第八話 我、白銀の宝を掘り当てる
ボルクがクラウの元で働くようになってから街づくりは目に見えて加速した。
正規の手続きで良質な木材が届き、石材が運ばれ、道具が揃う。今まで魔物というだけで買い叩かれ、まともに商品を売ってもらえなかった居住区に、堂々と物資が入ってくる。それだけで、暮らしは驚くほど変わった。
クラウディアの居城——もとい家も、ついに完成した。素朴だが頑丈な、木と石の二階建てで玄関には、ゴブじいが律儀に彫ってくれた【闇の紋章】が、ドーンと鎮座している。
「ふ……ついに、我が闇の城が建城せり」
(やったー! 自分のおうち、できた!)
だが、クラウディアの目は、既に次を見ていた。
家が建ち、物資が入るようになった。しかし、それは「両親がくれた資金」と「ボルクの権限」に頼ってのこと。この街が本当の意味で自立するには——街自身が、富を生まねばならない。
「うーん……」
その日、クラウディアは、広場で仲良くなった仲間たちと、頭を悩ませていた。
「なあクラウ、そんな難しい顔してどうしたわけ?」
カシュっと果実をかじりながら、ラナが首をかしげる。
「うむ。この不毛の地に、富を生む種はないものか——我はそれを憂いておる」
(この街で作れる、売れるもの……何かないかなあ)
「富を生む種ぇ? んーそんな都合のいいもん、あったら苦労しないっしょ。この辺、森と崖ばっかだしさー」
ラナが、けらけらと笑った、その時だった。
「……塩なら、あるが」
低い、ボソリとした声。
一同が振り向く。声の主は——腕を組んで少し離れた場所に座っていた、ゴルドーだった。
あの一件以来、ゴルドーは、こうして時々、皆の輪の端に加わるようになっていた。まだ多くを語りはしない。だがその距離は、確かに縮まっていた。
「待て、ゴルドー。今の言葉いま一度我が耳に紡いでみよ」
(塩!? 塩って言った!?)
クラウディアが、身を乗り出す。ゴルドーは、少し気まずそうに鼻を鳴らした。
「……塩だ。森の、ずっと奥。切り立った崖に、白い岩がびっしり張りついた場所がある。舐めると、しょっぱいからな。ありゃ、塩の岩だろう」
「塩――!」
クラウディアの目が、かっと見開かれた。
塩...それは、この世界において、極めて貴重な品だ。食料の保存に欠かせず、生命の維持にも要る。内陸の町では、塩は金貨に等しい価値で取引される。それが、この地で採れる!?
「でかしたぞ、ゴルドー! かかる秘宝を胸に秘めておったとは、罪深き男よ!」
(塩があれば、街の特産品になる! これは大きいよ、ゴルドー!)
「……だが、無駄だ」
ゴルドーの声が、沈んだ。
「あの崖は、切り立ちすぎている。足場もない、垂直の岩壁だ。過去に何人か、採りに行こうとした奴がいた。……戻ってこなかった。あそこは、命を落としに行くようなもんだ。だから、誰も手を出さねえ」
しん、と、場が静まる。
宝の在り処は分かっている。だが、そこへ至る道が、あまりに危険すぎる。魔物たちにとって、それは【見えているのに、決して手の届かない宝】だった。
だが...
「――ふ、案ずるには及ばぬ」
クラウディアだけは、にやりと口の端を吊り上げていた。
「その魔の崖、この闇の長たる我が、直々に検分してくれよう」
(大丈夫!わたしなら、きっとなんとかできる)
◇
翌日...クラウディアは、ゴルドーの案内で、森の奥深くへと分け入った。
道なき道を進むこと、半日...木々が途切れ、目の前に――それは突然現れた。
見上げるほどの、巨大な岩壁。切り立った垂直の崖が、天を衝くようにそびえている。そしてその表面には、陽光を受けて、きらきらと白銀に輝く結晶がびっしりと張りついていた。
「おお……ゴルドー!見よ、あの白銀の壁を。まさしく、大地が抱きし秘宝よ」
(うわあ……! すごい量! これ全部塩なんだ!)
