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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第3章 『信じる者、信じられぬ者』
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26.野望への道筋と目下の難題

 街を出る。キースの語ったそれは、黒の民である俺たちにとって、大きな困難を伴うものである。

 まず、通常の手段で街から出ることは不可能である。

 なんせ、俺たちが居るのは強制居住地区である。出さないために入れられているのに、出たいからと言って出してもらえるはずもない。

 正規の手段は、傭兵として戦地に送られる、街から街に売り払われる、というもの。

 これもまず不可能と言っていい。


 キースが集めた資料によると、現在この都市が属する国は、国境すべてを教派を同じくする同盟国によって囲まれている。

 隣接する国の情勢までは資料になかったが、隣国で戦争が起き、援軍を派遣することになったとして、この都市から兵が送られるかは怪しい。

 というのも、ここラーデ・ロムニスが、どの国境からも遠い僻地にあるからだ。


 したがって非正規の手段、脱獄に近い形で街を出ることになる。


 実際のところ、俺たちの足下に脱出のための道はある。

 即ち地下水路だ。

 水路が外まで繋がっているのは間違いない。

 しかし、最短距離である1号水路は使えない。自殺行為に等しいからな。

 なので5号を中心に外までの経路を開拓する必要がある。


 街を出るだけなら、後は食糧だけあれば十分だ。

 だがまあ、そこで手詰まりになる。

 街の外には出られたが、行き先がない。詰みである。

 つまり街を出るという目的を本当の意味で達成するには、街を出てどうするのかまで考えておかなければならないと言うことだ。


 もらった資料にはその辺りについて、まるで情報がなかった。

 キースの野望のためにやることは決まった。

 情報収集だ。

 これは俺個人の目的とも合致する。

 世界のこと、信仰のこと、魔法のこと、文化のこと、歴史のこと。知りたいこと、知っておくべきことは山ほどある。


 ただな。現状を改善するのが先になろう。

 時間すら作れんのだわ。

 黒の家に書庫があるのは知っている。誰でも自由に使える、というわけではないが、ヘズコウ経由であれば許可を得られる可能性は高い。

 仕事が今の状態では、到底許可は下りないだろうが。


 俺にとってはこちらの方が問題か。なんせ手が出せない。完全にキース頼みなのだ。

 口を挟むのも躊躇われる。キースにはキースの考えがあって動いているのだ。それをその辺りの事情に疎い俺がどうこう言ったところで、邪魔にしかならない。

 できるのは精々、体を鍛えて仕事でのキースの負担を軽くすることくらい。


 闇に陰る天井を仰ぎ、長々と息を吐く。窓から吹き込む涼風が、思案に暮れていた頭を冷やしていく。

 食後の勉強の時間。キースに借りた資料を片手に、俺は部屋で思索に耽っていた。

 仕事の報酬で得ている蝋燭が揺らめき、陰を掻き乱している。


 視線を下ろすと、俺の寝台にうつ伏せに寝転がっているアイネが見えた。

 時折、足がぱたぱたと動いている。

 ちなみにキースは居ない。仕事仲間を集めるため、絶賛奔走中だ。


 どうしてアイネは空いているキースのところを使わないのか。以前それでキースに怒られているからだ。

 ならば俺のところなら問題ないのか。ないと思われているのだろう。

 それはつまるところ俺がこの部屋でヒエラルキー最下層……。


 いや、そうではない。そうなのかもしれないが、そういう話ではない。

 なんで居るの?


