第九十九幕 それぞれの歩む道
それに、疑問に思ったのはシェリーの恰好もそうだった。
お忍びの恰好と言われれば納得もできなくないが、それにしては普段から使用していそうな、ずいぶん使い込んだ服であるようにも見えた。
シェリーはコーデリアの返答を聞き、大げさともいえる溜息を吐いた。
「最悪」
濁音の感嘆符もそうだが、面と向かって、しかも女性にそのようなことを言われるなどコーデリアにはそうそう経験がないことだ。
だが、シェリーはコーデリアを睨むとその腕をつかんだ。すでにシェリーから魔力は一切感じられず、前のような気配も何もないので、コーデリアは振り払うことはしなかった。
「どうなさったのですか?」
「話をするのよ。ここじゃ目立つでしょ。すぐそこでいいわ」
偉そうな口調は相変わらずだが、敵対心はあっても害意があるわけではないようにコーデリアには感じられた。だからシェリーにしばらく待つように言い、ロニーに少し出てくるとだけ伝え、コーデリアも店を出た。そして店先で待っていたシェリーはコーデリアが出てくるのを見ると歩きだし、店から一区画ほど進んだ場所で足を止めた。
二人で建物を背に通行人を眺めるように並ぶと、一拍おいてシェリーが口を開いた。
「私、貴女にしたこと、全然後悔してないから」
しかしその言葉とは対照的に、シェリーの表情は後悔していないとは到底見えなかった。けれどそれを指摘したところでシェリーが受け入れるような性格をしていないのはコーデリアも知っている。今も言いたいことが言えないような、歯がゆそうな表情を浮かべているので、本心は別のところにあるのだろう。
コーデリアは肩を竦めた。
「そうですか。……それより、私は貴女は領地でご静養されているものとお聞きしていましたが」
「ええ、表向きにはそういうことになってるわ。でも、私だって屋敷に閉じ込められるのはごめんだし、『呪詛を受けていたせい』とはいえ、騒ぎを起こした令嬢を嫁に迎えたい家なんて、クライドレイヌ家の令嬢でもそうそうないってあの人は激怒してたわ。――夢の通りに動けばいいってあの人も常に言っていたのに、勝手なものよね」
それは、クライドレイヌ伯爵のことを言っているのだろう。
コーデリアは何も返答せず、静かにシェリーを見た。シェリーは気まずそうにそっぽを向いた。
「同情するような目で見ないでよね。普通に働いてたら屋敷にいた期間じゃ到底稼げないような額の手切れ金はもらったから仕事だって始めたし」
「あら、どのようなお店なのですか?」
「マッサージするところ。『お嬢様』になって化粧品使ってやってもらってたら気持ちがよかったから。いい香油も手に入るしちょうどいいわって思ってたら、アンタの店だったっていうのは最悪だけど」
そして、シェリーはコーデリアを睨んだ。
「……アンタなんでしょう。私が起こした騒ぎの代償が減るように取り計らったのは。呪詛は受けていたけど、それもアンタがいなくなればいいって本気で思ったからこそ害するために、積極的に受け入れた。それなのに魔力の封印だけで済むなんて……今から考えれば、アンタが嘆願しなければ、少なくとももう少し裁きが下ったと思えるわ」
本来ならもう少し罪が問われることになるということがすでに理解できているシェリーは、あの時よりも状況判断ができるようになっているようだった。また悪態を突く様子ではあるが、憑き物が落ちたような空気も感じる。
「後日事情を尋ねられた際に『シェリーさんは妄想癖があるから、本当のことを覚えてらっしゃらないかもしれません』とお伝えしたことはございますが、それだけですよ」
「ほんと、あんたって最低ね……! 初めて会った時から、気に食わなかったのよ」
初めてというのは、あの教会前で会った時のことだろう。その時に起こった一連のことをコーデリアは思い浮かべ、ふと気になっていたことを思い出した。
「そういえば……以前、シェリーさんは殿下に助けていただいたと仰っていましたが、どこででしょうか?」
ジルでお忍びをしていたのだからそういう場面もあるかと思ったが、ジルの姿でお忍びをしているならシルヴェスターと結びつけるのは難しいし、シェリーの魔術はロニーどころかコーデリアより劣ることは夜会の件からも想像できる。
