表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/128

お菓子と気持ち

 夏が過ぎると実りの季節がやってくる。

 美味しい食べ物が次々増える中、シルヴェスターは贅沢な悩みを抱えていた。


(最近のディリィの作る菓子、季節感があって華やかだ)


 ぶどう、いちじく、栗、梨、りんご。

 今の季節だからこそ食べられる、そんな風に感じられるものが使われたさまざまな菓子が、三日に一回は食べられる。

 忙しい中、こんなに頻繁に作ってもらって大丈夫なのかと心配にもなるが、やはり嬉しさが勝る。


 ただ……これはやはり性分というべきか。


 もらってばかりだと、やはり何を返そうかとも悩んでしまう。

 あまり豪勢なものだとコーデリアは遠慮する……というより引くし、なにより物品であれば自分で買えるだけの財が彼女にはある。

 それでも誕生日のプレゼントは一年かけて何が似合うか考えるのだが、日常的なものの返礼はなかなか難しい。


 そうなると妥当なのは同じく季節を感じる菓子で喜んでもらいたと思う。

 そして作ってもらっているのだから、できればコーデリアに馴染みがなさそうなものを作りたいという気持ちもあるのだが……。


「いや、菓子を作る暇があるなら寝ろよ」


 シルヴェスターが相談を持ちかけたヴェルノーは即答した。


「それは欲しい回答じゃないなぁ」

「書類に埋もれながら冗談言ってる場合か」

「山にはなっているけれど、まだ埋もれてはいないよ」

「どちらにせよそのうち雪崩が起きるぞ」


 ヴェルノーが言っている意味もわからないわけではない。

 ここ最近は何かと慌ただしく、さばいてもさばいても次の仕事が束でやってくる。

 いつもなら一仕事終えれば多少の達成感もあるのだが、それを感じる時間もない。


「でも練習してから本番を作るとなれば、やっぱりそこそこ時間もかかるしね。実際に難しいのはわかってる」

「試作するかどうかの問題以前だがな」

「でも、なんとかならないものかな」


 この慌ただしさがいつ終わるのかはわからない。

 コーデリアが返礼など気にしてないことは百も承知だし、暇になった頃合いでということが妥当だとも思うのだが、やはり気にはなってしまう。


 そうして話していると、控えめなノックの音が響いた。

 この音であればクライヴだろうとシルヴェスターは入室許可を出す。


「殿下、こちら急ぎのものだということですが……どうなさったのですか?」

「いつものやつ」

「いつもの……。今度は何をお悩みなのですか?」


 自身が返答する前にヴェルノーによってコーデリア絡みであるということが伝わるのはどうかとも思うが、ここは手間が省けたとシルヴェスターは前向きに捉えることにした。


「ディリィによく菓子を作ってもらっているから、私も何か作りたいと思うんだ。ちょうどいいものがないか悩んでいてね」


 しかしクライヴが菓子作りに詳しいという話を聞いたことはない。

 何事にも真面目に考えそうなクライヴに振るべき話題でもなかったかと少し思ったが、クライヴは「なるほど」と言っただけで難しい表情は見せなかった。


「残念ながら今の殿下にはあまり時間がないと思いますので、例えば焼きりんごはいかがですか。あまり茶会には出ませんが」

「焼きりんご?」


 あっさりと提案されたことも意外だが、聞いたことのないものを示されシルヴェスターは首を傾げた。

 名前からはりんごを焼くことだけは確実だと思うのだが……。


「我が家の領地にある、りんごを丸ごと一つ使う郷土料理です。芯をくり抜き、そこにバターと砂糖を入れ、暫くオーブンで焼きます。りんごの甘味が増してなかなか美味です」


 それは間違いなく美味しいだろう組み合わせだということはわかる。

 そして……。


「その調理法なら練習込みでも叶いそうだな」

「もしよろしければ、今から厨房に頼みますので試食されてみますか。人によってはシナモンを加えることを好む場合もあります」

「じゃあシナモン入りとなし、どちらも頼めるかな」

「かしこまりました。用意してきます」


 そうしてクライヴが退出したところで、ヴェルノーが呟いた。


「意外だな。調理をするように見えないんだが」

「それだけ好物なのかもしれないね。私としては、ありがたいよ」


 説明が食べる側というよりも、具体的に作った時を思い出す様子だったのは確かに意外だった。

 しかし、それだけ美味しいと思えるものであるなら期待もしてしまう。

 ただ、少しだけ引っかかりもしてはいた。


「……まだ何か考えてるな?」

「いや、わがままなことはわかってるんだよ。焼きりんごが美味しくて、それ決めたとして、結局人に頼って、割と時間を使わないものにした場合、返礼としての釣り合いって取れるかなって……」


 クライヴからの提案がなければ話が進まなかったことは理解しているし、感謝もしている。

 ただ、丸投げになってしまったような気もするし、手がかからないものでも良いのだろうかという疑問が湧き出てくるのだ。


 しかしシルヴェスターの声にヴェルノーはため息をついた。


「お前、本当に寝てないから頭が回ってないな」

「ここに睡眠が関係ある?」

「難しい料理だろうが簡単な料理だろうが、普段してない人間が教わるのは普通のことだ」

「それはそうだけど……」

「だいたい、目的は手間をかけたいんじゃなくて喜ばせたいんだろ。贈り物なんて、手間や金額じゃなくてどういうつもりで用意されたものかってのが嬉しいかどうかの基準だと俺は思うが」


 そう言ったヴェルノーは、しかしやや間を置いて「俺にこんなことを言わせるのは重症だぞ」と言っていた。

 柄でもないことを言ったと、恥ずかしいと思ったのかもしれない。

 だが、そんな素直な言葉はシルヴェスターにとってはやはりありがたかった。

 自分でも高価だからいいというわけではないと理解していたはずだ。


「そうだね。じゃあ、頭が回っていない私は焼きりんごが来るまで仮眠でもとろうかな」

「ああ。まぁ、どうせ終わらないし、今日は早く上がったらどうだ。今の状態だと効率も悪いだろ」

「そうだね」

「ディリィも休憩させるために菓子を持ってくる頻度が上がってるんだろうから、もうちょっと休憩も上手くなれよ。昔から下手なままだ」


 その指摘を受けるまで、その可能性を思い浮かべられなかったあたり本当に疲労が溜まっているのだろう。


「じゃあ、心配させないようにして堂々とお茶に誘えるように、無理しない範囲で目の前の仕事を片付けないとだね」


 そう言いながら、シルヴェスターは背もたれに体重を預けた。このままでも十分寝れそうなのは問題だなと苦笑する。


(しかし、ヴェルノーにもちょっと言えなかったけど……。シナモンっていう、ディリィが好きそうなのをすぐに選べたクライヴにはちょっと負けた気分だな)


 こう考えるのも、そして思いつかなかったのも寝不足が原因だと責任をそこに全て押し付け、シルヴェスターはもっと健康的な仕事の仕方をしなければと心の中で自分を少しだけ叱った。


ーーー

りんごがたくさん店頭に並んで嬉しい季節になりましたね!


昨日より新作「宮廷墨絵師物語」連載を開始しました。

中華風お仕事ものです。

もしよろしければ、ぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロップ!! ~香りの令嬢物語~ 書籍版 (全6巻発売中)コミカライズ版
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