 自由に出入りしていいからって、入り浸る理由にはならなんだろう。

 しかもこんな遅い時間に。

 こちらは仮成人すら迎えていないので、それ自体にはなんら問題があるわけでもないのだが。


「キース戻ってこないね。思ってたよりもヤトイって、独りで部屋にいること多い?」


 人が訪ねてくるときは、大抵俺とキースの2人で居る。

 キースだけの時もあるだろうが。


「僕しか居ない時は、ベルが鳴っても無視、してるから」


「えー。それ酷くない?」


「僕しか居ないって知ったら、気分悪くなるだけ、だよね」


「そうかなー。そうかも? ……はあ。そう、だよね。なんかごめん」


 調子狂うな。


「アイネは、嫌じゃないの。僕なんかと居て」


「んー、どうだろう。よくわかんない。なんか、それよりも先に慣れちゃったもの」


 なにを言ってるのでしょうこの子。

 さてはこやつ――。


「ねえ今、わたしのことバカなんじゃないかって思ったでしょう?」


 まあ分かるか。今のは隠そうとしていなかったからな。


「わかるんだからねー、そういうの」


 むすっとした表情で、お怒りですよアピールをしている。

 詐欺としか言いようがない子供や、環境がそれを許さない子供、大人びた子供に、敵意満面のクソガキばかり見てきたから、こういう子供らしさはなんとも懐かしい。

 懐かしいのだが……。


「でも、バカでもいいかな。皆みたいに、あれこれ考えてトゲトゲしちゃうなんて、悲しいじゃない」


 いやあ、なんだろう。すごく居心地が悪い。

 いい子なんだと思うけど、こっちに来てからの俺には綺麗すぎてきついっす。


 まあなんだ。苦労してそうな子だ。いい子ちゃんにこの世界はさぞ生き難かろう。

 突き詰めてしまえば、この子は普通ではないということになるからな。

 今更か。

 キースの周りに集まる子供は、大なり小なりその気がある。

 アイネは、俺と話ができてしまう時点で相当に重症だが。


「ところで、気になってたんだけど」


 アイネは俺と会話しながらも、熱心に本を読んでいる。

 本と呼ぶのは正確ではないな。あれはキースが書いた仕事用のメモ束だ。


「なあに?」


「それ、どうしたの」


 写しではなく原本だ。キースが貯め込んだ知識であり、財産だ。

 キースは割と厳重に仕舞い込んでいたはずなのだが。


「ふふふ。わたしの眼を欺こうだなんて、甘いのよ」


 お、おう。特定の誰かを欺く意図があったわけではないと思うがね。

 いい子ちゃんだと思ったのは間違いだったのか、これ。


「おもしろい?」


「おもしろ、くはないわ。でも、必要なことだから」


 おや。これは藪を突いたら蛇が出てくるパターンではなかろうか。

 なぜと問いたい。しかし問いかけてはいけない気がする。

 それでも問うべきなのか。

 しかしな。そういうのはキースの領分だ。俺が下手に手を出しては、ややこしいことになる。それにキースには宣言したではないか。あくまで従う立場でいると。


 部屋は沈黙が大洪水である。

 窓の外から虫の鳴き声が聞こえて来る。ああ、秋だねえ。

 覗く天上には月が2つ。妙に光が弱々しいので、近くには黒の月があるのだろう。


「なんでそこで黙っちゃうの」


 分かり切った質問をなさる。

 面倒に首を突っ込みたくないからだよ。


「わたし、もう仮成人してるのよ」


 知っています。


「でもまだ、大きな仕事はもらえていないの」


 ああ、それは嘘ですねお嬢さん。

 世間の噂に疎い俺ですが、キースから聞いてるんですよ。


「声はかけてもらってるって」


 アイネは潰れた蛙みたいな声を漏らして押し黙った。

 選り好みしなければ、既に仕事は得られていたであろう。それをしない理由は、まあ予想が付くがね。


「まだ、恩を返せてないの。全然」


 あ、こいつ。こちらから聞こうとしないからって勝手に話し始めやがった。

 聞きたくないっす。


「本当はね、穴倉に放り込まれるはずだったのよ。お婆ちゃんが働けなくなって、2人まとめて」


 やめてくれ、耳を手で塞ぎたい。

 塞いでしまおうか?


「キースがヘズコウさんに紹介してくれたの。物覚えがいいから、下働きには使えるって。ヘズコウさんはもちろん反対したわ。でもキースは、それなら周りが納得するくらいこき使ってやればいいって。悪そうな笑み浮かべながらよ。わたし吃驚しちゃった」


 既に時機を逸した気がする。

 まあね、キースならやりそうではあるね。何歳でそうだったのかは聞くのが怖いが。


「でもお陰で、わたしは黒の家で雑用させてもらえることになったの。お婆ちゃんも、本当に慎ましい生活だけど、上に残ることを許してもらって」


 なるほどなるほど。しかしこれとそれとは話が別なんだわ。


 アイネが俺たちの仕事に加わることは、数合わせとしてだけならいいだろう。

 だが、本当に数合わせとしてだけしか役に立たない。

 アイネが武に長けているという話は、キースから聞いていない。

 クスーラたちの件もあり、アイネを見捨てると言う選択肢はないに等しい。


 守るべき対象が2人になる。非常によろしくない。


 ただでさえ俺は、キース以外の眼がある場所で全力が出せないのだ。そこに明らかなお荷物追加とか。

 自分の首を絞める趣味はないのだよ。


「でも、それでキースの足を引っ張っちゃったら、意味ないよ」


「だーかーらー。こうしてできることを探してるんでしょう?」


「アイネ。僕らの班は、黒の家で最も危ない橋を渡ってる」


「知っているわ」


 ため息が漏れた。知っていても分かってはいない。

 だから俺は、突き放すように言った。


「僕らに必要なのは、暴力なんだよ」


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