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第四十二話 我が愛され、我が苦労す

ヴィーザルの腕の中で、クラウディアはひとしきり泣いた。

「……ヴィル。来てくれて、ありがとう」


ようやく、落ち着きを取り戻したクラウディアが、涙を拭いながら顔を上げる。そして、周囲を見渡して——はっと、息を呑んだ。

ゴルドーも、ラナも、アーシェも。みんな、満身創痍で倒れている。


「——みんな! 待ってて、今すぐ治すから!」


クラウディアが、残った魔力をかき集める。ヴィーザルの支えを借りて、ふらつきながらも立ち上がるとあたたかな光を、仲間たちへと注いでいった。ゴルドーの傷が塞がり、ラナの打ち身が消え、アーシェの蹴られた頬が癒えていく。


「……っ、助かった。すまんな、クラウディア」

「あーもう、生き返ったー! さっすがクラウ!」

「……ありがとう!クラウディア」


仲間たちが、次々と起き上がる。その顔を見て、クラウディアは、心から、ほっとした。……よかった。みんな、無事だ。

——だが...その安堵も束の間だった。


「……クラウディア」


地を這うような、低い声。

振り向くと、ヴィーザルが立っていた。その視線の先には、腰を抜かし無様に尻もちをついたジークフリートの姿がある。


「……そこの、愚弟に少々、礼を、せねばならん」

「え……? あ、あの、ヴィル……?」


ヴィーザルの、全身から先ほどとは比べ物にならぬほどの、怒気が立ち昇っていた。

そこへ——


「ヴィーザルさーん! 聞いてよ聞いてよ!」


ラナが、ずいっと割り込んできた。その顔には、にんまりとした笑みが浮かんでいた。


「あのジークってやつさー、クラウのことさんざんいたぶってさー!手下に 『服を剥け』だの『家畜』だの! ひどいんだよー!」

「——ほぉう」

「それだけじゃないぞ」


今度は、アーシェが神妙な顔で口を開いた。

「あの男、クラウの胸ぐらを掴み頬を幾度も打った……まあ、とにかくひどい暴虐の限りを尽くしたのだ」

「——ちょ、ちょっと、アーシェ!?」


クラウディアが、あわてて口を挟む...まぁアーシェの話は、半分以上盛られていたが——


「……そうか……よく、分かった」


ヴィーザルは、すでに聞いていなかった。ゆらり、とジークフリートへと、歩み寄っていく。


「に、兄上……!? ま、待て! 僕様は、王族だぞ! 正統なる——!」

「——黙れ」


ズンッ


ヴィーザルの、拳がジークフリートの腹にめり込んだ。


「ぐぼぁっ!?」

「お前が傷つけたのは、俺の何より大切な人だ」


ヴィーザルは、淡々とした声で告げながらジークフリートを拳で沈めていく。

——決して、立ち直れぬように....心に、深く、刻みつけるように。


ドスゥ、ドムッ、ズドッ


「ひっ……や、やめ……! ゆるし……ぎゃあっ!?」

「——ヴィ...ヴィ...ヴィ、ヴィル! もう! もういいよ!し...しんじゃうっ!」


クラウディアが、あわててヴィーザルの腕にしがみつく。


「だ、だめだよ! 殺しちゃ、だめ! 誰も、死なせないって決めたの! ジークだって……ジークだって、死んだら、悲しむ人が……たぶん、いるから?」

「……安心しろ、クラウディア。殺しはしない……ただ、少々……確実に!一生、夢に見るくらいには、してやるだけだ」

「それ、ぜんっぜん、安心できないよぉ!?」


わたわたと、ヴィーザルを止めようとするクラウディアだったがその小さな力では、怒れるヴィーザルを押し留めることは、できなかった。


◇

そこへ——


「——クラウディアァァァッ!!」


戦場を揺るがす大音声とともに巨大な影が駆けつけた。

アルベラートである。遅れて、到着した彼は、倒れ伏す敵兵の山とそして気を失ったディートリヒの姿を見て——目を丸くした。


「……む? ディートリヒが……すでに気絶しているだと? ……はて、誰が」


長年の好敵手がすでに、昏倒していた。


「あ、お父様!」


クラウディアが、父の姿に、気づく。と——そこへ、ラナがまたしても。


「クラウパパ! クラウパパ! 聞いて、聞いて!」