「……小さい頃、まだお母さんが生きていたとき花を売っていたことがあるのよ。その時にお忍び姿の殿下に助けていただいたことがあるわ」
「え?」
「初めはどこのどなたなのかわからなかった。でも、あの人のためにできることがないかって思っていたら、夢に殿下が出てこられたの。私も最初は冗談だと思ったけれど、パレードで殿下のお姿を見たときに、説明できないほどの衝撃を受けたのよ」
「……」
「ああ、この人で間違いないって。……信じられないでしょうけど」
「信じられませんが、否定もできません。私にその力はありませんから」
「よく言うわ。私の夢が当たらなかった人のくせに」
そのいい方に、コーデリアは苦笑した。
確かに自分のことに関しては当たっていなかったが、ジルの姿がシルヴェスターであったことは間違いではない。ただし夢の力があったとはいえ、両方を見て気付けたシェリーに対し、自分は一応両方と交流を持っていて気付かなかった。ただその話を聞きながら、コーデリアはシルヴェスターとの関わりは最小限にとどめていると思いたかったからこそ、気付けなかったのかもしれないと思った。
そして話を聞いたことでシェリーも、そしてコーデリアも気付いていなかったことが、ひとつわかった。
「シェリー様、たぶんその場面に私もおりました」
「は?」
「職人通りでごろつきがいた場所で、おそらく魔法道具店の前でしょう。飛び出したのは殿下ですが、相手を混沌させたのはヴェルノー様、そして足止めをしたのが私です」
向かい合わせたシェリーの顔からはすべての感情が抜け落ちてしまっているようだった。
コーデリアも笑みこそ浮かべているものの、内心は引き攣ってしまっている。まさか、あの場面ですでに二人に遭遇していたなんて――まったく、予想ができなかった。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったのよ!?」
「私も存じあげませんでしたから」
「気づいてよ!!」
「無理でしょう」
「もうっ、最悪!!」
今日はシェリーからなんど最悪と言われたのだろうかと思ったが、顔を真っ赤にさせて言っているシェリーを見れば、苦笑する以外のことはできなかった。いままでになく決まりが悪いという思いをしているシェリーにコーデリアからかけられる言葉はなかった。何を言っても火に油を注ぐに違いない。
「……でも、不思議ね。夢も見れなくなってから、心が落ち着くの」
「魔力の封印が行われて、よかったと?」
「そうね。元々私にも魔力はあったようだけど、無自覚で夢を見ることに使っていた以外は引き取られるまでは使ったこともなかったし、不便も感じないわ」
そして、シェリーは軽く背伸びをして一歩足を踏みだした。
「……もう行かれるのですか?」
「ええ、買い物だけして帰るわ。自分の商品が使われて、私がたくさん従業員が雇えるような億万長者になったら、ちゃんと悔しく思いなさいよ」
「それは宣伝協力していただけるということですね。楽しみです」
「……最悪!!」
地団駄を踏む勢いでコーデリアを睨みつけたシェリーは、そのままコーデリアに背を向けた。だが足は進めず、肩を震わせていた。どうしたのだろうかと疑問を抱いていると、シェリーははっきりとした声を発した。
「ねえ」
「はい」
「……ありがとう」
呼びかけに比べて、その声はとても小さなものだった。
しかしながら聞き違えるもののない、けれど今までのシェリーらしからぬ言葉にコーデリアは思わず目を瞬かせた。
「え?」
「え? ってなによ、まさか聞きのがしたの? もう、本当に最悪、言うんじゃなかった!!」
そういいながら、シェリーはコーデリアを振り返ることなく進んでいった。
おそらく、シェリーはこれからも店に買い物にはくる。ただ、それでも互いの人生に干渉することはもうないだろう。
「さすがに幸せを祈ってあげられるほどお人よしではないけれど」
それでも、シェリーもまたヒロインの力――ある意味、コーデリアから見れば彼女にとって呪いともいえる力から逃れることができたのだから、今度こそ彼女の人生を歩んでほしいと密かに願った。
9月12日発売予定の6巻の書影が発表されました。
活動報告にも掲載させていただいておりますので、よろしくお願い申し上げます。
コミカライズの2巻も9月5日発売されます。
こちらもあわせてお願い申し上げます。




