第四十五話 我が理のもとに、新たな友来たる
クーデターの騒動が収まって、ひと月ほどが過ぎた頃。
一台の馬車が、辺境の街アルブローゼンへと近づいていた。乗っているのは、エルネリーナ・フォン・モルゲンシュテルンだった。彼女の目的は、ジークフリートを変えたクラウディアに、どうしても会ってみたくてひとり旅立ってきたのだった。
(……本当に、来てしまった)
窓の外を眺めながらエルネリーナは、少し緊張していた。魔物と人が共存する街。今までの価値観とは全く違う...差別のない街。そこに自分はなじめるのだろうか?そんな不安を抱いていた。
だが——街に近づきその景色や風景、そこに住む人々の顔をみた時その不安は、驚きに変わっていった。
広々とした畑で、オークとエルフが並んで鍬を振るっている。市場では、猫の獣人と人間の商人が、笑いながら値を交渉している。道端では、うさぎ耳の子供たちが、人間の子と、追いかけっこをしていた。
そこに差別はなく、種族の壁...人も魔物も関係なく当たり前のように隣り合って暮らしていた。
(……これが...クラウディア様の築かれた街……)
王都では、決して見られない光景。エルネリーナが、生まれてこのかた一度も目にしたことのない世界で彼女の胸の奥がじんと熱くなった。
◇
街の中心にある館でエルネリーナは、ついにクラウディアと対面した。
あの夜会以来である。
「よくぞ参られた、モルゲンシュテルンの姫よ。我が常闇の都は、汝を歓迎しよう」
(わぁ、お客さんだ! どうしよう、おもてなし何がいいかな……!)
厨二全開で迎えるクラウディア。その堂々たる佇まいにエルネリーナは、ごくりと唾を飲んだ。そして意を決して床に膝をつこうとした。
「クラウディア様……! 私、ずっと、お詫びしたいことが……! あの夜会で、私のせいで、あなたは……!」
あの日...ジークフリートの隣で自分はただだまって俯いていた。クラウディアが辱められるのを止められなかった。その罪の意識がずっとエルネリーナの心を苛んできたのだ。
ところが——
「……ん? 何の話だ?」
(えっと……なんのこと?)
クラウディアは、きょとんと首を傾げた。
「あの夜会のことだと? ……ああ、婚約破棄の……ふむ。あれが、どうかしたか」
「え……あ、あの。ですから、私がジークフリート殿下の隣にいてあなたを……」
「汝が?」
クラウディアは、心底不思議そうな顔をした。そしてエルネリーナに向け笑顔を見せた。
「はっはっは! 何を言うかと思えば……汝こそ、あの男に囚われておった一人であろう。望まぬ鳥籠に閉じ込められておった憐れな小鳥よ」
(エルネリーナさんも、ジークに無理やり連れ回されてて、かわいそうだったもん)
「——」
「汝が、我に詫びることなど。……何一つありはせぬ。むしろよくぞあの牢獄から羽ばたいてきた……我は、汝を友として迎えよう」
(やっと自由になれたんだね。よかったね! 仲良くしようね!)
エルネリーナは、言葉を失った。
ずっと、恨まれていると思っていたし詰られる覚悟でここへ来た……なのに当の本人は、そもそも自分を恨んでなどいなかったのだ...それどころか——自分のことを心配してくれていたのだ。
「……っ……クラウディア、様……」
ぽろり、とエルネリーナの瞳から涙がこぼれた。
(……なんて……なんて、お優しい方なの……)
ジークフリートが、あれほど心酔した理由が今、分かった気がした。この方は、本物だ。身分や立場や過去のしがらみを何一つ、気に留めない。ただ、目の前の相手をまっすぐに見てくれる。
「あわわわわっ! な、泣かないで! わ、わたしっ何かまずいことを?」
(えっ、どうしよう、泣かせちゃった!?)
