人に達していないのでは、どうにもならない。
穴倉の子供たちを使うことができないのも、彼らが10歳に満たないからだ。
俺たちの仮成人、次の春まではまだかなりある。
いや、待てよ。仮成人が居ればいいという話なら、当てがないわけでもない。
アイネは既に仮成人を迎えている。班に迎えて、俺たちはその監督下という扱いにすれば、反発は必至だが、ヘズコウを納得させることはできるのではないか。
こうなると、アイネが部屋に通えるようになったのも、ヘズコウがこれを想定してのことなのではないかと思えてくる。
発端はアイネ自身らしいが、あの食わせ物なら、手として組み込むくらいはするだろう。
キースにアイネのことを切り出すなら、今を置いて他にないか。
「条件に合う人は、やっぱり見つからない?」
悔しそうに首が振られる。
ヘズコウに期限を言い渡されて、そろそろ1月になる。周囲の俺たちの班に対する疑念も、限界に近いだろう。
「アイネを入れるのはどう? あの子、仮成人だよ」
「お前。……本気なのか?」
「本気。キース言ったよね、アイネは意地っ張りだって。僕もそう思う」
「ったってな。意地でどうにかなるもんじゃねえだろ。あいつには向いてない」
「全くだね。でも連れて行ける程度には、なったよ」
「お前なにやったの」
「意地を張る特訓」
「それを見ればオレは納得できるか?」
あまり見せたいものではないので、曖昧に笑みを浮かべるだけに留める。
アイネも嫌がっていたしな!
「下に連れて行って様子を見る。とりあえず、ヘズコウさんに伺い立てないとだな」
聡いキースは、なにやら勝手に解釈してくれたようだ。
それを狙ってなにも言わなかったわけではあるが。
さて。善は急げという。
「この時間なら、まだ大丈夫かな」
「今から行くのか?」
「僕らの班が魔物を狩ってないって噂、あるよね」
「……確かに限界かもしれないな。くそっ。3月も猶予ねえじぇねえか」
然り。騙された気分だ。
ヘズコウにその意図はなかったのだろうが。
事実、上はしっかりと抑え込んでくれているらしく、圧力は受けない。
現状に関して言えば、手前の尻は手前で拭け、といったところか。
「許可貰ったとして、アイネはいけるのか?」
「用意はさせてある」
「ヤトイ。お前、切り出す機会をずっと探ってただろ」
呆れたと、口では語らないが目が語っていた。
にやり、と。俺はらしくない笑みを口元に形作る。
「献策するにも、時期ってものがあるからね」
「ここんとこ、ド突き合いばっかしてて忘れてたぜ。元々、そういう目的でお前を連れて来たんだったよ」




