↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/48

第四十六話 我が知らぬところで、我、女王となる

ヴィーザルの戴冠式を間近に控えたある日。クラウディアは仲間たちと共に、久方ぶりに王都を訪れていた。

街を歩き始めてすぐ、クラウディアは、妙なことに気がついた。


「……ねぇ、あの方……」

「うそ、まさか……」

「でも、あのお姿……やっぱり、そうよね!?」


すれ違う人々が次々と足を止めクラウディアを見ては、ひそひそと囁き合うのだ。中には、拝むように手を合わせる者までいる始末だった。


「……はて? なぜ、皆、我を見ておるのだ?」

(えっ、なんでみんな、こっち見てるの? 顔に何かついてる?)


きょとんと、首を傾げるクラウディア。隣を歩くラナが、くすくすと笑った。


「あはは、クラウってば、自分で気づいてないんだ?」

「何がだ?」

「まあまあ。……それより、聞いてよクラウ! 最近、王都で『聖女教』ってのが、めっちゃ流行ってるんだって! 『誰にでも平等、差別は絶対ダメ』って教えらしくてさ。孤児院とか建てて、困ってる人を助けてるの。すっごい、いい活動だよねー!」

「ほう……差別を否定し、弱き者に手を差し伸べる、と。……まことに尊い理念よ。我がアルブローゼンの理念とも、通じるものがある」

(わぁ、すてきな教えだなぁ。アルブローゼンでも、取り入れたいな!)

「でしょ? せっかく来たんだし、本部、見に行ってみようよ!」


こうして一行は、その志に惹かれて、聖女教の本部へと足を運ぶことになった。


◇

聖女教の本部は、王都の一角に立派な建物を構えていた。

その前庭に差しかかった時、クラウディアの足がふと止まった。建物の前に、一体の像が立っている。白い石で彫られた、一人の女性の像。慈愛に満ちた微笑みを湛え両手をそっと広げている。その姿は、見る者の心を洗うように美しかった。


「……おお。見よ、皆の者。なんと見事な像であろうか」


クラウディアは、うっとりと見とれた。


「この慈しみに満ちたまなざし。この気高き佇まい。……まさに、聖女の名にふさわしき御方よ……ふふ、きっと、さぞかし心の美しい女性なのであろうな」

(わぁ、きれいな人……! こんな人が聖女様なんだ。すてきだなぁ)


純粋に像の美しさを讃えるクラウディアの隣で、ラナとアーシェがなんとも言えぬ顔で、顔を見合わせていた。


「……ねぇ、クラウ」

「……うむ?」


ラナが台座を指さした。そこには、金文字でこう刻まれていた。


『聖女 クラウディア・フォン・ヴァルンシュタイン様』


「…………は?」


もう一度、像を見上げる――

慈愛の微笑み。

気高き佇まい。

……言われてみれば、どことなく、見覚えが——いや。


「——こ、これ我ぇっ!?」

(ええええっ!? これ、わたしっ!?)


ぼんっ、と。クラウディアの顔が、耳まで真っ赤に染まった。自分で自分の像を「心の美しい女性」だの「聖女の名にふさわしい」だのとさんざん褒めちぎっていたのだ。


「わ、我は何も知らぬぞ! なぜ、我の像が、こんなところに——!?」

「あーっはっはっは、クラウがショートしたぁっ」

「っ...く、ラ...ナ――クラウに、失礼だろう...っぷ」


わたわたと取り乱すクラウディアとそれをみて笑う一行。

そこに——


「——おお! おおおおっ! これは、クラウディア様ではございませんか!!」


建物の中から、感極まった声を上げて、二人の男が飛び出してきた。ジークフリートと、ロルフである。


「我らが聖女様が、じきじきに本部へお越しくださるとは——! なんという僥倖! なんというご慈悲!!」


ジークフリートは、涙を流さんばかりの勢いで、クラウディアの前にひざまずいた。ロルフも、その隣で感涙にむせんでいる。


「ジ、ジークフリート!? それに、ロルフまで……! まさか、この聖女教を運営しておるのは——」

「はい! この我らが、クラウディア様の御心を世に広めるべく——!」

(……この二人だったの!?)


クラウディアは、頭を抱えた。かつての元婚約者とその腹心が今や自分を崇め奉る宗教の教祖になっている。しかも、王都中に自分の像まで建てて。



「どうですかクラウディア様!やはりご本人様のほうが美しい...」

「ジーク様!この際です!像を作りなおしましょう!!!」

「いや...ロルフまて!肖像画も書き直したほうが良いのではないかっ!!!」

「……もう、やめてっ! 像とか肖像画とか、本当にやめてぇぇぇぇぇぇぇっ!」

(恥ずかしくて、死んじゃうよぉ!)


悲鳴を上げるクラウディアにジークフリートとロルフは、その反応すら「ご謙遜を!」と、ますます感激する始末だった。


◇

そして——戴冠式の当日。

王都の大聖堂は、国中から集まった人々で、埋め尽くされていた。荘厳な鐘の音が鳴り響く中、新たな王としてヴィーザルが玉座に就く。退位した前王は、その様子を特等席から眺めていた。相変わらず傍らには、美酒と美女を侍らせて。


「——これより、新王ヴィーザルの戴冠を宣言する!」


大司教の宣言とともに、黄金の冠がヴィーザルの頭に戴かれた。割れんばかりの歓声と拍手が、大聖堂を満たす。

クラウディアは、貴賓席でその晴れ姿を見守っていた。

(……ヴィル...本当に、王様になっちゃった……)


胸がいっぱいになる。あの辺境の街にふらりと現れた「ヴィル」が今、この国の頂点に立っている。

やがて歓声が落ち着くと、ヴィーザルがゆっくりと立ち上がり、民に向かって語りかけ始めた。


「皆の者。私が王位を継ぐにあたり、この国は新たな時代を迎える。差別のない、誰もが手を取り合える国を、私は必ず築いてみせる。そして——その道のりを共に歩むお方を、皆に紹介したい」


ヴィーザルの視線が、まっすぐにクラウディアへと向けられた。


「——クラウディア・フォン・ヴァルンシュタイン。アルブローゼン王国の女王にして、この私の、婚約者だ」

「…………は?」


クラウディアの思考が、完全に停止した。

……今、何と言った? アルブローゼン王国? 女王? ?