慌てふためくクラウディアにエルネリーナは、涙を拭いながら微笑んだ。
「……いいえ……嬉しくて……どうか私をこの街で働かせてください。あなたのお力になりたいのです」
◇
こうしてエルネリーナは、アルブローゼンの一員となった。
そして——彼女が加わったことで思いがけない化学反応が起きた。
「えっ、エルネリーナってさ、計算めっちゃ早くない!?」
ラナが目を丸くする。エルネリーナが帳簿をすらすらと読み解いていったのだ。
「ええ。侯爵家で、幼い頃から領地経営を学んでおりましたので……この街の交易もう少し関税の仕組みを整えれば周辺の町との取引が倍にはなりますわ」
深窓の令嬢と思われていた、エルネリーナ...その正体は——数字にめっぽう明るい才女だった。ジークフリートに閉じ込められていた間もひそかに書物で学び続けていたのだった。
「ふむ……クラウディアは、数字関係がだめだからな。エルネリーナ嬢は、たいしたもんだ」
ゴルドーが、感心して唸る。
「助かるぜ……街が大きくなってきてから俺一人では、数字が追いつかなくなっていた」
エルネリーナの手腕は、たちまち街の運営を支える柱の一つになった。しかも——ちょうどその頃、アルブローゼンには、もう二人ほど有能な人材が加わっていた。
ディートリヒとコンラートの二人である。
本来ならば、処刑されてもおかしくない罪だったがヴィーザルは、彼らの才を惜しみ、息子たちに固く釘を刺させた上で、アルブローゼンで働くことを、許した。そして当人たちは、クラウディアの慈悲に触れて以来すっかりクラウディアを心酔していた。
「クラウディア様。この街の防衛網には少々穴がございますな。ここを補強すればもっと街全体が安全になるでしょう」
智将ディートリヒが、今やクラウディアのためにその頭脳を振るい...
「農地の拡張計画は、私にお任せを。民をいかに配置すれば、最も効率よく国が富むか心得ております」
コンラートもその手腕を惜しみなくクラウディアの為に発揮していた。
元王国の侯爵と伯爵さらに数字に長けた侯爵令嬢。かつて、クラウディアに牙を剥いた、あるいは、敵陣にいた者たちが今や、彼女の街を豊かにするためにその才を注いでいた。
(……不思議な街だわ)
エルネリーナは、考えていた。クラウディアには、敵も味方も人も魔物も種族や地位など関係なくみんな彼女の元に集まってくる。そしてここでは、誰もが生き生きと自分の力を発揮している。
そして、自分自身も生まれて初めて対等な友を得ていた。
「エルネリーナ! 今日さぁ仕事終わったら、女子会しよっ! アーシェも誘うからさ!!」
ラナが、気さくに肩を組んでくる。
「じょ……女子会、ですか?」
「そーそー! 恋バナとかしよーよ! エルネリーナって好きな人とかいないの?」
「こ、恋バナ……!?」
顔を真っ赤にするエルネリーナの隣では、アーシェが、腕を組んでうんうんと頷いている。
「よいな……私も、興味があるんだが恋というものは、どうにも面映ゆくて、かなわん」
「アーシェは、ほんと、そういうのウブだよねー!」
女三人の賑やかなやり取りの中に、自分がいることがエルネリーナには、まだ少し信じられなかった。
これまで、女の友達など一人もいなかった。ハーレムという、歪んだ檻の中で周りは、みんなジークフリートに取り入ろうとする者か自分を妬む者ばかり。心を許せる相手などどこにもいなかった。
(……あたたかい)
ラナの屈託のない笑顔にアーシェの不器用な優しさ。そして何より全てを受け入れてくれたクラウディアの微笑み。
エルネリーナは、ようやく自分の居場所を見つけたのだった。
◇
そんな、賑やかな日々の中で
アルブローゼンは、さらに大きくなっていった。
クラウディアの魔法。時の精霊ノルンの力。ゴルドーやエルネリーナたちの堅実な運営。それらが噛み合って街は、驚くべき速さで発展を続けた。
「クラウ! 聞いて聞いて! とうとう、人口、一万人を超えたってさ!」
ある日。ラナが、興奮して駆け込んできた。
「一万、だと? ……ふっ。我が闇の都も、ずいぶんと、大所帯になったものよ」
(やったー! みんなが幸せに暮らせる街になったんだ!)
それは、人口一万を誇っている王都をも超えそうな規模だった。追放された令嬢が、たった一人で辺境に築いた街が今や、この国で最も大きく、最も豊かで、最もあたたかい都市になろうとしていたのだ。
その報せは、やがてヴィーザルのもとにも届いていた。
アルブローゼンは、もはや地方の街という規模では、なくなっていた。独自の通貨を持ち、独自の経済を回し、人も魔物も、分け隔てなく暮らす。……それは、もう一つの国と呼ぶべきものだった。
ヴィーザルは、重臣たちと幾度も話し合って....そしてある決断を下す。
アルブローゼンを独立した国として正式に認めるというものだった。
差別にまみれた古い王国の中に、差別のない新しい国が静かに産声を上げようとしていた。
そして季節は、巡り....
クーデターから一年……ヴィーザルの戴冠式の日が近づいていたのだった。




