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俺、凡人。異世界で世界大戦の仕掛け人になる  作者: 風間 秋
第2章 『異物の生存戦略』
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20.ありふれた決裂

 ケビンたちと別れ、3号で香の取り換えを行っているときだった。

 ふと、抱いていた胸騒ぎ、違和感の正体らしきものに思い当たった。

 傍らで周囲を警戒するキースに、確認のため問いかける。


「キース、今日狩った魔物の中に、雑魚っていた?」


「ん、小型は何匹か狩ってたはずだぞ」


 そう。小型は狩っている。全体としては常より若干少ない程度。中型とも遭遇している。

 だからすぐにはそれに気づかなかった。

 狩った小型は、いずれもこの辺りでは珍しい個体だったはずだ。金になるものもちらほらいた。

 それもあって惑わされた。


「……なんでだ?」


「なんでって、1匹も見てない気が」


「そうじゃねえ」


 言葉を遮ったキースの声は硬い。


「だから、なんでいないんだ?」


 それがわかれば苦労しないのだが。

 俺は暫し黙考する。地球での話なら、似たようなのはあったが。


「災いの前触れに虫や小さな動物が姿を消す、って話なら――」


「それだ」


 食い気味に、それでいて呻くようだった。

 キースの面には、驚愕と焦燥がありありと浮かんでいた。


「なにか起きるの?」


「いや、たぶんもう来てる」


 来てる? 起きるのではなく?

