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第九十八幕 不意の再会

 カランカランと響くドアベルの音を聞きながら、コーデリアは自分の店に足を踏み入れた。ここは貴族街にある店とは違い、庶民に向けた店である。初めは喫茶店の傍らに売り場を設けたが、すぐに人気は広がって新たな店舗を借りることになったのだ。話声に耳を傾けていると、廉価版であるとはいえ貴族の間で流行っているものという目新しさや、化粧品そのものとしての品質のよさが噂を加速させることになったらしい。


「いらっしゃいませー……って、お嬢様?」


 荷物を運び入れていたロニーはコーデリアに気づいたが、コーデリアは人差し指を口元に寄せた。

 そして店の奥に荷物を運ぼうとしていたロニーとともに事務所に入った。今日は少し荷物が多いということだったので、ロニーが応援に来ているのだ。

 ロニーは机に荷物を置いて、首を傾げた。


「どうしたんですか。明日、殿下がいらっしゃるからお茶会の準備があるって、使用人たちが張り切ってましたけど……こんなところにいていいんですか?」

「だからこそ、よ」

「ああ、落ち着かないっていうことですか」

「あまり気合いなんていれなくてもいいのに。どうせ、すぐに出掛ける予定だし」


 あの長い一日を経て、シルヴェスターとジルのことを知ってから、二年。

 覚悟をしておくようにと宣言も受けたが、おおよそは以前とは変わらない穏やかな関係を続けられていた。


(そう――おおよそ、なら)


 ジルがシルヴェスターだと分かったことで、顔を合わす回数は増えていた。たとえば大書架を訪問した際に誘われて温室や庭園の見学をしたり、お茶を楽しんだりするといった具合だ。それもいつも二人というわけではなく、ヴェルノーがいたりクライヴがいることも少なくない。そのほかといえば、ジルの時からのかわらぬ手紙のやり取りくらいだ。

 だが、少なくないというのは全くないというわけではない。

 パメラディア伯爵家を訪ねてくるときはだいたい一人であるし、それ以外でもお忍びに誘われ何度か街に遊びにいったこともある。さすがに護衛の一人もつけないままでシルヴェスターがうろうろするのはよくないのではないかと思ったが、お忍び自体は幼い頃からの習慣なので慣れているし、庶民たちが行きかう中で大人が護衛付きでデートをするなんて逆に目立ちすぎると諭されて止めることを諦めた。

 もっとも、諦めた理由はそのあとに続けられた「それに、初恋のきっかけを人前で語るのはちょっと」と言われたからでもある。そもそもの発端を聞き逃しているコーデリアとしては恥ずかしい気持ちもあるが、聞きたいと思っていたことでもあり、人前で話されることを思えば「少しくらいなら……」と、妥協してしまった。


 シルヴェスターの話によると、シルヴェスターがコーデリアを見初めたのはコーデリアがジルと出会う更に前のことであった。王妃の視察という名目のお忍びに、シルヴェスターが来ていたことはコーデリアも聞いたことがあった。しかし、その際に実験中だったコーデリアの姿が興味を惹いていたなんて、わかるはずもないことだった。


『パメラディア家に行ったときに邪魔をしてはいけないから今は話しかけてはいけないって言われたのをすごくがっかりしたんだよね。でも、初恋だと自覚したのはもっと後。最初はただもっと話したいとか一緒にいたいとか、ヴェルノーがずるいっていう風にしか表現できなかったから。でも、一目惚れをしていたんだと思う』

『……一目惚れ?』

『一目惚れだけだったら、たぶん自覚するところまでいかなかったと思う。街で叱られて、言い返せなくて恰好悪いことしたって思って手紙を書いたら、返事がきて嬉しくて。それで、もっと話したいってそれまでより強く思ったから』


 市場の端でシルヴェスターの好物だという揚げ菓子を食べながらその話を聞いた時、コーデリアは人通りさえなければうずくまりたいような気持に襲われた。それでも平静を装っていたのに、シルヴェスターは遠慮なんてしなかった。


『焦らせるつもりはないんだ。でも覚悟しておいて、っていたのは忘れないでね』


 その言葉はどうしようもなく恥ずかしいのに、いやなわけではないという事実にコーデリアは困ってしまった。そして勝てる気がしないと思ったのもその時のことだったが、そもそもコーデリアにはすでに勝てそうだと思えるポイントなど全く存在していなかった。


 たとえば『コーデリア』の薔薇も全く偶然ではなかったことに思い至れば、しばらくの間は薔薇を見ることで平常心ではいられなかった。そしてそれが少し照れる程度に収まったころには『コーデリア』は元々ジルの母親の薔薇だといっていた――つまりは王妃が品種改良をしていた薔薇であったことを思い出して、再び焦ったりもした。

 そしてこの件に関してはヴェルノーには『本当に鈍いよな』と言われたが、精々『本名を知らなかったはずなのだから偶然だと思っても仕方がないです』『まさか殿下がヴェルノー様とお忍びを楽しんでらっしゃるとは思わないでしょう』と言い返すだけが精いっぱいだ。


 ただ幼い頃からの思い出も多々あるものの、実際にコーデリアが一番強く意識しているのは幽霊のもとに一人でシルヴェスターがやってきたときのことである。あの時のコーデリアは冷静でいたつもりではあるものの、時間が経てば経つほど、どれだけシルヴェスターに安心を与えられただとか、どれほど心強いと感じたのか、なにより――一番現れることがないはずだと思っていた人が現れたということに驚きを禁じえなかったことを感じていた。もちろんそれはあの場でも感じていたが、どんどんその想いは強くなってきているのだ。


(幼い頃もあの時も、身を危険にさらさないようにと、冷静に対処するべきだって言ってたのに、私も現金なものよね)


 初めてシルヴェスターと出会い、そして注意したことを忘れているつもりもないし、実際に自分を助けにやってきたシルヴェスターにもコーデリアは苦言を呈した。だが、幼い頃に言い過ぎたとフォローした言葉……実際に助けられたほうから見ればヒーローに見えるというのが、本当にその通りだと実感する日がくるなど誰が想像できただろうか?


