14.仕事とその下準備
暫くして戻ってきたキースは、手拭いと着替えに加え、パンを湯で溶かした粥を持ってきてくれた。
真っ先にまだ温かいそれを受け取ると、俺は服を着ることも忘れて口に運び続けた。
この世界に来て初めて、人間らしい営みを経験した気がした。
キースに飯と服の礼を述べ、それからヘズコウの執務室へと向かった。
部屋はまだ用意している途中だった。
自分たちでやればいいのではと考えを伝えてみたが、お前の仕事はこれじゃないと突っぱねられた。果てにはそんな時間があるなら、自分の仕事についてキースから説明を聞いておけと追い出される。
そんなこんなで、俺たちは屋敷の敷地内にある訓練場のひとつに来ていた。
屋外屋内それぞれ複数の施設があるようだが、屋内のもので、多数ある小部屋の中のひとつである。
訓練場という呼称からは、板張りの道場のようなものを想像しがちだが、どちらかというと相撲の稽古場に近い。
つまるところ、土間である。木造ではなく組積造、石造りだ。
別に、訓練場へやってきたことについて疑問はなかった。
強制居住区に押し込められている黒の民が担う仕事なんてものが、真っ当なものであるはずがない。
それに、危険が生じる類ものであることは、館の主とのやりとりから十分に察することができた。
この世界の環境から考えて、導き出される答えは――。
「魔物退治。地下水路の掃除が、オレたちの仕事だ」
部屋に備え付けられた訓練用の武器を物色しながら、キースが言う。
地下水路、とな。
「穴倉にも、出たかもしれない?」
少し怯えたように言ってみる。
「あそこは封鎖線を2つ間に挟んでいるから、よっぽど小型のものでもなきゃ紛れ込めない。ただ……」
「ただ?」
キースは手を止めて俺を見た。
「お前があそこに立ち入ることは、もうないはずだから言う。穴倉でも、上の出なら知ってるはずだ。暗黙の了解、って言うんだったか、こういうの」
やけに歯切れが悪い。
待てよ、この反応はもしかして。
「あー、つまりだな」
「餌?」
「そうだ」
眉間には皺が寄っている。
「もしも封鎖線を抜けられた時は、あそこに追い込むことになってる」
穴倉で仲間云々と言っていたことを思い出す。
後ろめたいのか。
俺の件と言い、損をするタイプの性格のようだ。
穴倉が餌か。得心がいった。
あの場で生活することが、穴倉の住人の仕事だったわけだ。
あそこから出ることになった俺には、もう関係のない話だろうが。
薄情?
情けなんてものは、余裕のある人間が分け与えるものだ。
俺にそんな余裕なんてない。
余っているなら分けて欲しいくらいである。
俺は視線を落とすにとどめる。
敵意も憐憫も、この場面ではさして示す必要はない。
「話を戻すぞ。オレたちの仕事は魔物退治だ。けどな、オレたちが魔物を狩るわけじゃない。そっちは一緒に行動する年上の先輩たちがやることになってる」
じゃあオレたちはなにをする、とキースは問う。
「荷物持ち?」
「半分正解。狩った魔物が金になるやつだったら、それを回収する。で、もう半分がオレたちの本当の仕事。魔物除けの香の取り換えだ」
バ○サンだな。
魔物除けの香については、多少知識がある。
行軍の際に用いられることがあるからだ。
確か臭い系と魔法系、あとは毒物系があった、はず。
魔法系は黒の民には使えない。残るは臭いと毒物だが……。
キースから妙な臭いを感じたことはなかったな。
「後で実物を見せるから、取り換え方をってどうしたヤトイ。なんか顔が変だぞ」
説明がないってことは、詳しく知らないのか。
それとも俺が知らない別の系統があるのか。
藪蛇になるといけないので適当に誤魔化す。
「魔物の回収と香の交換はわかった。ところで、ここに連れてきたのって」
「ああ。ヤトイが使えそうな武器を探すためだ。魔物を倒すのは先輩たちだけど、オレたちが魔物に襲われないとも限らないからな」
両手を腰に当てて、胸を張って言い切る。なんでそんな偉そうなん?
妙な所だけ子供っぽい。
というかキースくん。さっきから君が選んでるのって、すべて剣なんだけど。
「とりあえず、基本的なのは全部出してみた」
剣のな!
「好きなのから試していいぞ」
俺、素人なんですけど。素人に剣薦めるか?
いや子供の記録には剣の扱いもあるにはあるんだが、知識として知ってるのと実際にやるのは別やん。
手斧とか短槍とか、もっととっつきやすいの使わせてくれませんかね。
ほら、壁のところに並んでるじゃん。
視線でアピールしてみたのだが。
「あれはダメだ。お前には似合わん」
おうふ。前々から気になっていたんだよ俺。
鍔鳴らしたり柄尻に手を置いたり、鞘をさすったり、割と感情が剣に触れる所作に出るなって。四六時中吊るしてなきゃそうはならんだろ。
キース、お前そんなに剣が好きだったのか……。
「とりあえずひとつ試してみろよ」
お前も良さに気づくから。そんな幻聴が聞こえてくるようだ。
諦めて手頃な直剣を手に取ると、数度軽く振って握りを確かめ、記録を参考に構えてみる。
「お前、素人じゃないな」
半眼で問われた。
「いやいや。キース、僕だって黒の民なんだよ。大人の訓練くらい見たことあるから」
「なら、やっぱりお前には剣が合うってことだな」
おいキースや。その詰め方は卑怯だろう。
そこまでして剣を推すキースに、俺は苦笑いを禁じ得なかった。




