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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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29.最後の確認

 意外ともつな。

 そろそろ陽が昇る頃だろうか。木立が邪魔をして定かではない。空はまだ朝焼けに染まっていて、辛うじて天紋も窺える。


 乾いた音が木々に囲まれた広場に響く。しばしば、そこに鈍い音が混じる。

 その頻度は、徐々に増えつつあった。

 すでに逆転しているだろうか。


「はい右……。次は下いくよ……。今度は右上……。はい左下……」


 鋭い打ち込みに反して、テンポは遅い。まったく反応できないような攻撃をしても、意味がないからだ。

 アイネの手から得物が飛ぶ。


「拾ってきて。終わりじゃないから」


 続いているからと言って、アイネが無事というわけでもない。

 打撲と擦傷で、服の内側はそれはもう酷い有様だろう。服が擦り切れて、血の滲んでいる個所もある。


「えぐ。ヤトイ怖い。痛い。う、うぅ」


 ただ、泣き言は吐くしぼろぼろ泣いてもいるけど、無理だとか止めたいだとかは言わない。

 初日だからと少し温いやり方をしたが、当人がやる気なら次の段階に進むか。

 だらだら続けても意味はない。


 俺は幾度かこれまでと同じように打ち込んでから、手を示さずに必殺の一撃――眉間を目がけての突きを放つ。

 アイネの動きが止まった。

 寸止めされたそれに放心しているのを承知で、次の手を示し太腿を強かに打つ。

 そして息を大きく乱すアイネに、容赦なく新たな手を示していく。


 3度4度と死の際を見せていると、鼻にツンと嗅ぎ慣れた臭いを感じた。

 アイネの足下には水溜りが筋を引いている。


 ああ、漏らしちまったか。

 仕方なかろう。戦場では大人の兵士も漏らすと聞く。それで生きて帰れりゃ、そいつは立派な戦士だ。

 戦場の恐怖に比べれば、俺のはったりなんてちゃちなものだが、相手は黒の民とは言え、暴力に揉まれ慣れていない子供。


 よく頑張るねえ。感心してしまう。

 魂の誇りに誓う、か。存外、当てにできるものかもしれない。


 アイネが止めたいと言い出さないので、この暴虐の時間は今暫らく続いた。



 ◇◇◇



「怖かったようぅ」


 終了を告げた途端、アイネはその場に頽れてしまった。

 涙が石畳に染みを作っていく。

 よくやったと褒めてやるべきだろうか。それとも謝るべきか。いや、アイネが望んだことでもある。謝るのはおかしかろう。


 逡巡しながらも、答えの分かり切った問いを繰り返すことにする。


「今日でもう止めにしてもいいよ」


 俯いたままの頭が横に振られる。


「そう。なら僕は、暫くアイネに付き合うよ」


 少し躊躇ったが手を伸ばし、軽くその頭を撫でる。

 嫌がる素振りはなかった。俯いたその表情は分からない。ただ、鼻水をすする音が聞こえてくる。


「顔洗おうか」


 いつまでも座り込んだままにさせるのもよくない。そう思い声をかけた。


 アイネの肩がぴくりと震える。

 ん、これは自分の状態に気づいたかね。なら傍に居られるのは嫌かろう。さっさと退散しますか。

 そう思って踵を返したのだが、アイネの声に呼び止められた。


「た、立てないよう」


 顔を真っ赤にしながら、頬を伝う涙もそのままに見上げてくる。

 今頃になって腰を抜かしたんですか。どうなってんの。

 まああれ地球でもよく分かってなかったからな。こっちだと魔力の乱れとかあるのかもしれない。


 嫌がるかもしれないが、もう今更か。

 狼狽するアイネを、有無を言わさず横向きに抱きかかえ、水場まで連れて行く。


「恥ずかしくて死んじゃいそう」


「俺は見直したがね」


 その呟きは、まったく自覚の外にあった。

 よもやここまで自分をなげうつことができようとは、と。俺はただただアイネの執着に感心していた。

 そして同時に、人間という生き物の恐ろしさを改めて強く意識する。


 時にお嬢さん。

 すぐそこなのだから。そんなに強くしがみ付かんでくれますかね。

 後で思い出して、身悶えすることになっても知らんよ。



 ◇◇◇



 アイネとは別々に館に戻った。

 朝食を済ませ、仕事の用意をするべく部屋へと戻る。廊下の扉を開けると、部屋に客が来ているらしいことに気づいた。

 この時間にとは珍しい。まあ当然と言えば当然。忙しいのだ、仕事前で。


 客が大人ではないことだけ確かめ、部屋へと入る。

 遠慮?

 すべきは相手の方だろう。


 部屋にはキースの他に、見慣れぬ少年が居た。いや、初見ではないな。

 こちらを振り返った少年が、俺を見るなり舌打ちをした。

 向けられた視線には、嫌悪と敵意がこれでもかというほど詰め込まれている。


 年は12か13。眼鏡があれば似合うであろう、生真面目で神経質そうな顔立ちをしている。

 胸元に掛けられた聖章が、意匠までは定かではないが、ちらりと見えた。


「キース。悪いことは言わない。大事が起きる前に、君は他の班に移るべきだ。その実力もある」


 思い出した。この少年は青の月への悔宗組だ。

 聖章は青月の五戒のものだろう。黒月の徒は、聖章なんて身に着けないからな。


 にしてもキミ、いい性格してるね。唯一の班員を前に異動を薦めるとか。

 生憎と、その程度で心乱されるような日々は送っていませんけどね。表面上は不安そうな顔してみせますよ、もちろん。


「何度も蒸し返すなよ。その話は終わってる。オレがヤトイを置いて他の班に移ることはない。それから時間だ。エルだって今日は仕事あるだろ。さっさと帰れ」


「仕方がない。また後で来る」


「頼むから今日はもう来んなよな……」


 キースに促され、エルと呼ばれた少年は扉、つまり俺の近くへとやってくる。

 すれ違いざまに、「なんでこんな塵を」と吐き捨てられた。

 びくりと肩を震わせわずかに背を丸めれば、舌打ちが飛んでくる。


 なるほど。これはキースに苦労をかけるわけだ。

 俺は軽視されることによって、黒の家での身の安全を得ている。

 だがそれは、今のキースにとって大きな足枷だ。軽視されているが故に、キースは俺と共に居る理由を作れずにいる。


 望みは薄そうだ。

 ならばやはり、アイネを使えるようにするしかないな。

 俺は仕事の支度を整えながら、明日からのアイネの稽古について、思索を巡らせるのだった。


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