第三十七話 我が婚姻、我の知らぬ間に定まる
王都での、決着から、数日後。
アルブローゼンの集会所...円卓を囲んでいつもの面々が顔を揃えていた。
その中心で――
「——よくぞ、戻った!ヴィーザル殿下」
(よかった……ほんとに、無事で、帰ってきてくれた……!)
ヴィーザルが無事に戻ってきたことを、クラウディアが安堵の滲む声で迎える。王都へ決着をつけに向かったヴィーザルの無事な姿に彼女の胸はただ安らいでいた。
「ああ……ただいま――クラウディア」
ヴィーザルがやわらかく微笑む。
そして——円卓の面々を見渡し静かに告げた。
「皆に報告があるんだ……王都での起こったことの顛末だ」
一同が固唾を呑んで見守る中ヴィーザルは、淡々と語り始めた。
父王に退位を迫ったこと。
それが——受け入れられたこと。
「……というわけで父上に代わり……この俺が王位を継ぐことになった」
「「「——!!」」」
その場にいた全員がどよめいた。
「おいおい、マジかよ!」
「ヴィル殿が、王様に……!?」
「ひゃー! あたしらの知り合いが王様だって! すっごいじゃん!」
ラナがはしゃいだ声を上げ、ゴルドーも、マーサも、ゴブじいも驚きと喜びの入り混じった顔で沸き立った。
「ふ、ふむ。……そうか汝が、王に」
(ヴィルが王様に……すごいなぁ……でもなんだか遠くに行っちゃうみたい)
クラウディアも驚きながらもどこか、寂しそうに頷いた。
「それともう一つ、今回の戴冠式に合わせて国中に発表することがある」
ヴィーザルが続けながらその視線をクラウディアへと向けた。
「——俺とクラウディアの婚約を戴冠式の場で国民へ知ってもらうのだ!」
「ふむ…ふむ…婚約を....なぁっ?!?!?!」
(うんうん婚約の発表……ってええっ?)
ヴィーザルの爆弾発言をさらりと聞き流しかけて——クラウディアの思考が止まった。
「……こ…こ…こ、婚約!?!?!ふぇ?!」
「ねぇ、ねぇ?ヴィーザルさん」
思考が停止しているクラウディアの横からラナが、首を傾げながら、にやにやと何かを察した顔で――
「それってさークラウには、ちゃんと言ったわけ?」
「もちろん……今、言った」
「……は?」
「たった今、この場で……クラウディアに伝えたところだ」
ヴィーザルがさも、当然とばかりに力強く頷いた。
有能かつ冷静で王すら退位させた傑物のヴィーザルであったが……肝心のクラウディア本人への報告をこのタイミングで済ませようとしていたのだ。
何事もそつなくこなすこの人物は、恋愛ごとにおいてのみ——致命的に抜けていた。
「——我...は、知らぬ...しらないよぉっ!?」
(大切なことなのに!ヴィルのバカッ!!!)
クラウディアの絶叫が集会所に響き渡った。
「お、落ち着け、クラウディア……結婚がいやだったのか?」
「嫌じゃない!うれしいけどっ!そういう事じゃないのぉ!!」
パァンッ!!!
「ブッ!!」
若干魔力をともなったクラウディアの平手が綺麗にヴィーザルの頬に突き刺さった。
「あっはははは! ヴィーザルさんやられて当然だねぇ!」
ラナが腹を抱えて笑い転げる。
「ヴィーザル殿、これは...貴殿が悪いとおもいます...」
アーシェも呆れたように額を押さえ。
「……殿下。俺でもわかるぞ...それは、まずい...」
ゴルドーが静かに、首を振って天を仰いでいた。
王位継承は、完璧にこなす。だが婚約者への気配りは、見事に抜け落ちる。
……新王の前途は、どうやら別の意味でも多難なようだった。
◇
一方、その頃――
ヴァルンシュタイン公爵領では、王都から帰還したアルベラートがローゼリアのもとへと意凱旋していた。
「ローゼリアよ! 聞いてくれ! ……ついに! ついに、我が娘、クラウディアの婿が決まったぞ!」
「まあ、あなた。それは、本当ですの?」
ローゼリアが優雅に微笑む。
「うむ! しかも、相手は! なんと第一王子のヴィーザル殿下だっ! ……此度、王位を継がれるお方だ! 次の王の妃に! 我が娘がなるのだぞ!」
「あらあら、まあまあ……それは、めでたいことですこと」
ローゼリアも娘の幸せに嬉しそうに目を細める....がアルベラートの説明が抽象的すぎたため大切なことを質問した。
「……ときに、あなた。一つお聞きしても?」
「おお、なんだ?」
「その、お話……クラウは、承知しておりますの?」
「はっはっは! 何を言うか! そんなもの——婿殿が、きちんと本人に言っておるだろう!」
アルベラートが豪快に笑い飛ばす。
その瞬間――
ローゼリアの微笑みが....すっと、消えた。
「……あなた」
「……ん?」
「本当に男というものは!……どうして...こう!肝心なところが分かっておられないのかしら!!!」
「な……な、なんだ、急に」
たじろぐアルベラートにローゼリアは、ぴしゃりと言い放った。
「よろしいですか。女には、心の準備というものがいるのです!好いた相手であろうと、なかろうと……ある日、突然、『結婚するぞ!』などと言われて!はい、そうですか、と素直に、喜べるものでは、ありません!」
「う……うむ」
「それを! よりにもよって! ちゃんと確認もせず! 父たるあなたが、何もしておらぬとは! ……なんと、情けない!」
「も、申し訳、ない……」
王国随一の豪傑アルベラート公爵。王家にすら牙を剥き、正しきことの前では、矢面に立ってでも民を守るあの傑物も――
屋敷に帰れば、妻の一喝で借りてきた猫のようにしょんぼりと肩を落としていた。
「……まったく。男親は、娘を持つと……すぐ浮かれてしまって」
ローゼリアは、やれやれ、と嘆息する。だがすぐにその顔には、優しい母の笑みが戻っていた。
「……ふふ。とにかく!こうしては、おられませんわ」
「む? どう、する、のだ?」
「決まって、おりましょう。……あの子の、ところへ、参ります」
ローゼリアが立ち上がる。その瞳は、娘を思う母の愛情で輝いていた。
「あなたと意気投合するような殿方ですもの。クラウは、今頃……きっと戸惑っておりますわ!急なことに心の整理もつかぬまま……母として傍にいてやらねばいけません!」
「おお! そうだな! よぉし、ならば、儂も——」
「あなたは、荷物持ちです」
「……はい」
アルベラートは、素直に頷いた。
こうして——婚礼の支度を大至急ととのえ...公爵夫妻は、愛する娘の待つアルブローゼンへと急ぎ旅立つこととなった。
娘が築いた街。
そして、娘が選んだ男。
そのすべてを.....この、目で確かめるため――




