12.黒の家
黒の家。それは組織の名であり、館の名であった。
キースに連れられ、俺はその名の元となった館に来ている。
より厳密には、その上層階の一室。そこで、俺は見覚えのある顔と対面することになった。
俺を穴倉送りにした2人の片割れ、ちょび髭だ。
あの小物っぷりとこの外見で、それなりの立場の人間らしい。
いや、総統というのはそれなりどころではない立場だった。
これまでに見たこの街の様子からすると、いやこの館の内装からしても、かなり立派な執務室を持っている。
「くぁーっ。よりによっておめえ、こいつを連れてくるか」
「すんません」
キースが軽く頭を下げるが、まるで悪びれた様子がない。
俺はといえば、その斜め後ろで肩を丸め小さくなっている。
「うちでこれの扱いがどうなってるのか、知らねえとは言わせねえぞ」
「はい。でも、すでに働いてる奴ら入れてたって、ガキの中でこいつより使える奴なんてほとんどいません」
「使えそうってのはな、はじめ見た時から、おれだって勘付いてんだ」
ん、そうだったのか?
罵倒に似た言葉しか聞いてないと思うぞ。
「なら」
「役に立つのかどうか。そこが重要なわけ、わかる?」
「役に、黒の家の?」
「そういうこった」
ちょび髭が、値踏みするように俺を視る。
そして忌々しげに顔を顰めた。
「おれの一存じゃ決められねえ。親父の裁可を仰ぐ」
「恩に着ます」
キースが深々と頭を下げた。俺もそれに倣う。
ちょび髭は心底嫌そうな顔をして、頭を戻せと手で示す。
「おめえがこれをここに連れてきたって話は、もう上にもいってるだろう」
長々と盛大に溜息を零し、頭を振る。
「このまま突き返して、おめえが無能と証明するのはな、推薦したおれの沽券に関わるんだよ。ったく、おれとしたことが、とんでもねえ厄札を掴んじまったぜ」
上手い言い訳でも考えとくんだな。そう言い残してちょび髭は部屋を出ていった。
◇◇◇
「――ってなわけでして。これの扱いについて、きちんと親父の考えを聞かせてもらえればと、思ってるんですが」
館の主の執務室で、俺は緊張に身を強張らせていた。
俺が立っているのは部屋のほぼ中央。両脇をキースとちょび髭が固めている。
執務机を挟んで向かい合うのは、穏やかな顔立ちの初老の男。その傍らには、顔に古傷をもつ鋭い目つきの老紳士が控えている。その反対、少し離れた場所では、青年から壮年に切り替わったばかりという年頃の男が、憎悪を宿した瞳を俺に向けている。
「家の中を勝手に歩き回るのを、認めるわけにはいかない」
温和な風貌に違わぬ落ち着いた声が、感情を読ませぬ語調で告げる。
「オレの下で働かせてもらえればと考えてます」
「てめえ自身、まだ仕事を満足にこなせるようになってなねえのにか」
ドスの利いた声が空気を震わせる。
割って入ったのは、壮年の男。キースへ向ける視線にも、なにか濁った感情が混じって見える。
「はい。その方が、家には迷惑が少ないだろうと思いまして」
「てめえで手間を増やしておいて、よく臆面もなく言えるもんだな」
「それは、どうですかね」
応えるキースは終始、館の主のみを見ている。
「お前の親父はどうしている?」
「毎日飲んだくれてますよ」
「ラーデ・ロムニス随一の剣客も、剣が握れなくなればただの老人か」
そこに侮蔑の念は感じない。
「親父が恥知らずなら、子供もまた恥知らずってわけだ」
「ダルハ、貴方は口を慎むべきですね。我々は立ち合いを求められただけで、意見は求められていないのですから」
老紳士が窘める。
館の主はといえば、ダルハと呼ばれた壮年の男を一瞥したのみ。
だがそれだけで開きかけた口をダルハは噤んだ。
「お前のそれは、どこまでが親父の入れ知恵だ」
「生きていても死んでいても、札付きの無印は厄介者、と」
それだけかと問うように、主の眼がわずかに細められる。
「どうなれば一番、丸く収まるか」
「なるほど。これは使えそうか?」
館の主がちょび髭に問いかける。
「へい、あ、いや。キース、おめえ、どうなんだ!」
「たぶん、オレと同じくらいには」
「そうかそうか。……まだ使い物にはならないということだな」
穏やかな声だった。
だと言うのに、俺の足はかすかに震える。キースは拳を硬く握り締め、ちょび髭も背筋をぴんと伸ばしている。
「ヘズコウ」
「な、なんでありやしょう」
声が裏返っている。が、情けないなんて俺には言えない。
「館の隅の部屋を使うといい。あの、鍵の付いた部屋だ。それから、キースの仕事に無印の監督を加えるように。管理はお前に任せる」
「親父!」
「……よろしいんですかい?」
「これが札付きだったのも黒の月の思し召しだろう。なにかあった時に、闇月への手札として使えるかもしれない」
ただし、と。
「首輪は外してはならない。置くことは認めたが、引き取る気は毛頭ないのだよ。問題があればそれに、役割を果たしてもらう」
感情の読み取れない瞳が俺に向く。
「小僧、名は」
知る限りでもっとも丁寧な言葉を選ぶ。
「ヤトイであります」
「ほう。軍隊式か。ここには似合わないが、程度は弁えているようだな」
しまった。使いどころを誤ったか。
この分だと、子供の記録にある敬語はあまり使わない方がいいな。
伝えたいことは伝わったのでよしとするが。
記録のおかげで会話をするのには困らないのだが、細かいニュアンスまでは理解しきれていない。
聞く分には問題ない。
ただ話すとなると勝手が違うのだ。
そもそも、こちらの世界にやってきてから、言葉を発した回数なんてそれこそ数え切れる程度でしかない。
練習が必要だろう。
「精々役に立てるよう励むといい。話は終いだ。ダルハ。お前は少し残りなさい」
退室を促され、キースとヘズコウに両脇を固められたまま部屋を後にする。
扉が閉まるが早いか、廊下に大きなため息が三つ並んだ。




