第三十二話 我が軍門に、敵将降る
ジークフリートはひと月あまりグラウフェルトで足止めされていた。
そしてついに王都からの補給を受けた第二王子ジークフリートの軍勢がアルブローゼンの城壁前へと押し寄せてきた。
その兵数なんと、二千あまり
アルブローゼンを壊滅させるには十分、いや余りあるほどの兵力であった。
その内訳は、ジークフリートの私兵団500名。アルヴィン侯爵家の私兵500名、ケヴィン伯爵家の私兵500名そして、ロルフが騎士団から連れ出した100名の合計1600名とジークフリートの私財であつめた400名となっていた。いかに寄せ集めとはいえその威容は、相当なものだった。
「ふん。これが、噂の魔物の街か……小賢しく立てこもったところで、この僕様率いる二千の軍勢の前では、無駄なことだ」
馬上のジークが、すでに勝ち誇ったようにあざ嗤っていた。
対するアルブローゼン側は、クラウディアが闇魔法でつくった城門の前にわずか二百余りだった。内訳としては、アーシェ率いる防衛隊200余名のみだがその戦意は恐ろしく高いものだった。
このアルブローゼンの危機の前に、魔物や人間の住民達は我先にと自分も戦うと名乗りをあげていた――
「クラウディアさま! 俺たちも、戦います!」
「街の危機に引っ込んじゃいられねえ!」
「あたし達がいまこうしていられるのもこの街やクラウディア様あってのもんだよ!」
「ふふ。これでも若いころは従軍経験がありますぞ!若い者にはまだまけませんな」
ゴブじいや、マーサ...そして、傷の癒えたボルクまでもが武器を手に前へ出ようとする。
だが——
「よせ」
ゴルドーが、太い腕でそれを制した。
「お前らの気持ちは、分かる……だがここは、俺たちに任せろ。クラウディアがいつもいってるだろ……民を戦わせたくは、ないってな」
そう。これは、クラウディアの意志だった。戦える者だけが、前に立ち女子供や老人は、決して傷つけさせない。
そして、その防衛隊のさらに前に一人の令嬢が進み出た。
そしてその令嬢は、ジークフリート達の一団に向かい高らかに宣言した。
「——我が名を、聞くがよい」
凛と、澄んだ声が戦場に朗々と響き渡る。
「我こそは、クラウディア・フォン・ヴァルンシュタイン。このアルブローゼンを統べる闇の主なり!」
その名が告げられた瞬間――
——ざわり....
ジークフリートの軍勢が大きく動揺した。
「……ヴァルンシュタイン――だと!?」
「おいお貴族様よ!俺達は、相手が人間なんて聞いていないぞ! 相手は、魔物の反乱軍じゃなかったのか!?」
「おぉ...あのお方は……ヴァルンシュタイン公爵のご息女様では……!?」
ジークフリートの兵団のざわめきが激しくなっていった。特に激しかったのは、ロルフが連れてきた騎士団だった。
名門ヴァルンシュタイン公爵家。その武勲も、人望も、王国に鳴り響く名家である。
騎士団の中には、公爵を慕う者が多く。その、令嬢たるクラウディアの顔を知る者も少なくなかった。
「おい、ロルフ!これは、 どういうことだ!」
「我らの相手は王国に仇なす魔物の一団ではなかったのか!」
騎士達がロルフに詰め寄るとロルフはしどろもどろに返答しはじめた。
「えぇっと、諸先輩方、あの、その....ですね....」
「貴様、我らに、『魔物の反乱を、鎮圧する』と、言ったではないか! それが!なぜ!ヴァルンシュタイン公爵のご息女様が、相手なのだ!? 話がまるで違うではないか!」
「そ、それは……!」
ロルフが、言葉に詰まる。
「我らは、大恩あるヴァルンシュタイン公爵家に、刃を向けるなど! 断じてできぬ!」
そう叫ぶと、騎士団の一団——およそ、百名が次々と武器を収めクラウディアの側へと歩み寄っていった。
「クラウディア様、我ら王国騎士団今よりあなた様の側につかせていただきたく存じます」
「ふふふ。相分かった今から闇の契約により我が軍門となるがよい」
(わぁーやっぱりお父様ってすごいっ!)
たった、一つの名乗りでジークフリートの軍勢の一角が音を立てて崩れ始めた。
「き、貴様ら! 何をしている! 戻れ! 戻らんか!」
ジークが、顔を真っ赤にして喚く。だが——動揺は、まだ終わらなかった。
「——この場にいる全員傾聴せよ」
クラウディアの隣にもう一人進み出た者がいた。
旅装を脱ぎ捨て、王家の紋章を身につけた一人の青年。
「……我が名は、ヴィーザル・ヘルミオンシュタイン」
どよどよどよ..
