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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第2章 『異物の生存戦略』
21/94

21.魔獣の報告、正しさの在処

 歩き慣れたはずの道が、ずいぶんと長く感じられたのを覚えている。

 首筋に刃を押し当てられているような恐怖があった。

 二重の扉を抜け、上へと繋がる階段を前にした時には、安堵から膝が折れそうにもなった。

 それでも俺たちは立ち止まらなかった。

 キースが、足を緩めようとしなかった。


 地上へ至る道中、見張りに魔獣の危惧を伝え警戒を促し、大急ぎで黒の家に戻った。

 常であれば正面から帰ることなどないのだが、今日ばかりは遠回りは一切なしだ。

 慌ててどうしたなどと絡まれる場面もあったが、追い払うのには『魔獣』のひと言で足りた。


 そして俺たちは、身に着けた装備もそのままに、ヘズコウの執務室に乗り込んだ。


「ヘズコウさん!」


「なんだおめえら、今日はまた一段と帰りが早えな。こらえ性のねえボンクラたちが、とうとうおめえらに手でも出したか?」


 ノックもせずに扉を開けたためだろう、顔に驚きと不審を張り付けている。

 だが口は減らないらしく、出迎えたのはいつも通りの軽口だった。

 執務机に駆け寄ったキースが、舌打ちと共に大きなため息を零している。


「冗談だよ。んな怖え顔すんな。で、なにがあった」


「魔獣が紛れ込んでる」


 キースは鞄から取り出した布の包みを、ヘズコウの机に置く。


「雑魚が姿を消した。小型は狩ったが、見慣れねえのばかりだ」


 めくって中身を確認したヘズコウの眉間に、深い皺が刻まれる。


「呪毒か」


 そう呟いて、机の引き出しを漁ると、長い箸のようなものを取り出す。

 ヘヒヤルポトの肉を弄りながら、ヘズコウは声だけをこちらに向けた。


「どうしておめえらがこれを持ってくる」


 本来ならば、これを前に説明を行うのは責任者であるクスーラの役目だ。

 なんと説明したものか。


「クスーラの奴は?」


 魔獣のことで頭がいっぱいで、彼らのことをどう説明するかなんて考えていない。

 と言うよりもだ。身も蓋もない言い方をすれば、どうでもよかった。

 ただ、保身を考えるなら、適当な理由くらいは用意しておくべきだったとは思う。


「地下に」


「見捨てやがったな」


 ヘズコウの眼が鋭利に細められる。

 キースのひと言だけで事情を察したらしい。

 箸を脇に置くと、代わりに筆を取った。


「おめえら、これから苦労することになんぞ。覚悟は、できてんのか?」


 その眼の鋭さとは裏腹に、声はいつものどこかふざけたもの。


「死ぬよかマシでしょう」


「いっちょまえに言うねえ」


 臆することのないキースに、ヘズコウの声が笑う。


「まあよ、黒の家の者としちゃそうじゃねえと困る」


 そう告げる声は柄にもなく真面目で、落差に少し、恐れが走る。

 怠惰で臆病で欲深い、見る目を持った人間。

 キースがこのふざけた人物を高く評価する理由が、なんとなくわかった気がする。


「おめえらはこいつを親父に持って行け。おれは、おめえらの持ってきたこいつをなんとかする」


 嫌そうに面倒くさそうに示すのは、ヘヒヤルポトの死肉だ。

 先に見せた真面目さは、既に欠片も残っていない。


「ああそれからな。帰ってきたボンクラどもにどう謝るかくらいは、考えておいた方がいいと思うぜえ?」


 そして俺たちはせっつかれるようにして部屋を後にする。

 それからほどなくして、退却を呼びかける鐘が地下に鳴り響いた。



 ◇◇◇



 黒の家のある区画で、地下へと通じている入り口は5つある。

 これは使われているものが、という意味だ。

 この内、3つが黒の家によって管理されている。

