第二十一話 我が街、国となりゆく
それから、一年の時が流れた。
アルブローゼンは、もはやかつての貧しい居住区の面影をどこにも残していなかった。
ノルンの力による豊穣と、それを聞きつけて集まる魔物たち。街は、雪だるまが転がるように膨れ上がり今やその人口は、四千を優に超えていた。地方都市の規模などをとっくに追い越し今や王都に迫らんとしていた。それが、アルブローゼンの姿だった。
これだけの人が暮らせば、もはやクラウディア一人の采配では街は回らない。そこで生まれたのが合議による統治の仕組みだった。
「では、始めるとしよう」
街の中心に建てられた、大きな集会所で円卓を囲んで各分野を担う者たちが顔を揃えていた。
上座に座るのは、もちろんクラウディアである。その傍らを頼れる面々が固めていた。
街の実務全般を取り仕切るゴルドー、防衛を担うアーシェ、技術と開発のゴブじい、移住者たちの暮らしと世話を一手に引き受けるマーサと...そして——
「はいはーい! 塩の生産量、今月も過去最高だよ! みんな、よく働いてくれてさー!」
塩の生産を仕切っているラナであった。
彼らが集い街の運営を話し合いで決めていく。誰かが上から命じるのではなく、皆でより良い形を探る。それは、奪われるばかりだった魔物たちが初めて手にした自分たちの手による自分たちのための政治だった。
「この間話にだした、働きに応じた給金の件だが」
ゴルドーが、議題を切り出す。
「農地を新しく増やした分人手も増えたし新たに畑を任せる者らの給金をどう定めるか。……皆の、意見を聞きたい」
議論が交わされ、どれだけ働きそれに、どれだけ報いるべきか。かつては、いくら汗を流しても、すべてを奪われた者たちが今は、自らの働きの価値を自らの言葉で決めていた。
「うむ!よき裁定であった」
(みんな、ちゃんと考えてる。……えらいなあ)
その様子を、クラウディアは目を細めて見守っていた。
◇
街が大きくなるにつれ、新たに整えられたものがもう一つあった。
貨幣である。
「これが……アルブローゼンの新しいお金かい?」
マーサが、手のひらの上の小さな硬貨をしげしげと眺める。
ゴブじいが鋳造した街独自の通貨だった。
「うむ。この地に巡りし富の理、すべては我が発したる、この黒き円環が司る。アルブローゼンの内なる商い、労への報い——そのことごとくが、この貨幣にて回るのだ。ここでは、何人たりとて、貴賤の別なく平等なる取引を約束されよう」
(アルブローゼンの中の売り買いも、お給料も、ぜんぶこのお金でまわすの!この街の商いは、みんな平等だよ)
街の中でだけ通じる、独自の貨幣。外の世界の品を買う時だけは、ボルクを通じて王国の金貨を使う。街の内側では、もはや人間の経済に頼る必要がなくなりつつあった。
それは、この国の差別の構造から、静かに...けれど確実に独り立ちしていく——アルブローゼンの自立の証だった。
もっとも――
それが、王都の目にどう映るのか...この時のクラウディアは、想像できていなかった。
◇
こうして、街は栄華を極めていた。
だが——その、絶頂の陰で。
クラウディアは、一つの小さな違和感を抱いていた。
「……ふむ。ボルクめ、また、遅れておるな」
(ボルク最近見ないけどどうしたんだろう?)
帳簿を繰りながら、クラウディアが呟く。
塩の売上のうち、領主たるクラウディアに納められるべき、彼女の取り分がここ数月どうにも滞りがちなのだ。
塩の生産は、順調そのもので売上も、落ちてはいなかったにもかかわらずクラウディアへの支払いだけが、遅れている...おかしな話だった。
「まあ、あやつのことだ。何ぞ、算段でもあるのだろう」
(ボルクどうしたのかな?忙しいのかも!)
深くは、気に留めなかったが、街のためによく働く男だとクラウディアは、信じていた。
そういえば——と、クラウディアは、ふと、思い出す。
先日、久方ぶりに顔を見せたボルク。その姿がどこか記憶と違っていた。
あの、でっぷりと肥えていたはずの体が、心なしか少し痩せていたような。
「…ふむ…気のせいか?」
(ボルク、痩せた? ……まさか、ね)
ふと、その考えを頭の隅へ追いやる。
街が豊かになり、皆が笑っている。このあたたかな日々が、崩れることなどあるはずがない。
そう思っていた。
しかし...この時クラウディアは、知らなかった。
アルブローゼンの隣、人間の町グラウフェルトで、静かに、恐ろしい影が忍び寄っていることを.....
そして、あの痩せたボルクの姿こそが、忍び寄る災厄の——最初の兆しであったことを。




