第三十四話 我が父、王城に至る
アルブローゼンから離れた王都。
その謁見の間に、第二王子ジークフリートの金切り声が響き渡っていた。
「——父上! お聞きください! 兄上が、よりにもよって魔物どもと結託したのです!」
顔を腫らしたジークが、玉座の前でわめき立てる。アルブローゼンでの惨敗から、命からがら、王都へ逃げ帰ってきたのだ。
「僕様は、この国のため魔物の反乱を鎮圧しようと正義の軍を起こしました! しかし兄上が魔物に味方し僕様の軍を無残にも打ち破ったのです!」
無論、真実はまるで違っていたが、この場にそれを訂正するものは誰もいなかった。
実際は、ヴィーザルの名乗りとクラウディアの名のもとに兵たちが自ら離反しただけのことで誰も血など流していない。だがジークの語る物語の中では、彼は悲劇の被害者となっていた。
「——陛下よろしいかな?ジークフリート殿下の仰る通りにございます」
ジークの傍らに控えた初老の男が進み出た。
ディートリヒ・フォン・グラーフェン侯爵。アルヴィンの父である。鋭い眼光に隙のない立ち居振る舞い――
王国でも指折りの切れ者と名高い男だった。
「ヴィーザル殿下が魔物共を束ねる令嬢と通じ、王家に弓引いたとなれば……これは、もはや大逆。さらに妾腹の身で玉座を望むなど言語道断!!……ヴィーザル殿下の廃嫡をご決断いただくほかございますまい」
その隣では――
「そうでございます。侯爵の言う通りにございますぞ!陛下」
恰幅のよい伯爵——
コンラート・フォン・ベルガー...ケヴィンの父が重々しく頷いた。
「我らグラーフェン、ベルガー両家。身命を賭して正統なる血筋であるジークフリート殿下をお支えする所存。……どうか、ご英断を」
二人の当主の言葉には、息子たちのわあわあとした糾弾とは、違う。静かな、だが抜き差しならぬ重みがあった。
——この二人は、たしかに有能な男たちだった。
ゆえに、タチが悪い。彼らは、バカなジークを神輿として担いでいた。この操りやすい王子を玉座に据えて己の娘を嫁がせ。やがては、外戚として王家の実権を握る。……そういう、絵図を長い年月かけて描いてきたのだ。妾腹とはいえ有能なヴィーザルが王位に就くなど。彼らの野心にとって最大の障害にほかならなかった。
その奏上を――
玉座の王は——心底うんざりした顔で聞いていた。
「……あー、もう。わかった、わかった」
でっぷりと肥えた体を気だるげに揺らしながら王は、片手をひらひらと振った。
「廃嫡でもなんでも好きにせよ……この件は、おしまいじゃ」
息子たちの骨肉の争いにも国の一大事にもこの王は、まるで関心がなかった。
あったのはただ——
「ふぁ……それよりもベルガー!今宵の宴の支度は、できておろうな? 新しい踊り子を呼んだと聞いたぞ?……余は、早う美酒と美女に囲まれたいのだ!!くだらぬ政で、余の貴重な時を奪うでない」
「はい、王よ。もちろんでございますぞ。各地から美しき踊り子を呼び寄せておりますので存分にお楽しみいただけますぞ」
「ほほーっ!楽しみじゃ、おぬしの選ぶ美女は外れがないからのぅ」
「ほっほっほ、それでは、些細な政は我々にお任せ下され。」
「よいぞ。よきにはからえ」
——享楽だけ。
この王にとって玉座とは、美酒と美女と贅を貪るための道具に過ぎなかった。
民がどうなろうと...
魔物がどう虐げられようと……
どうでもよかった。ただ、自分が楽しければそれでいい。
差別とは、悪意からだけ生まれるのでは、ない。この王のような徹底した無関心と怠惰からも……いや、むしろそちらの方が根が深い。能動的な悪よりも何も考えぬ怠惰こそがこの国の腐敗を長きにわたり放置してきたのだ。
「で、では、父上! 早速、兄上の廃嫡を——」
ジークフリートが勇んで話を進めようとした。
——その、時だった。
ギィィィッ
謁見の間の重厚な大扉が外側から、ゆっくりと押し開かれた。
そして——
その、向こうから現れた人影に......
「——っ、は」
グラーフェン侯爵とベルガー伯爵が思わず息を呑んだ。
ヴィーザル・ヘルミオンシュタインがそこに立っていた。
一分の隙もない佇まい。
まっすぐに前を見据える双眸。
一歩...足を踏み出すごとにヴィーザルから、王者の風格が謁見の間を満たしていく。
——これが....妾腹の目立たぬ王子か。
侯爵も...伯爵も...今まで、歯牙にもかけてこなかったその男の本物のカリスマに背筋がぞくりとする思いだった。
「ほぅ……随分と、賑やかな話をしていたなグラーフェン」
ヴィーザルが、静かに口を開く。その声は、低くだが謁見の間の隅々まではっきりと届いた。グラーフェンとベルガーは、その威光に当てられ膝をつき頭をふせていた。
「私を廃嫡するか……結構!好きにすればいい……だが、その前に聞いていただきたい話がある」
「あ...兄上! なぜ、ここに——!」
ジークフリートの声が裏返る。だが、ヴィーザルは、弟には応えなかった。ただ、まっすぐに玉座へと歩を進めていく。
そして——その背後から。
もう一つの巨大な影が謁見の間へと足を踏み入れた。
歳の頃は、五十絡み。
だがその体躯は、若い騎士をも凌ぐほどに鍛え上げられており白髪混じりの髪の下で、鷹のような双眸がぎらりと光っている。
「——アルベラート……!」
グラーフェン侯爵の口から低い呻きが漏れた。
アルベラート・フォン・ヴァルンシュタイン
王国随一の武勲を誇る名門公爵でありクラウディアの父。
そして——グラーフェン侯爵ディートリヒにとって長きにわたる好敵手であった。
「久しぶりだなディートリヒ……相変わらず、小賢しい絵図を描いておるようだな」
「……ふん。貴様こそ!領地に引きこもっていたかと思えば……とんだ、伏兵を連れてきたものだ」
視線と視線が火花を散らすように交わる。
武のアルベラート。
智のディートリヒ。
長年、王国内で覇を競ってきた二人の巨頭が今...アルブローゼンの件をきっかけに再び、相まみえた。
「——さて、陛下」
アルベラートの低い声が謁見の間に響く。
玉座の王すら思わず姿勢を正すほどの威風だった。
「我が、ヴァルンシュタイン家が少々口を挟ませていただいても……よろしいかな?」
嵐は——もう、目前に迫っていた。