 残り2つをどこが管理しているのか、それはまた時間があるときにでも説明しよう。


 3つある入り口の1つ、俺たちがいつも使っているものからほど近い広場に、黒の家から多くの人間が集められていた。

 主となるのは、地下で掃除を行っている大人たちだ。

 退却の鐘を聞き引き上げてきた者達には、ここへ集まるよう指示が出されている。

 そうして集まった者達の中から、腕の立つ者がこの場に残され、他は黒の家に帰されていく。


 残された者たちの表情は硬い。

 居残り組には重大な仕事が待っているのだ。

 彼らはこのまま班組みをされ、偵察隊として再び地下に戻ることになる。

 魔獣が潜んでいるとされる地下に。


 この場に同行させたヘズコウは。


『おめえらは初めてだろう。流れを見て覚えとけよ』


 俺たちにそんなことを言い残して現場の指揮に向かったが、果たしてそれは帰った者と残された者、どちらを指していたのだろうか。


 今回、俺たちは偵察隊に参加しない。

 それは初めから決まっていたことだった。

 けれど、俺たちに偵察隊への参加を求める声は大きかった。


 偵察隊への不参加というのは、そもそも魔獣の痕跡を発見し報告した者への労いの部分が大きい。

 情報が不足している場合、現場への誘導などの意味で付き従うことはあるが、今回は十分に情報が揃っている。

 それを押して参加を求めるというのは、嫌がらせ以外のどんな理由があるのだろうか。


 結局、班の面子が大きく欠けていることを口実に、ヘズコウはそうした声を黙らせたようだ。


 偵察の準備が進む中、俄かに辺りが騒がしくなった。

 地下からの出入りが激しくなったのが、広場の隅、偵察隊の更に後ろで控えている俺たちの場所からも分かった。

 報告を受けたヘズコウが、険しい表情で地下へと下りていくのが遠目に見える。


 やがて『クスーラが戻ってきた』『ネリアルの傷が酷い』そんな声が耳に入るようになってくる。

 どうやらクスーラは生き延びたらしい。が、状況はかなり悪そうだ。


 間もなく地下から、担架に乗せられたネリアルが運ばれてきた。

 邪魔にならない範囲で、黒の家へと続く道に寄る。すぐ近くにキースが立った。


 すれ違う時に、その姿が目に映る。


 顔は苦悶に歪んでいた。そこに俺を蔑む、兄のケビンに似た勝気で不遜な面影はもはやない。

 見える限りの肌に紫色の斑点、小さな切り傷からは赤黒く泡立った血が垂れている。

 そして、右腕は半ばから先がなかった。


 意図せず視線が逸れる。


 ――子供でも死人には慣れているもの――


 この世界で目を覚ました時に見た数多の亡骸が脳裏を過る。

 慣れるのだろうか。

 いや、少し。もう慣れたのかもしれない。

 その姿に心掻き乱されながらも、あれは助からないだろうと冷静に考えている自分が居る。


 こんな時、どういう表情を浮かべておくとよいのだろうと、キースを窺う。

 おや、と。俺は僅かながら驚きを禁じ得なかった。


 キースの口元は強く引き結ばれ、鞘を握りしめる手はかすかに震えている。

 穴倉なんてものを用意するような所だ。俺のように、この手のものに慣れていないというわけではないだろう。

 割り切っているとばかり思っていたのだが。


 どう言葉をかけたものかと悩んでいると、遠く視界の隅に、青年に肩を借りる血に塗れたクスーラの姿が映った。他の者達の姿はない。

 このまま2人を会わせると面倒が多いだろう。

 そう判断した俺は、即座に行動に移る。


「キース。ヘズコウさんのところに行こう。僕たちは、顛末を聞く義務が、あると思う」


「あ、ああ。そうだ、な」


 歯切れの悪いキースの腕を掴み、強引に歩き出す。

 クスーラの進む先を避け、少し大回りをして、俺は地下への階段を目指した。


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