「見ての通りだ」
ゴルドーが、苦い顔で崖を見上げる。
「だが、あの高さだ。足がかりもない。まともに登れば、途中で力尽きて落ちる。……クラウディア、お前でも無理は――」
「ゴルドー」
クラウディアは、静かに、ゴルドーを制した。
「下がっておれ。これより我が紡ぐは、闇の秘蹟。……何を目にしようとも、心決して乱すでないぞ」
(危ないから離れててね。あと、ちょっとびっくりするかもだけど驚かないでね)
「……あ?」
ゴルドーが、怪訝な顔をした次の瞬間。
ざぁっ――と。
クラウディアの足元から、漆黒の靄が、湧き上がった。
「なっ……!?」
それは、みるみるうちに、クラウディアの姿を包み、崖の一帯を覆い尽くしていく。まるで、真昼に突如として、夜の帳が下りたかのよう。ゴルドーの視界は、闇に閉ざされ、クラウディアの姿も見えなくなった。
「闇の帳よ、我が御業を覆い隠せ――」
闇の中から、クラウディアの声だけが響く。
その闇の内側で。
誰の目にも触れぬ、漆黒の遮蔽の中でクラウディアは――ふぅと息を吐き右手をかざした。
(誰も見てないなら、遠慮はいらないよね)
指先に、力を込める。発動したのは、闇ではない。土の魔法。大地を操る、規格外の力。
ぐぐぐ……
崖の岩塩が、クラウディアの意のままに、ごっそりと剥がれ、宙に浮かび上がる。それはまるで、見えざる巨人の手が、崖から白銀の塊を、優しく削り取っていくかのようだった。数百キロはあろうかという岩塩が、ふわりふわりとクラウディアの足元へと運ばれた。
「――闇よ、還れ」
(よいしょ、よいしょ……こんなに採れた! 大漁大漁!)
やがて、闇の帳が晴れると。
そこには、平然と佇むクラウディアと――その傍らに、大量の岩塩があった。
「…………はぁっ?」
ゴルドーは、絶句した。
垂直の崖、命がけの岩壁、何人もの命を呑んできた、あの魔の崖からほんの一呼吸の間に...まるで散歩の帰りに花でも摘んできたかのように、この娘は、山ほどの岩塩を持ち帰ってきたのだ。
「な……お前、今、何を……崖は、どうやって……!」
「ふっ、すべては闇の御業よ」
(土魔法でごっそり削りました、とは言えないけどね。えへへ)
「や、闇の御業ってーーお前……」
ゴルドーは、わなわなと震えた。闇の魔法が、こんなことまでできるのか? いや、そもそも、闇の中で何が起きていたのか、まるで見えなかった。
分かるのは、ただ一つ........
この娘は――自分たちが思っていた以上に、とんでもない「何か」だ、ということ。
(……こいつは、本当に。俺たちの、常識の外にいる)
ゴルドーの背に、ぞくりと、畏怖にも似た何かが走った。だが、それは、かつての人間への恐怖とは、まるで違うものだった。
「して、ゴルドー。この白銀の宝、我が居城まで運び出す。汝の膂力、貸してはくれぬか」
(この塩、持って帰るの手伝ってくれる?)
「……ああ。もちろんだ」
ゴルドーは、大きく頷いた。
そして、山と積まれた岩塩をその丸太のような腕で軽々と担ぎ上げる。
その顔には――いつしか、あの澱んだ不信の色は消えていた。
代わりに浮かんでいたのは、ほんの少しの呆れとそして隠しきれない期待の色だった。
(この娘となら。ひょっとしたら、本当に……何かが、変わるのかもしれん)
二人は、大量の白銀の宝を担ぎ、街への道を引き返していった。
――だが
この岩塩が【商品】になるまでには、もう一つ思わぬ壁が待っていることを。
この時のクラウディアは、まだ知らなかった。