 待てよ。災い、水路、魔物。


 地下水路の掃除で最も警戒しなければならないモノはなにか。

 最も死者が出るのはどんな時か。

 仕事を始めたばかりの頃、キースから散々聞かされた。


 魔法種を軽く凌駕する膨大な魔力を保有し、その魔法によって辺りに破壊と殺戮を振りまく、死出の水先案内人。

 災厄の運び手――魔獣。


「まさか」


 潜んでいるというのか。この水路のどこかに。

 向き合うキースは蒼白だった。俺の顔色も似たようなものだろう。

 全身から、冷汗が噴き出していた。


「2人とも、ちょっと来てくれ」


 緊張で呼吸すら荒い俺たちを、周辺警戒をしていたクスーラが、先のキースに劣らぬ硬い声で呼んだ。


 3号から伸びる5号水路の1本。すでに香の取り換えを終えた水路を前に、クスーラは立っていた。

 5号水路へ松明をかざし、茫然とした顔で固まっている。

 辺りを警戒しつつ、近づいてその視線の先へと目を向ける。


「……ヘヒヤルポト」


 その呟きは俺のものかキースのものか。

 炎に赤く照らされたそこに、予想だにしない魔物の姿があった。


 ヘヒヤルポト。

 針金のような体毛に全身を覆われた、カバをひと回り大きくしたような造形の、水棲爬虫類の魔物である。

 大型寄りの中型で、水路では頂点に近い位置にいる捕食者。

 以前1度だけ3号で遭遇し狩ったことがあるが、9人がかりでやっとだった。


 2号より大きな水路を活動域としていて、4号以下の水路にはまず入ってこない。

 そんな化け物が、5号の水路に半身を浸し横たわっていた。

 ヘヒヤルポトの周囲の水は、松明の火でも分かるほどにどす黒く染まっている。

 明らかな異常事態。


「死んでるのか?」


「キース。周囲の警戒を」


「まさか近くに?」


「分からない。居る感じはしない」


「オレもだ。退くか?」


「退きたい。でも、あれの確認はしておかないと」


 本音を言えば、一目散にこの場から逃げ出したかった。

 魔獣が居るかもと話をした矢先に、この準頂点捕食者の異様な骸だ。

 たとえ魔獣でなかったとしても、俺たちが9人がかりで倒した化け物を、5号に逃げ込ませるほどのなにかが、この近辺に居ることは確実。


 だがこれを放置したとなると、上に戻った後にペナルティを課せられる危険がある。

 仕事の規定に記されているのだ。魔獣の痕跡を発見した場合、可能な限りの情報を収集した上で、速やかに帰還せよと。


「待て待て。さっきから居るとか退くとか、2人はなんの話をしてるんだ?」


 放心したようであったクスーラが、俺たちのただならぬ様子に気づいたらしい。説明を求めてきた。

 面倒だった。

 邪魔だとすら思った。

 はっきり言って、俺たちにそんなことをしている余裕はない。


「先輩。落ち着いて聞いて――」


「キース、説明は後。先にヘヒヤルポトを」


 だから俺は、躊躇いなくキースの言葉を断ち切った。

 そして足音を立てぬよう素早くヘヒヤルポトへと近づく。

 周辺警戒に意識を裂く割合を下げ、代わりにヘヒヤルポトへの警戒に充てる。


 生死、加えて死因がはっきりするまでは、これが魔獣であると考えるくらいが丁度よい。

 下手をすれば、小型の魔獣が骸の内で死肉を食んでいる、などということも有り得ると聞いている。


 近づき、ヘヒヤルポトの体を確かめ、息を吐く。

 俺は警戒を辺りへと戻す。


 ヘヒヤルポトの骸は酷い有様だった。

 全身の皮膚は爛れ、破れ、赤黒い泡立った血に濡れそぼっている。


 だが直接の死因は他にある。

 深い刺し傷を幾つか見つけたのだ。

 傷口は変色し膨れ上がり、まるで腐ったかのように組織が崩れ落ちていた。

 表面でこれなら、中は見るに堪えない状態に違いない。


「呪毒、だろうな」


 隣に並んだキースが、同じように骸を調べ見解を口にする。

 呪毒とは、魔法によって生み出される毒の総称だ。

 そして、ただの魔物に魔法を使うことはできない。

 魔法を行使する魔物。それは魔獣と呼ばれ恐れられている。


「確定かな」


「念のため切り取って持ち帰る」


 クスーラが愕然とした表情で、呪毒と呟いている。

 どうやら説明の手間が省けたようだ。


 キースは手早くヘヒヤルポトの傷口から肉を切り取ると、油を染み込ませた防水布でそれを包む。

 そしてやや雑に鞄に放り込みながら立ち上がる。


「待たせてすんません」


「本当に呪毒なのか?」


「状況も含めりゃ、十中八九」


「戻ろう。皆に知らせないと」


「オレたちはずっとそう言ってるんすけどね」


 突如としてやる気を見せ始めたクスーラ。

 先導するように、前に立って歩き始める。妙だと思って見ていると、その足が出口ではなくその反対へと向けられた。

 それはつい先程、俺たちが通って来た道だ。


「先輩。そっちは違うっすよ」


 親指で出口側の道を示すキース。

 クスーラは怪訝な顔から一転、驚きでその面を塗り替えていく。


「すぐ近くに居るんだ! まさか、見捨てるつもりなのか?」


「なに言ってるかさっぱりすよ。ケビン先輩とは話ついてるじゃねえですか」


 それに、とキースは続ける。


「オレたちに与えられてる役割、仕事上での義務ってのを果たさねえでどうすんです」


「頼む。今ならまだ、皆を助けられるかもしれないんだ。これまでのことは謝る。ケビンにも謝らせる。他の皆にも。だから手を貸して欲しい」


 キースは開きかけた口を一度噤み、それから強い口調で言い放つ。


「話にならねえな。オレたちは初めから危険を減らそうって動いてたんだ、それをてめえの意地で突っぱねたのは誰だ」


 鞘を握る手には、ぐっと力が込められていた。


「ああそうかい。君たちに頼んだボクが馬鹿だった!」


 声高に叫ぶクスーラ。


「君たちにとってケビンたちは、死んだとしても心も痛まないような存在なのだろう。でもボクにとっては違う。ケビンもネリアルも――」


 キースが動いた。

 鞘に納められていた刃が、刹那の後にクスーラの口元に沿えられる。


「うるせえよ。ちったあ状況考えろ」


 潜めた声は、未だ子供の高い声ながらも、大人顔負けの威武を含んで聞こえた。

 クスーラも赤から青に顔色を変じ、こくこくと頷いている。


「そんなに行きたきゃ勝手に行け。てめえがなにを言ったところで、オレたちのやることは変わらねえよ」


 クスーラはケビンとよく似た瞳でキースを睨み、背を向ける。

 俺たちがその背を見送ることはなかった。

 互いの意思を踏み出した一歩で確認する。そして背後の足音を耳に響かせながら、出口に向けて脇目も振らず走った。


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