ラナが、嬉々として、駆け寄った。そして、今度は、アルベラート相手に燃料を投下する。


「あそこにいる、ロルフってやつ! あいつがね!クラウの髪を乱暴に掴んで無理やり引きずり回して! 『服を、脱がせてやる』って!クラウの服を破ったの!」

「公爵様、それと申し上げにくいが...クラウの...その...胸を...」

「——な...ん、だと」


アルベラートのこめかみにぴきりと。青筋が浮かんだ。


「あ、あの、お父様、それは、その……」

「どこだぁ……どこにおるぅ、その愚か者はぁぁぁぁぁぁっ」

「あそこで、腰抜かしてますよー」


ラナが、指をさす。その先には、アルベラートの姿をみてがたがたと、震えるロルフの姿があった。


「ひ……ひぃぃっ! こ、公爵様ぁ……! ち、違っ、違うんです! 俺は、ただ、命令、され……!」

「——問答、無用ぉっ!!」


アルベラートの鉄拳が唸りを上げてロルフへと振り下ろされる。


「ぎゃあああああっ!?」


娘を辱めようとした男への父の怒り――

それは、もはや天災に等しかった。


ドォォォォンッ


「げばらぁっ」


アルベラートの一撃でロルフがぼろ雑巾のように吹き飛んでいった。


「お、お父様! お父様も、だめぇっ! ロルフが、しんぢゃうぅぅぅぅっ!」


クラウディアが今度は、父にすがりついていた。

右でヴィーザルを

左でアルベラートを

二人の怒れる男たちを必死に止めようとして。あっちへ、こっちへと、わたわた、駆け回る。

クラウディアがジークフリートとロルフを守るために、アルベラートとヴィーザルを止めるのに奔走する……なんとも、奇妙な光景だった。

傍らでその状況を作り上げたラナとアーシェが笑っていた。


「……あっはははは! ウケる! クラウ、大人気じゃーん!」

「ふっ、愛されてるなクラウ」


元凶の一端は、完全に自分達の捏造チクリにあることなどどこ吹く風で――


「もーーーーっ!全部めちゃくちゃだよぉぉーーーーーっ」


クラウディアの叫び声もそこそこに二人は満足そうに頷いていた。


◇

ジークフリートとロルフが完全に再起不能となった頃。

取り巻きの貴族たちは、あまりの惨状に腰を抜かし中には、失禁する者まで現れる始末だった。


「ひ、ひぃぃ……! ば、化け物……!」

「く...くるなっ……いや、もう、嫌だぁっ……!」


そして——戦場の趨勢も完全に決していた。

ディートリヒを失い。魔法師団は、アルベラートに壊滅させられ。侯爵軍も伯爵軍も怒れる公爵軍の前に為す術なく蹂躙されていた。

もちろん——死者は、一人も出ていない。倒れた兵たちは、皆、怪我はおっているものの気を失っているだけであった。クラウディアの願いは、苛烈な戦場で守られていたのだ。


「……ぐ……もう、終わり、か」


ベルガー伯爵コンラートが力なく、呟いた。己の領軍が完膚なきまでに打ち破られる様を彼は、ただ呆然と見つめていた。

長年、ディートリヒと描いてきた絵図...ジークを玉座に据えるという野望。それがたった一人の令嬢によって……音を立てて、崩れ去ったのだ。


「……降参、だ……我が、ベルガー家は……降参、する。もう兵たちを許してやってくれ」


有能な男は、潮時を見極めるのも、早かった。コンラートは、その場に膝をつき。静かに、剣を置いて白旗を掲げた。


「ぐっ...兵達に罪はな...い。全ての責は、私に...ある」


ディートリヒが気絶から覚め、アルベラートに告げていた。

——こうして。

王都を揺るがした謀反は、たった一日で鎮圧された。流された血は、ただの一滴もなく。

愛する者のために燃え上がった忠義の炎が、打算と野心の軍勢を完膚なきまでに、焼き尽くした戦いだった。


「……ふぅ。やっと、落ち着いたぁ」


二人の怒れる男をようやく宥め終えたクラウディアがぺたんとその場に座り込む。

その顔は、傷つき疲れ果てながらも……どこか、幸せそうだった。

隣には、ヴィーザルが周りには、仲間たちが――

そして、駆けつけてくれた父が……こんなにも、たくさんの人が自分のために怒り戦ってくれた。

その、あたたかさがクラウディアの胸をじんわりと満たしていた。



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