ざわり、と大聖堂がどよめく。だが、それは驚きのどよめきではなかった。むしろ「ようやく公になったか」という、納得と祝福のざわめきだった。


(な……なんで、みんな驚いてないの!?)


クラウディアは、周囲を見渡した。パパも、ママも、ゴルドーも、ラナも、アーシェも、エルネリーナもディートリヒもコンラートも誰も彼も「おめでとうございます」と言わんばかりの、あたたかい笑みを浮かべている。

知らなかったのは——この場でただ一人。当のクラウディアだけだった。


「あ、あの! ちょっと待って! アルブローゼン王国って何!? わ、我が女王!? そんなの、聞いてな——」

「おや……申し上げておりませんでしたかな?」


しれっと進み出てきたのは、ディートリヒだった。


「アルブローゼンを独立した王国として認める手続き。その諸々の調整は、私とコンラート殿とで、滞りなく済ませておきました。国として認められる以上、元首が必要。そしてその座に最もふさわしきは、クラウディア様をおいて他にございますまい」

「て、手続きって……! そんなもの、我、何も——!」

「ご安心を。難しいことは全て我々が。クラウディア様は、ただ女王としてお立ちくださればよいのです」


にっこりと微笑むディートリヒ。かつてクラウディアを謀略で陥れようとしたその男が、今や彼女を女王にするための根回しを、完璧にこなしていた。


(ま……また、我の知らぬところで……!)


婚約発表も、女王の座も、国の建国すらも。何もかもが自分の与り知らぬところで着々と進められ、そして今、こうして満天下に発表されている。クラウディアは、くらりとめまいを覚えた。

そして——その実感が追いつくにつれ。彼女の胸に、じわじわと、別の感情が、込み上げてきた。


(……む、無理だよぉ。一国の、ううん、二つの国の、頂点だなんて……。わたしなんかにそんな大役……)


一つの街を守るのとは、わけが違う。何万という民の、命と暮らしを、背負う。その重さが、急に、のしかかってきて——クラウディアの、肩が、小さく、震えた。

その時だった。

貴賓席の、クラウディアのもとまで。ヴィーザルが、歩み寄ってきた。そして、民の見守る中で片膝をつく。

「クラウディア……俺はな王になど、なりたいわけではない」


静かな...だが、確かな声だった。


「俺が望むのは、お前の隣でお前の支えになること……そのためには、王という役職は、むしろ枷になる。だから俺は、この座をお前に譲る……お前の思想を、共に叶えるためにどうか——俺の....この国の女王に、なってくれ」


それは、王位を差し出す言葉だった。ヴィーザルは、王になれる。なろうと思えばこの国の全てを手にできる。だが彼は、それをあえて手放そうとしている。愛する人を支えるためにかつて誓った「隣に立つ」を王冠を捨ててでも、貫くために。


「で、でも……わたしに、そんな、大きなもの……背負いきれるか、わからな——」


怯える、クラウディア。その、震える手を。ヴィーザルが、そっと、握った。


「——大丈夫だ。俺が、ずっと……クラウ、お前のそばにいる」


そして、次の瞬間

ヴィーザルは、立ち上がりクラウディアの顎に、そっと手を添えると——民衆の、見守る前で彼女に、口づけをした。


「——!?!?!?」


クラウディアの、頭の中が。まっしろになった。


「——わあああああああっ!!!」

「聖女様ぁぁぁっ!!」

「お幸せにぃぃぃっ!!」


大聖堂が、割れんばかりの歓声に包まれる。だがそんなものは、もう、クラウディアの耳には、届いていなかった。

公衆の面前で口づけをされたのだ……

男性免疫ゼロの彼女が。


「ヴィ……ヴィ、ヴィ、ヴィルぅっ!? な、な、なな、何を——!?」

(む、無理、無理ぃぃぃ! みんな見てるのにぃぃぃ!!)


ぷしゅーっ、と。頭から湯気を出して、真っ赤になってわたわたと取り乱すクラウディア。最強で、規格外で、聖女と崇められる、その彼女の威厳も矜持も厨二も何もかもがたった一つの口づけで完全に吹き飛んでいた。

そして——その取り乱しようこそが民の目には、どこまでも初々しく愛らしく映ったのだった。


「女王陛下、万歳ぁっ!!」

「お二人に、祝福をぉっ!!」


人も、魔物も貴族も民も誰も彼もが、分け隔てなくクラウディアの門出を祝福していた。

かつて、闇しか使えぬと蔑まれ。衆目の前で婚約を破棄され。辺境へと追放された、公爵令嬢。そのクラウディア・フォン・ヴァルンシュタインが今、満天下の祝福を受けて——女王にして聖女として、新たな国の頂点に立つ。


(……みんな...…わたし、しあわせだなぁ)


真っ赤な顔のまま....それでもクラウディアは、溢れる歓声の中でふと涙ぐんで微笑んだ。

彼女は、ついに、たどり着いたのだ。誰も虐げられない。誰も見捨てられない。……そんなあたたかな国の夜明けに、そして最高の仲間達と作っていくのだ差別の無い国を.....



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。