19.避け得ぬ反発
「引き返せだぁ? なに寝ぼけたことほざいてやがる!」
水路に大声が響く。
ケビンがキースの胸ぐらを掴み怒鳴ったのだ。
軽率な行動に眉を顰め、俺は辺りへの警戒を一段と密にする。それこそ、髪の毛の落ちる音すらも聞き逃すまいと心がけて。
「オレはそんな横柄な物言いはしちゃいませんて。ケビン先輩ももうすぐ成人じゃねえですか。他人の話くらいしっかり聞きましょうよ」
キースは怯んだ様子もなく、ケビンへと冷めた眼を向けている。
それを不快に感じたのだろう。防毒布の上からでも、ケビンの表情が更に歪んでいくのが分かった。
「地下の様子が妙なんで、一旦退きませんかって提案したんですよ。他の班と情報を共有しちゃどうか、そうも言いましたでしょう」
「働き始めて季節ひとつ跨いでねえ素人が、知った風なことを口にすんじゃねえ」
ケビンが声を落とす。
「ただまあ、そんな役にも立たねえ目下のする話だろうと、耳を貸すくらいの寛大さは、俺にだって持ち合わせがある。てめえらが責任を負うってんなら、その話、考えてやってもいいぜ」
耳を貸す? 話を考える?
たわけたことを抜かす。
失敗して責任を負わせられている様を、指さして笑いたいだけだろう。
つーか、責任者の顔を自分たちで潰していくんか。
クスーラは……、苦い顔してんな。
「ケビン、それだとボクの立場がない」
「ん、そうなのか?」
「そうなの。でもケビンじゃないけど、その話を鵜呑みにして仕事を中断するわけにもいかない。例えばどこが妙だと思ったの?」
キースは困ったといった様子で視線を落とし、ちらりと俺を見る。
どこと言われてもな。妙なものは妙としか。
首を傾げる。
そう。キースの提案は、俺の胸騒ぎに端を発したものだ。
「おいキース! さっきのはてめえの考えじゃなく、あの印なしの考えだったりすんのか?」
なっ、気づくかよ。
なんでこういうことだけ目敏いんだ。気に掛けるべきはそちらではないだろう。
キースは今にも舌打ちを漏らしそうな表情で押し黙っている。
「引き返したけりゃ、てめえらだけで引き返せばいい。誰も咎めたりしねえよ」
ケビンがキースから手を離し、馬鹿にするように鼻で嗤う。
「俺たちも、あの目障りな札を目に入れずにすんで清々するってもんだ」
悪意を感じさせる笑みが眼の端に浮かぶ。
こいつはまた随分とあからさまな罠である。
しかし面倒だ。
引き返してなにもなければ、こいつは勝手に帰ったと報告するだろう。
残れば残ったで、虚言を弄して仕事を妨げたとでも報告するか。
ああ、クソッ。
これだから人間は。
他人の足を引っ張るようなことにばかり頭が回る。
「先輩がそれでいいってんなら、オレたちは引き返させてもらいます」
「キース?」
「ただ、仕事を放り出したなんて文句つけられても困るんです。なんで、通り道の3号はオレたちで片づけます」
それから、と続けるキースの親指は、ゆっくりと剣の鍔を撫でている。
「聞くまでもねえことですけど、クスーラ先輩にはついてきてもらえるんすよね」
「いや、ボクはここのまとめ役だから――」
「先輩。ガキのオレらだけで、他の班と話はできねえですよ」
その声に怒気はなく。ただどこまでも冷え切っている。
「それは……ああ、その通りだよ。なあ、ケビン」
「チッ。悪い、クスーラ」
ケビンの顔にもはや先程の笑みはない。
俺を見るのと同じような敵意が、キースを睨む瞳に灯っている。
俺と行動を共にするせいで、キースには随分と泥を被らせてしまった。
このままいくと、キースの言葉まで誰も取り合わなくなってしまう。
どこかで敵意を煽って、憎悪をこちらに寄せておくべきだろう。
つくづく人とは面倒で厄介な生き物だ。




