23.新たなる日常の始まり
「仕事に2日使わせろだあ?」
なに言ってやがんだおめえら。んなもん通るわけねえだろうが。
そんな言葉が飛び出してきそうな煩わしげな表情で、ヘズコウがキースを睨む。
左の人差し指が、執務机を不規則に叩いている。
「狩り目的で仕事のねえ日に潜る班も、確かにあるけどなあ」
不可能ではないらしい。
煩わしげではなく煩わしいのだろう。この話をされたことが。
魔獣騒動で見直した部分もあるが、基本的にこのおっさんは怠惰だ。
面倒は他人に押し付けたがるし、そもそも他人は自分を楽させるために居る、みたいに考えている節がある。
そのくせ見栄っ張りだから、俺みたいな面倒の塊を、館の主の意向に従って抱え続ける羽目になっている。
思えば随分と世話になってるんだな、俺はこの冴えないおっさんに。
感謝はしても、恩義とまでは思わんがね。
どうせあちらにはあちらの都合があるのだ。
クスーラたちを見捨てたと伝えて、『黒の家の者としちゃそうじゃねえと困る』と返すような相手が、算盤を弾かぬわけがない。
得をしているのがヘズコウなのか、はたまた黒の家なのかは知らんよ。
下手な探りを入れる気もない。
ただまあ、こういうのは楽でいい。
利害で動く。理性で判断する。論理的。合理的。実にいい。
賢い大人というものは、後腐れなく利用できる。
対して子供ときたら。なんとも度し難い。
「おめえら、そろそろ諦めて、他の下についたらどうだ? 場所手放したくねえなら、迎え入れるって手もあんぞ」
「ヘズコウさん。オレたちを入れてくれる班なんてねえのは、ヘズコウさんが誰よりも詳しいじゃねえですか」
「自分で探したこともねえくせに、なに言ってやがんだ。あいつらだって、おれの紹介だったろう」
「あのざまですけどね」
「おっまえ、こんなん連れて来んのが悪いんだろうが。おめえだけなら上手くやれてたじゃねえか」
「オレとだけじゃ意味ねえでしょう。他の奴らを紹介したって、上手くやれたかどうか」
「くぁー。ガキは気が短くてよくねえ。ほとんどの、とこはなあ。2年とか、3年とかけてまとまんだよ。それを四半期と経たずって、無理があるにもほどがあんだろ」
「それこそ無理ってもんですよ。2年も過ぎる前に、オレたちゃ死体になってますって」
「ならどうすんだ」
脅すような、それでいてどこか試すような声に、落ちていた視線が上がる。
ヘズコウの問いに、キースは軽く肩をすくめてみせた。
「しばらくは2人でなんとかしますよ」
「下から引き上げんのは、無理だぞ。分かってんのか?」
「そりゃあ、はい。もちろん」
そう。もちろん分かっている。俺も、キースも。
穴倉の子供たちは、暴力に慣れ親しんでいる。即戦力にはならないが、下地はあり、使えるようにするための期間が短くて済む。
だが、彼らは10歳に満たない子供だ。
そしてそれは、俺たちも同じ。
仮成人ですらない子供2人の班など、黒の家でも例がないと聞いた。
ただでさえ無理を通しているのだ。これ以上の無理を求めれば、班そのものを潰されかねない。
とは言え、今すぐに打てる手は、俺たちには無い。
だからこそ、時間を稼ぐために無茶を頼みに来たのである。
「3月だ。それまで、うるせえ羽虫どもはこっちで黙らせる」
「いいんですか?」
「あん? おめえ、おれの決定に文句でもあるってのか?」
まったくである。
ここは素直にヘズコウの配慮を受け取っておくべきところだ。
魔獣騒動で班が1つも潰れないというのは、それほど多くないことだと、ヘズコウから聞かされていた。
班が戻らないので偵察隊を送ったら、魔獣が紛れ込んでいた。というパターンが1番多いらしい。
生存者がいても使い物にならなくなって、班は解散というのも、割とよくあることなのだとか。
魔獣騒動を経て、俺たちの班の評価はまた上がった。
人数が減ったので、結果としては、評価もなにもあったものではないのだが。
ヘズコウはつまるところ、最低限度の仕事ができていれば、取り潰させないと言ってくれているのである。
取り潰さずに済むなら、ヘズコウとしてもそれが望ましいのだろう。
それこそ黒の家での評価として。
評判は底を突きぬけて日々更新中だ。
見捨てて報告を優先したのも、生き延びたのも、潰されないのもすべてが不満に転じている。
「キース」
声をかけてから一歩を踏み出し、その隣に並んで頭を下げる。
つられるようにして、隣でキースも頭を下げた。
「迷惑かけます」「よろしくお願いします」
「……おめえら、少し変わったか?」
「どうですかね」
「へっ。上手くやってるうちは、おれにはどうでもいいこった」
頭を上げ惚けるキースに、ヘズコウは鼻を鳴らす。
そして腕を組み椅子に深々と背を預けた。
用が済んだならとっとと帰れと、手の動きだけで示される。
俺たちが仕事を増やしたも同然なのだから、邪険にもされよう。
改めて2人で頭を下げ、踵を返したキースに続いて部屋を後にした。