 ただし最近はそう思ってばかりではいられないなともコーデリアは思っている。


(幼い頃から一貫して優しい心根を持っていらっしゃって、文武両道で励んでいらっしゃるからこそ頼もしいお姿を見せてくださったのだと思うけど……これからも無理をなさらないか、様子がわからないと心配だわ)


 守られたことは嬉しかったけれど、おとぎ話の姫君のように一方的に守られるのは性分に合っていないという自覚はある。武力という意味では、コーデリアはシルヴェスターと同じように相手を守ることは難しいかもしれない。けれど、それ以外の部分で支えることならできるはずだ。そう思えば、夢見心地でいたり悶えてばかりはいられない。同じところに立つためには、自分の更なる成長も必要だ。


 それに思い返せば、いままでシルヴェスターからはいろいろともらってばかりだ。薔薇をはじめとした形の残る贈り物や、ウェルトリア領へ向かった際や告白の場所など、特別な景色を見せてくれていることなど、たくさん思い浮かぶことがある。対してコーデリアは土産物を渡したことや、菓子を焼いた程度しか記憶が思い起こせない。もちろんそれだって一生懸命満足してもらえるように考えていたが、改めて考えるともっとほかにも何かできたのではないかと思い、これから考えていきたいと思ってしまう。


 そして、そう思えばシルヴェスターの側にいることが一番自分の希望をかなえられるのかもしれないとも思ってしまうのだが――果たして、これを恋や愛と呼んでいいのか、そして、このような動機でシルヴェスターのとなりにいたいと告げてもよいのか、コーデリアにはまだ判断しかねていた。

 加えて、まだ単純に恥ずかしいという思いもコーデリアの中にはある。幼い頃からずっと一緒にいたのに、こうも早く考えが動いてもいいのか、コーデリア自身の中で葛藤することもあるのだ。もっと慎重に返答は用意するべきではないかとか、あまりに早い返答はかえってシルヴェスターに信じてもらえないのではないだろうか、とか、ぐるぐるといろいろな思いが渦巻いてしまう。ジルも焦らさないと言っているのだから二年で返事はまだ早いのだろうか? エルヴィスが三年は嫁に出さないといっていたことから、やはり三年は返答を待つべきだろうか。

 やはり恋愛は難しいと、コーデリアは思わざるを得なかった。


「お嬢様? 何を考えているのです?」

「……なんでもないわ。でも、そうだわ。ものすごく今更の話しになるんだけど……貴方、屋敷の中で殿下と私が将来~という噂が立ち始めた時、驚かないけどっていっていたわよね? あれ、どうして?」

「そんなこと言ってましたっけ?」

「言ったわ」

「それは覚えてないですけど、お嬢様って殿下と一緒にオウルにいってたでしょ。ほら、フラントヘイムのお坊ちゃんと一緒に」


 その言葉を聞いてコーデリアは固まった。


「……知ってたの?」

「え? お嬢様は知らなかったんですか? いや、知らないかもしれないって思ったけど」

「なら確認してくれればいいのに……!」

「無茶言わないでくださいよ、俺にも説明ないっていうことは俺にも隠してるつもりなのかもしれないし、万が一気づいてなくても殿下が隠してるのに言うのって、なんかあったときの責任取らなきゃいけなくなるかもしれないじゃないですか……!」


 ロニーの言い分もわかるが、あれのどこでコーデリアが気づけると思ったのかと問い詰めたくなった。しかし、それは聞く前に白状された。


「いや、ほら、ほんのわずかだけどフラントヘイム家のお坊ちゃんの魔力に混じって殿下の魔力、みえません? 俺、パレードで見たことあったから一応記憶してるから、オウルに行くときに気付きました」

「……見えないわ」


 むしろあの後『ジル』の姿になったシルヴェスターを見ても、コーデリアには見分けられる気がしない。むしろ、それで今まで通せてきているのだから、一回見ただけで気付くロニーの魔術師としての力はやはり並外れたとしか言いようがないのだろう。


(……本当に、なんでうちにいるのかしら)


 ありがたいことはこの上ないし、本人は軍属がいやだったと言っているし、本人が満足であればそれでいいと思うのだが……本人のやる気さえあれば本当に歴史に名を残す人物になっただろうと思ってしまう。いや、まだまだこれからなることもあるかもしれないけれど。


 そんな会話をしながら、コーデリアは店の陳列の様子でも見ようかと再び店側にでたとき、新しい客によりドアが開かれた。

 そして、なかなか耳慣れない言葉がコーデリアの耳に届いた。


「げ」


 それはコーデリアにかけられることはほぼない、心底不本意だと言わんばかりの声だった。その聞き覚えのある声を発した女性は、見覚えのある桃色の髪の女性だった。


「……いらっしゃいませ?」


 そこにいたのは、二年前から一度もその姿を見ていなかったシェリーであった。


「なんでアンタがここにいるのよ」

「どうしてと申されましても……ここが私のお店だからでしょうか?」


 むしろそれより、なぜここにシェリーが現れているのかと、コーデリアは思ってしまった。

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