25.少しおかしな女の子
街を出るにはどうすればいいか、話し合いを始めて間もなくのことだった。
「誰か来た」
「ん? ……ん、そうみたいだな」
「あ、いたいた。やっぱりここだったみたいね」
林道に姿を現したのは、俺も見知った女の子だった。
黒髪に濃紺の瞳と、黒の民ではよく見る風貌だ。
顔立ちは、日本人的な感覚で言えば、目鼻立ちがはっきりしている方だとは思うが、周りと比べるとやや地味な印象を受ける。
風貌と言えば、俺もぱっと見は似たようなものだ。瞳がやや赤みが強く、紫色をしているくらいで、黒の民としては平凡。
キースは紫の瞳に暗めの茶髪で、こちらは遠目にも分かる特徴がある。
名前はアライネアと言ったか。
キースからはアイネと呼ばれているので、俺もそれに倣うことにしている。
背はキースと同じくらいで、俺よりも高い。
キースが言うには、仮成人は去年済ませたらしい。キースからは1つ年上となる。ただ生まれとしては季節ひとつ分くらいの差だと言う。
年の諸々の切り替わりが、日本での年度の切り替わりと同じ頃なので、キースが春生まれでアイネが冬生まれということになるな。
キースに対して姉のように振る舞う女の子なのだが、キースは逆に妹のように扱っていた。
2人のやりとりは子供らしく、見ていてなんとも微笑ましい。
アイネとは、黒の家に来て割と早い時期に、キースを介して知り合うことになった。
魔獣騒動以降は、それまでにも増してキースを訪ねてくるようになったため、キースと共に居る時間の長い俺とも、必然的に場を同じくすることが多い。
キースとヘズコウの他で、唯一俺が話をする相手だった。
もっとも、きちんと話をするようになったのは魔獣騒動以降であるが。
最初は、うちのキースに変な虫が付いた、といった扱いであった。敵意はあるが、それは印なしや札付きに向けてではない、そんな感じだった。
それも早々になくなったように思う。
逆にその頃になってようやく、印なしや札付きを気にし始めた様子すらあった。
それからどう折り合いを付けたのかは知らない。魔獣騒動が落ち着いた辺りから、普通に話しかけてくるようになった。
キースは割と人望がある。同年代に限り、と付くが。
面倒見がいいのが理由だと思う。
アイネの他にも、キースを頼って部屋を訪ねてくる子供は多い。
「なにしに来たんだよ」
「はいこれ」
突き出されたのは服だ。
部屋着であろう。
それもたぶんキースが普段使っているものだ。
「もうすぐ寒くなってくるんだから。濡れたままの服でいたら、体壊しちゃうんだからね」
「なんでお前がこれ持って来るんだよ」
俺たちの部屋には鍵が付いている。鍵がないと内側からも開かない、かなりしっかりしたやつが。
鍵を所持しているのは、俺たちだけ。残りはヘズコウが管理している。
加えて言うなら、俺たちの部屋のある一帯に繋がる廊下にも、鍵付きの扉がある。こちらも扱いは概ね同様。
誰かが俺たちの部屋を訪ねる時は、窓の外に取り付けたベルを、1階まで垂らした紐でもって鳴らして、キースが鍵を開けに行くという段階を踏む。
ヘズコウ経由というのもあるが、そうまでして訪ねてきた人間はいない。
「ヘズコウさんからの伝言です。部屋の片づけはアイネにやらせるから、仕事の方をさっさとなんとかしろ。だって」
両手を腰に当て、まだ子供のままの胸を張るようにして告げる。
あのちょび髭親父、余計なことを。
アイネが部屋に入ってこられるようになると、そちらの方で厄介事が増えそうなんだが。
そうそう。アイネは他の子供たちと違って、キースを頼って来ているわけではない。
こちらは世話焼きタイプだ。むしろ頼ってもらいたくて来ている感がある。キースが相手では、中々望むようにはいかないだろうが。
ああ、俺も頼る気はないので、寄って来ないでくれるとありがたいんだが。
「はい。これヤトイのね」
渋々受け取る。
アイネが来ると厄介というのは、彼女自身というよりも、周囲の問題だ。
特に、キースを慕う子供たちが面倒極まりない。
他の子供たちの俺に対する態度は、推して知るべしというもの。
アイネがおかしいのである。それを言ったらキースもだが。
というかキースがいるからアイネがおかしいのであって、やはりキースが一番おかしいということか。
結局その日は、街を出ることについて、それ以上の話をすることはできなかった。