その威光のある声に軍勢が再びどよめく。
「あ、あれは……まさか……!」
「——この国の第一王子である」
「「「——!!」」」
戦場が騒然となった。王位継承の序列第一位。今までは、表舞台に出ぬもののその存在を知らぬ者は、いない。
「な……兄上!? なぜ、兄上がこんな所に!?」
ジークフリートが、愕然と目を見開く。
「ジーク……いや、ジークフリートよ。この戦は、あまりに愚かだ。一度だけ警告する……刃を、収めよ」
「ふ、ふざけるなぁっ! 妾の子の分際で!!正統なこの国の後継者たる!! この僕様に指図するつもりかっ!」
ジークフリートがヴィーザルに吐き捨てる。その傍らで取り巻きの魔術師——セドリックが杖を構えた。
「ジーク様に、逆らう者などが断じて第一王子のわけがない!それに第一王子は、妾腹の子! 王位は...ジークフリート様の物だ!——消えてしまえ!」
セドリックの杖から炎の魔弾がヴィーザルへと放たれる。
ゴゥッ!!
だが——
「……ふ。甘いな...」
ヴィーザルは、腰の剣を閃かせた。
サンッ
たった、一振り。それだけで炎の魔弾は、真っ二つに斬り裂かれ霧散した。
「——クラウディアの隣に並び立つ為には……この程度造作もない」
その、鮮やかな剣技に――
「魔法を斬った!?」
「はぁ!?そんなのきいたこともねぇよ...」
「えっ?魔法ってきれるの!?!?!」
ジークフリートの軍勢は——言葉を失った。
そして――
「……我らは、第一王子殿下に刃を向けることなど……!」
まず、寄せ集めの400名と取り巻きの私兵たちが次々と、武器を捨てヴィーザルの側へと、流れていく。
『第一王子に、逆らえば後がない』
もちろん、その打算もあろうが、それ以上に——目の前の青年の威光に逆らう気力を奪われた者が大半だった。
2000名の軍勢は、みるみる内にその数を減らし——やがて、ジークフリートの傍らに残ったのは、彼の私兵500名ばかりと取り巻きの貴族、そして呆然と立ち尽くすロルフだけとなっていた。
「……ば、馬鹿な。なぜだ。なぜ、こうなる……!」
ジークフリートが、わなわなと震える。
その、ジークフリートへとクラウディアとヴィーザルがゆっくりと歩み寄っていった。
「……ジークフリート。久しいな...エルネリーナ嬢は、息災か?」
クラウディアが、静かに口を開く。かつて、自分を婚約破棄しありもしない罪で辺境へと、追いやった男。その男に彼女は、告げた。
「……ふ、口もきけぬか。まぁ、よい。……とくと聞くがよい、ジークフリート。汝が重ねし罪業の数々を。民を飢えに追いやり、無辜の魂を、土足で踏みにじり、あまつさえ我が闇の都を灰燼に帰さんとした……その、すべての咎。我が理の名において——」
クラウディアが、お仕置きを下そうと一歩...踏み出そうとしたその時。
——どごぉっ!!
「——ごはぁっ!?」
ヴィーザルの拳がジークフリートの顔面にめり込んでいた。
「……ぐ、あ……に、兄上……!?な...にを」
地面に転がるジークにヴィーザルは、その拳を握りしめたまま低く告げた。
「…ジークフリート…貴様は、俺のクラウディアを過去に悲しませた。それだけではなく女性を床に突き飛ばし聞くに聞けぬたわごとで彼女の身体と心を傷つけた!その礼だっ」
いつも冷静なヴィーザルが、この時ばかりは押さえきれないといったような表情でジークフリートを殴りつけていた。
頬を押さえるジークフリートとは対象にヴィーザルの一撃を思わぬ形で喰らってしまっているものが彼のすぐ後ろにいた。
「…はわっ…ふぇっ!?」
(お、俺の、クラウディアって……! な、なっ、なんで!?!?わたし、まだ返事もしてないよぉ……!)
その...一言でクラウディアの顔がかぁっと真っ赤に染まった。お仕置きも何もかも吹き飛んでわたわたと慌てふためく。
「——ぶふっ! あっはははは!」
その様子を見ていたラナが、お腹を抱えて笑い出した。
「やだもー、ヴィルさんったらぁ! 『俺の』だって! ……クラウ、ぶふっ、顔が真っ赤! ウケる!」
「ら、ラナ! 笑うでない!」
(もう、もう、どうしてくれるのよぉ……!)
