第三話 我、豪傑に認められず
「我が名はクラウディア。この地に、汝らと共に生きる理を築きに来た者なり」
見上げるほどの巨躯に、我はまっすぐそう告げた。
オークの男——その双眸がスゥッと細められる。
沈黙。
風が、我とその男の間を通り抜けていく。
「ちょ、ゴルドー……」
ラナがおろおろと二人を見比べておった。
ゴルドー、というのかこの山のごとき男は。
「……共に生きる、だと」
ゴルドーの声は、低く...そして静かだった。静かであるがゆえに、そこに滲む拒絶の色が、いっそう濃く伝わってくる。
「貴族が、俺たちと共に、生きる」
一言、一言を、噛みしめるように。
まるで、その言葉の馬鹿馬鹿しさを確かめるように。
「はっ」
そして、彼は嗤った。
「笑わせるな」
ずしり、とゴルドーが一歩、前へ出た。
その瞬間——我は、見た。
(……足?)
ほんの、わずかに。その大きな体が、右へ傾ぐ。片方の足を、庇うような歩み。引きずる、とまではいかぬ。だが確かに、その脚には——何か違和感があった。
古い、傷。
(あの足……どうしたんだろう)
だが、問える空気ではなかった。
ゴルドーの眼光が、それを許さなかった。
「いいか、お嬢様よ」
ゴルドーが、我を見下ろす。その目に宿るのは怒りではない。もっと、深く澱んだものだった。裏切られ、傷つけられ、それでもなお信じようとして——幾度も裏切られてきた者だけが持つ、底なしの不信だった。
「今まで、何人もの人間が来た。『お前たちを助けてやる』と。『共に生きよう』と。甘い言葉を並べてな」
ゆっくりと、彼は語る。
「その、結末がどうだったか。教えてやろうか」
「……」
「攫われた者がいる。慰みものにされた者がいる。信じて手を伸ばして——その手を、刈り取られた者がいる」
ぞく、と...背筋に、冷たいものが走った。
それは、脅しではなかった。ただ、事実を——彼が、その目で見てきた事実を、述べているだけだった。
「人間の言う『共に』は、いつだって嘘だ。俺たちを油断させて、より深く刈り取るための、な」
(そんな……そんなこと、あったの)
胸が、締めつけられた。我の知らぬところでこの人たちは、そんな目に遭ってきたのか。ボルクのような手合いに。あるいは、もっとひどい何かに。
だが....
「……であろうな」
我は、目を伏せなかった。
「汝の言葉、一片の嘘もなかろう。人間は、汝らにそれだけのことをしてきた。それは——事実だ」
「……」
ゴルドーの眉が、ぴくりと動いた。否定されると思っていたのだろう。あるいは、薄っぺらい同情を返されると。
我は、そのどちらもしなかった。
「ゆえに、我は汝に『信じろ』とは言わぬ」
「……なに?」
「言葉など、汝はもう腐るほど聞いてきたのだろう。ならば——言葉は、要らぬ」
我は、腕を組み、静かにゴルドーを見上げた。
「闇に選ばれし我が示すは、言の葉にあらず。この地に刻む我が行いを見よ」
(口で言うだけなら誰でもできる。だから、行動で証明する。それしかないよね!)
ゴルドーが、じっと我を見下ろしていた。
その目が、探るように、我の奥を覗き込む。
.....この娘は、何者だ?何を企んでいる??そう値踏みするような鋭い視線。
やがて、彼は鼻を鳴らした。
「…フン…口の減らん娘だ」
「よく言われる」
(えへへ)
「だが」
ゴルドーの声が、再び、硬く冷えた。
「言葉が要らんと言うのならなおさら都合がいい。——見せてもらおう」
ぎろり、と。その双眸が我を射抜く。
「お前の言う『行い』とやらを。どうせ、三日と保つまい。貴族の気まぐれなど、な」
そう言い捨てて、ゴルドーは踵を返した。
引きずるように、けれど決して弱さを見せぬ、堂々たる歩みで。彼はその巨躯を、居住区の奥へと消していった。
残された我は、その背を、じっと見送る。
「……あーああ、ゴルドーのやつぅ超警戒モードじゃん!」
ラナが、ぽりぽりと頬をかきながら我の隣に並んだ。
「わりーね、クラウ。あいつ、根はいいやつなんだけどさ。人間のこと、マジで信じてないから。……昔、いろいろあったみたいでさ」
「……いろいろ、か」
我は、ゴルドーの消えた方角を——正確には、彼のあの足を思い出しながら呟いた。
「うん。あたしもよく知らないんだけど。あの足も、その時のことらしくてさ」
ラナの尻尾が、しゅん、と垂れる。
「あいつ、ちっちゃい子とか、弱いやつのこと、めっちゃ守るんだ。自分がどんだけボロボロでも。……だからさ、逆に、それを利用してくる人間が、許せないんだと思う」
(……ああ、そっか)
我は、なんとなく解ってしまった。
あの傷が、どんな傷なのか。
詳しくは知らずとも——きっと、彼は誰かを庇ったのだ。
あの、大きな体で...自分を盾にして。
(やさしい人なんだ。すごく、すごく、やさしい人。……だから、傷ついたんだ)
胸の奥が、じんと痛んだ。
だが、同時に。
我の中で、小さな炎が灯った。
「ラナよ」
「ん?」
「決めた」
我は、ゴルドーの消えた方角を見据え、ふわりと口の端を吊り上げた。
「我はこの地に、我が居城を築く。汝らと共に暮らす、我が王国の礎を」
(この街を、みんなが安心して暮らせる場所にする。ゴルドーさんみたいな優しい人が、ラナみたいな明るい子が、もう誰も庇って傷つかなくていいように )
「え……ここに? 住むってこと? お貴族様が、こんなとこに!?」
「無論。闇の眷属たる我に、貴賤の別など無意味よ」
我は、ぐっと拳を握った。
そうと決まれば、善は急げ!
まずは、住まいだ。
土地を検分し、資材を集め...人手を——いや、手を貸してくれる者を...募らねば。
(両親がくれた資金がある。あれを使えば、きっと。……よし、やるぞ!)
こうして。
闇に選ばれし令嬢(自称)の、辺境開拓記が——幕を開けたのだった。




