第三十五話 我が父と、我が伴侶
謁見の間へ乗り込む前――
ヴィーザルとアルベラート公爵は、城の裏手の人気のない庭で向かい合っていた。
「……公爵。一つ確認させてほしい」
ヴィーザルが、静かに口を開く。
「あなたは、私を妾腹と蔑まぬのだな……この国の貴族は、誰もが私をそう見て下げすむ。だがあなたの目には、その色がない」
身分でも血筋でもなく。ただ人として向き合う。その眼差しは……クラウディアと同じものだった。
「……ふん」
アルベラートは、鼻を鳴らした。
「人を出自で計るような狭量な真似は……我が、ヴァルンシュタインの流儀ではないのでな」
そして——
「殿下。お時間は、取らせませぬ」
そう言うと公爵は、腰に提げていた二本の木剣の一本をひょいっとヴィーザルへと投げ渡した。
ヴィーザルが反射的にそれを受け取る。
「……これは?」
「少々……お付き合い願いたい」
そう言うとアルベラートの巨躯が地面を蹴った。
「ふぅん!!!」
ブォォンッ
アルベラートの一撃が空気を裂いてヴィーザルへと振り下ろされた....
「なっ...」
ヴィーザルは、咄嗟に己の木剣でそれを受けた。
——ガァァン!!
木剣とは、思えぬ重い衝撃にヴィーザルの腕がびりびりと痺れる。
(…っく…これが王国随一の....武人の力かっ……!)
........一合
たった、一合の打ち合っただけでヴィーザルは、このアルベラートの力量を思い知った。
だが——ヴィーザルも負けてはいない。しっかりとその一撃を受け止め押し返す。
鍔迫り合う二人の顔が間近で交わる。
その時だった。
アルベラートの目が....
鋭い武人のものから——一人の父親のものへと変わった。
「……殿下。一つお聞きしたい」
低く押し殺した声で公爵が問う。
「あなたは……我が娘、クラウディアをどうされたいのかな?」
「なっ—!」
その問いに、ヴィーザルの動きがわずかに揺らいだ。
「それは……俺は....クラウディアを……」
アルベラートの問いを前にいつも冷静なヴィーザルが言葉を探して口ごもる。
彼女への想いが、あまりに大きすぎてそれをどう言葉にすればよいのか。
——その一瞬の隙を
「……煮え切らぬな!小僧ぉ!ただ美しいだけの娘が欲しいならクラウディアでなくとも良いはずだっ!!!」
ドグゥッ!!
アルベラートの拳がヴィーザルの鳩尾へと突き刺さった。
「——ぐっ!?」
思わずよろめくヴィーザル。
だが——ここで引き下がる男ではなかった。
彼は、腹の痛みをこらえながら顔を上げて....アルベラートに言い放った。
「…公爵ッ…あなたの方こそッ!」
「む?」
「今のクラウディアの何を知っているっ!!!」
ヴィーザルの咆哮でアルベラートの動きが止まった。
「あの人は! たった一人で辺境へ追われ! 傷つきながら、心を痛めながら! それでもアルブローゼンを...あの街を...立派に築き上げた! ……俺は、クラウディアの隣で誇れる男に...あいつが誇れる男に!!!」
ヴィーザルの拳ががら空きになった公爵の腹へと....渾身の力で叩き込まれる。
——どごぉっ!!
「俺の全てを使ってでもクラウディアの隣に立って見せるっ!」
「——ぬ、ぐ……っ!」
アルベラートが片膝をついた。
ヴィーザルの想いの乗った一撃が、アルベラートに膝をつかせた。
「……クックック...隣に....はぁーっはっは!」
片膝をついたまま公爵が声を上げ笑う。その顔には満足そうな笑みがあった。
「……あの子の隣に....か...儂には...出来なかったな」
アルベラートとてクラウディアに寄り添いたかった...娘が、追われた時、王家に牙を剥いてでも守りたかった。……だが、出さなかった。領地の民と娘を天秤にとってしまったのだ。それは——娘を信じたから……といえば聞こえは良いかもしれないが、アルベラートは、クラウディアより領地をとってしまったといわれても仕方がなかった。
しかし目の前の男は、王位継承権を賭け...自身の全てを投げうってでも隣に立つと言い切ったのだ...
ヴィーザルの、言葉は、アルベラートを容赦なく抉った。
「……ふ。ふは、はははは!」
やがて——アルベラートが突然豪快に笑い出した。
「言うではないか婿殿! ……我が娘のために、このアルベラート・フォン・ヴァルンシュタインに膝をつかせるとは! ……いや、天晴れ。天晴れだ!」
「な...む...婿殿!?!?」
公爵が何事もなかったのように立ち上がる。その顔には、もうヴィーザルを試すような色はなかった。ただ、晴れ晴れとした笑みが浮かんでいる。
「……婿殿」
「——!」
その呼び名にヴィーザルがはっと顔を上げる。
「お前の覚悟……その拳で確かに受け取った。娘を...クラウディアを頼む……いや、あの子と共に歩んでくれ」
差し出された公爵の手を、ヴィーザルは、腹の痛みも忘れて固く握り返した。
「……ありがとう、ございます。義父上」
「ふん……婿殿に、一つ言っておくことがある」
アルベラートがにやりと口の端を吊り上げた。
「……お前がアルブローゼンで何をしていたか。ヴィルと名乗り子供らと遊び。娘にどう、接してきたか……儂は、全て知っておるぞ?」
「——え”?」
ヴィーザルの顔が....唖然とした。
「な……なぜ、それを。俺は、身分を、隠して……!」
「かっか! 公爵家の目を甘く見るなよ婿殿?……我が家の間者は、とうにお前の素性も動向もすべて掴んでおったわ」
アルベラートは、愉快そうに髭を撫でる。
「娘が、辺境でどう暮らしておるか……気にならぬ親がおるものか。遠くからずっと見守っておったのよ……婿殿が、娘に惚れて真面目に口説いておったのも……全部な」
「そ、それでは……! 最初から、ご存知で……!」
あの拳の問いも...全部知った上で....それを知っていて尚.....
面食らうヴィーザルにアルベラートは、からからと笑いながら返した。
「知っておっても...だ……婿殿の口から...婿殿の拳から...直に聞きたかったのよ。男の本気というものは……口先だけの言葉では分からぬものでな」
有能なはずの、ヴィーザルがアルベラートの手のひらですっかり、転がされてしまっていた。
だが——不思議と悪い気分ではなかった。
(……この人が。クラウディアの父君か)
娘をこよなく愛し...その幸せのためなら、何でもする。そして——娘が惚れた男の本気を拳で確かめる……なんとも、豪快であたたかい父親だった。
「——さて」
アルベラートが木剣を鞘代わりの帯に、戻し。王城の方角を見据えた。
「無駄話は、ここまでだ……殿下いざ参ろうか……あの終止符を打ちに...な?」
「……はい。行きましょう公爵」
かつてないほど強大なタッグが今ここに成った。
二人は、肩を並べて王城の奥——謁見の間へと、向かって歩き出した。