その、傍らでは。ゴルドーがやれやれと額に手を当てて天を仰いでいる。
そして——
弓を、構えたまま。防衛隊の先頭で臨戦態勢を取っていたアーシェが。
きょろ、きょろと、周囲を、見回していた。
「……む? ……あの、これは……私の、出番は……?」
誰も、答えなかった。すでに勝敗は、決していた。アーシェが矢を一本放つ暇すらなく。真面目なエルフの戦士は、盛大に肩透かしを食らって途方に暮れていた。
「……さて」
ジークフリートを片付けたヴィーザルの視線が次に、向かったのは——呆然と立ち尽くすロルフだった。
「貴様は……クラウディアに、そしてボルクに...数えきれぬ無礼を働いたな」
「ひ……ひぃっ!?」
ヴィーザルが、剣を構えると無様にもロルフが、腰を抜かした。
「——騎士の風上にも置けぬ。その鎧と騎士の称号は、貴様には過ぎたものだ」
きぃん――
ガラガラガラ.......
次の瞬間...ロルフのまとっていた鎧が音を立ててばらばらと崩れ落ちた。
斬撃は、鎧だけを正確に切り裂きその下の衣服までも断ち切って——
ロルフは、一糸まとわぬ、生まれたままの姿で戦場のど真ん中に晒された。
「——!!」
「ふぁっ!? な、ななな……!」
(は、裸ぁっ!? ちょ、ちょっと、何してるの、ヴィルゥ!!)
ボンッ
今度こそ、クラウディアの思考が完全にショートしていた。真っ赤を通り越して両手で顔を覆いながらも指の隙間から、ちらちらと——いや、何でもない。
「あっはははは!! だ、だめ、お腹、いたい……!」
ラナは、もう地面を転がって笑っていた。
◇
戦意を、完全に失ったジークの軍勢。その、残党へと。ヴィーザルが冷たく言い放つ。
「……早く、この、愚か者を連れて行け。俺の、気が変わらないうちに...な」
倒れた、ジークを彼の私兵たちが慌てて担ぎ上げる。
「お、覚えて、いろ……! 父上に! 父上に、言いつけて、やるからな……!」
顔を腫らしたジークが這う這うの体で捨て台詞を吐く。取り巻きの貴族たちも。
「そ、そうだぞ! ただでは、済まさんからな!」
と喚きながら。しかし、その足は、一目散に王都の方角へと逃げ出していた。
(……父上に、言いつける、か。相変わらずだな、ジークは)
ヴィーザルは、呆れたようにその背を見送った。あの父がジークの泣き言に耳を貸すはずもないのだが...それもまたジークには、分かるまい。
残されたのは、離反した騎士や私兵たち。
彼らは、ばつが悪そうにヴィーザルへと向き直った。
「殿下……我らは、その……知らぬこととは申せ……」
「よい」
ヴィーザルは、ただ静かに頷いた。
「貴君らは、謀られたのだ……魔物の反乱という偽りの言葉に。ただ最後には、正しきを見抜き刃を収めた……それは、恥ではない。むしろ誇るがよい……我が弟が苦労をかけた」
そのねぎらいの言葉に騎士たちは、感極まったように深く頭を垂れた。この御方になら仕えたい。そう思わせるだけの器がヴィーザルには、あった。
そして、騎士団の一行は、全裸で呆然と座り込むロルフをずるずると引きずりながら――
「おい、ロルフ! 立て! この恥さらしが!」
「貴様は、王都に戻ったら騎士団で一から鍛え直しだ! ……ご息女様の御前に立つのもおこがましいわ!」
散々罵られながら引きずられていった。かつて威張り散らしていた騎士は、今や仲間からも見放され無様に連行されていくのであった。
◇
こうしてアルブローゼンの防衛戦は、幕を閉じた。
二千の軍勢を相手に放たれた矢は、一本もなく流された血は、ただの一滴もなかった。
クラウディアは、名乗りと一人の男の助けだけでこの街を守り抜いたのだ。
「ただいまー! クラウ、おかえりー!」
街へ戻った一行を出迎えたのは、子供たちと遊んでいたノルンだった。たたたと駆け寄ってくる銀髪の幼子。
「ノルン、留守番ありがとね」
クラウディアがノルンの頭を撫でる。戦場の緊張などどこへやら。
アルブローゼンには、いつものあたたかな日常が戻ってきていた。
もっとも——その中心にいる令嬢の顔がまだほんのり赤いのは....
ヴィーザルの一言がまだその胸にしっかりと刻まれて離れないからなのだが——
それはまた別のお話。




