福の色
新年まであと3ヶ月といった頃、コーデリアは実験室で真剣に悩んでいた。
「お嬢様、そろそろお茶を淹れようと思うんですけど何をお考えなんですか?」
すでに茶葉の入った缶とポットを手に持っているロニーに尋ねられたコーデリアは、そちらを見ないまま呟いた。
「新年に合わせて、お店で売る福袋を作ろうと思うの」
「福……何です、それ?」
「商品を色々と詰め合わせた、お得なセット品と言えばいいのかしら。ただし中身は商品毎に違うようにして、中身が見えないようにするの」
この世界に福袋という存在がない。
そのことにコーデリアが気付いたのは昨年のことだった。
元々コーデリアも新年から買い物に行くことになかった。
そのためなかなか気づかなかったのだが、ふと気になって調べたところその概念がなくて驚いた。
新年祭に合わせた大売り出しは実施されるが、限定品はあってもクジのようなものはなかったのだ。
だからロニーも不思議そうというよりは、疑問に満ちた表情を浮かべていた。
「ええっと……中身が見れないのに、買おうと思う人が現れますか?」
「そうね。たとえば支払い価格の倍以上の商品が中に入っていたら? しかも、自分が興味のある店の商品で」
「ああ、それは興味が湧きますね。俺は化粧品には興味ありませんが、魔道具であれば買うかもしれません」
ただ、それを販売すると決めても内容に迷う。
「せっかくだからより購入者に楽しんでもらえるものを考えたいけれど、いざ作ろうとすると何を組み合わせるか迷うわ。商品の傾向毎にある程度方向性を決めて数種類作りたいとも考えているんだけれど」
「そこは相談には乗れませんね。よく分かってませんし」
「それは残念ね」
もとよりロニーからアドバイスがもらえるとはあまり期待していないので、コーデリアもその返答には苦笑で留めた。
「一応、決めていることもあるのよ。だからせっかくだから詰め合わせるための袋は後々普段使いできるものを使いたい、とか。ただ今から相談して発注となると……間に合うかしら?」
できれば詰め込む商品に合わせてトートバッグやポーチなど、色々なものも作りたい。ただ今からデザインを考えるとなれば時間もかかるので、すでに販売しているものの色違いを出すことを主に考えている。
しかしそうするにしても色や生地を選ぶ必要があるし、ある程度数を揃える必要がある。
「いつも発注されているところで確保するのが難しいなら、実家経由で別の工房を紹介できると思いますよ。なんだかんだでまだ時間もありますし。でも、思ったより随分凝るんですね」
「だって福の袋と名乗るのよ。福が詰まってなければ名折れじゃない」
「お嬢様って本当にお客さんのことになると真剣ですよね。裕福な貴族のお嬢様なんて、普通は店に行くことすら考えないのに、お客のことを考えているなんて」
「何を今更。私はこれでも店主をしているのだけれど?」
「普通は店主になろうとしないんですけど。本当に挑戦意欲が旺盛ですよね」
それは今回の福袋のことも含めて言っているのだろう。
言葉にはしてないないものの、お嬢様らしいと雰囲気が言っていた。
「ま、実際お嬢様は風変わりでも、いい意味で変わってますもんね。おかげで王妃になった場合でも圧倒的な人気が約束されていますよ」
それはごく自然な雰囲気での言葉であった。
しかしそれはコーデリアが硬直するには十分な言葉でもある。
コーデリアとシルヴェスターはまだ婚約を結んでいない間柄ではあるが、その原因が主にエルヴィスであることは周囲には大体伝わっている。
コーデリアもその状況を承知しているが、いざ直接言われると、むず痒いような、居心地の悪いような何とも言えない気分になる。
「あ。そういえば新年といえば新年祭ですよ。お嬢様、そろそろ殿下の衣装と合わせたドレスをご用意されるんですか?」
「……それは私に決定権があるわけじゃないのでは?」
婚約が成立していればそういう話があっても不思議ではないが、そうでもない仲で王族相手にそのようなことを提案できる人間はかつてのシェリーくらいではないかとコーデリアは思う。
「いや、決定権はお嬢様にありますよ。殿下のことです。まだ話が来ていないと言っても、多分考えてらっしゃると思います。そして、多分相談なさると思います。だって殿下ですよ?」
「……やけに断言するわね」
「実際何度かお呼びいただき、直接お話もしていますいからね。あの殿下です。旦那様がなかなかお認めにならないなか、牽制の意味をこめて周囲に現状を伝える方法を考えないわけがありません」
断言するロニーはかなりの自信を持っているようだった。
(でも、そんなことはないと思うけれど……そこまで自信満々で言われると、その可能性を否定しきれない気もしなくはない)
エルヴィスに対し臆する態度を見せたことがないシルヴェスターだ。
『婚約していないから衣装を合わせてはいけないという決まりがない』という程度であればあり得ないとまでは言えない気がする。
「で、どうするんですか……というより、色くらいは希望を伝えたほうがいいかもしれませんよ」
「了承は前提なのね」
「否定する理由もないでしょう」
あっさりと言うロニーに、コーデリアも否定はできなかった。
「……とりあえず、お茶を淹れてちょうだい」
「はいはい。まあ、今すぐ必要なものでもないですしね」
ロニーも揶揄うつもりはなかったらしく、それ以上何かを言うことはなかった。
それは助かったと思いつつも、コーデリアは色選びに頭を悩ませ始めた。
(いっそ、ドレスの色に福袋の色を合わせようかしら)
しかしそれは一体何色が合うのだろうか。
ただ袋の色を選ぶだけのつもりが余計に悩むことになるなど想像もしていなかったし、その後本当に揃いの衣装の提案を受け、さらに悩むことになるのはもっと想像していなかった。
新年に合わせまして。
良き年になりますように。
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