第三十三話 我が心、ついに陥落す
防衛戦が終わってから数日が過ぎていた。
アルブローゼンには、いつもの平穏が戻っていた。
だが——その街の中心にいる令嬢だけは、どうにも落ち着かない日々を送っていた。
「……うぅ」
畑の傍らの木陰でクラウディアは、膝を抱えて座り込んでいた。その頬は、思い出したようにぽっと赤くなる。
(……『俺の、クラウディア』。……うぅ、思い出しただけで、心臓が)
あの防衛戦での一言が未だに頭から離れない。しかも、ヴィーザルの告白にも自分は、まだ何一つ、返事をしていないのだ。
「あ! クラウ、こんなとこに、いた!」
とてとてと駆けてくる小さな影が二つ。
銀髪のノルンとうさぎ耳の女の子だった。
「ねえねえ、クラウ!」
ノルンがくりくりとした瞳で、クラウディアを見上げる。
「あのね、みんなが言ってたの!クラウは、ヴィルお兄ちゃんの恋人なんだって! ほんとー?」
「——ぶほっ!?」
クラウディアが、盛大にむせた。
「こ、こここ、恋人!? な、何を、申すかノルン!」
(な、なななな、なんでそれを!?)
「えー? だって、ヴィルお兄ちゃんクラウのことずーっと、見てるよ?」
うさぎ耳の子も、無邪気に首を傾げる。
「あのね、クラウお姉ちゃん。ヴィルお兄ちゃんのことすき? あたし二人お似合いだと思うな!」
「うぐっ……! そ、それは、その……!」
(ど、どうしよう、子供に直球で聞かれると余計に……!)
真っ赤になってわたわたするクラウディア。その様子を――
「——ふむ。よい、質問だな」
いつの間に、来ていたのかその声の主が木陰へと歩み寄ってきた。
ヴィーザルである。
「ヴィ、ヴィル殿!?」
(い、いつから、そこに!?)
「ノルンにミミちゃん……その答えは、今から、俺が聞くところだ」
ヴィーザルがクラウディアの前にすっと、片膝をつき、その手をそっと取る。
「……っ!」
「クラウディア」
まっすぐに...逃げ場のないほどまっすぐに。ヴィーザルの瞳がクラウディアを射抜く。
「あの日、言った言葉に……返事をもらっていなかったな……だから...もう一度。きちんと言わせてくれ」
月明かりでは、ない真昼の明るい日差しの下で――
何のごまかしもきかないその瞬間に...
ヴィーザルは、告白した。
「——愛している、クラウディア。どうか、俺と生涯を共に歩んでほしい」
一片の曇りもない。ただまっすぐな、まっすぐな——愛の告白だった。
「——ひゅーっ! ひゅーひゅー!」
その、瞬間。
少し離れたところからラナの冷やかす声が飛んできた。
にやにやと、笑いながら指笛を吹いている。
「やるねー、ヴィルさん! 真っ昼間から公開プロポーズとは!」
そして、その隣では。
「……っ、な……!」
アーシェがなぜか顔を真っ赤にしていた。流れ弾を食らったようにあわあわと視線を泳がせている。
「こ、このような、往来でそ、そのような睦言を……! は、破廉恥な……!」
(わ、私まで、恥ずかしくなってきたではないか……!)
恋愛ごとに、免疫のないエルフの戦士は、他人の告白にすら被弾して真っ赤になってしまっていた。
そして、肝心のクラウディアは――
「あ……う……」
もはや、言葉にならなかった。
真っ赤になった顔。震える唇。握られた手のぬくもり。注がれるまなざし。そのすべてに、押しつぶされそうになりながら。それでも——彼女は、最強の公爵令嬢としての矜持を振り絞った。
「……ふ、ふん! よ、よかろう! この、クラウディア・フォン・ヴァルンシュタインが。と、特別に...汝の...その、忠誠を……いや、その……汝の、想いを……」
厨二の仮面でなんとか威厳を保とうとする。だが——その声は、だんだん、だんだん......
「う、受けて、やらぬ、ことも……その……受けても、よい、かな、と……」
尻すぼみに...小さく、小さく、なっていき——
そしてついに――
「…………わたしも、です」
消え入りそうな、ほどの小さな、小さな声で厨二の仮面も、何もかも脱ぎ捨てた、その言葉がぽつりとこぼれ落ちた。
真っ赤な顔を両手で覆いながら指の隙間からちらりと覗くその瞳は、涙ぐむほどに潤んで、いて....
——それは。
規格外の最強令嬢の生まれて初めての正真正銘の降伏だった。
「……ああ」
ヴィーザルの顔にこの上なくやわらかな笑みが広がる。
握った、その手を彼はそっと額へと押し当てた。
「……ありがとう、クラウディア。……必ず、幸せにする」
「——ぶはははは! やったー! クラウ、おめでとー!」
ラナが飛び上がって喜ぶ。ミミと、ノルンも、「わーい!」と手を叩いてはしゃいでいる。真っ赤になったアーシェも、口元をほころばせてあたたかな祝福が二人を包み込んだ。
◇
だが——その幸福な空気は、長く続かなかった。
その、翌朝――
ヴィーザルは、旅装をまといクラウディアの前に、立っていた。
「……行って、しまうのか」
(いやだ……もう、離れたくないのに……)
「ああ……けじめを、つけねば、ならん」
ヴィーザルの表情は、昨日のやわらかなものとは、打って変わって決意に満ちたものだった。
「王都へ、戻る……父上に...そして、ジークに――この国の在り方そのものに……俺が決着をつけてくる」
身分を偽り逃げ隠れする日々は、もう終わりだ。
第一王子ヴィーザル・ヘルミオンシュタインとして――この腐った国を変える。
クラウディアと共に歩む未来のために。
「……必ず、戻る。……待っていて、くれるか」
「……うむ」
クラウディアが頷く。その顔には、不安もあった。だが、それ以上に——愛する男を信じ、送り出す。凛とした強さがあった。
「……我が覇道の伴侶よ。……征くがよい」
(いってらっしゃい。……気をつけてね。絶対、無事で、帰ってきて)
「ふ。……ああ。行ってくる」
ヴィーザルは、名残を惜しむように一度だけクラウディアを強く抱きしめ、そして王都へと向かう道をまっすぐに歩き出した。
その背をクラウディアは、見えなくなるまでずっと見送っていた。
——物語はいよいよ、その核心へ
差別に塗れたこの国の王都そのものへと舞台を移していくのであった。




