第十九話 我が街、豊穣を得る
ノルンを連れて街へ戻ったクラウディアを待っていたのは、質問の嵐だった。
「クラウディア様、その子誰だい!?」
「なんつー、可愛い子だ……」
「新しい家族かい?」
銀の髪の幼い少女。その正体が、太古の最上位精霊などとは誰も思うまい。
ラナが「まぁ、いろいろあってさ」と、けらけら笑って誤魔化す横でクラウディアは、鷹揚に胸を張った。
「うむ!この者は、ノルン。時の理を統べし、古の眷属よ。……以後、我が街の一員として迎え入れる」
(時の精霊のノルンだよ。今日からみんなの仲間ね!)
『ノルンです。 よろしくね!』
ちょこん、と、頭を下げる。その仕草に、街の者たちの頬が一斉に緩んだ。
特に、子供たちがうさぎ耳の女の子を先頭にわっとノルンを取り囲む。
「ねー、いっしょに、あそぼ!」
「おにわ、みせたげる!」
『わあ、いいの!? いく、いく!』
ノルンは、ぱっと顔を輝かせ、子供たちの輪の中へと駆けていった。何百年もの孤独を癒すように、同じ年頃(見た目)の子らと無邪気に笑い合っていた。
その光景をクラウディアは、目を細めて見守っていた。
(……よかったね、ノルン。もう、ひとりじゃないよ)
◇
そしてノルンの力は、想像をはるかに超えていた。
「よし!では、始めるとしよう。ノルン、頼めるか」
(畑、お願いね!)
『まかせて!』
開墾した広大な農地に蒔かれた種の上でノルンが小さな手をかざす。
サァァァァッ
きらり、と淡い金色の光が、大地に降り注いだ。
すると——
「な……!? 芽が……芽が、出たぞ!?」
土から、ぷつり、ぷつりと、緑の芽が、顔を出す。
それは、みるみるうちに育っていく。
茎が伸び、葉が茂り、花が咲き、そして——実を、結ぶ。
本来ならば、三か月はかかるその生育がわずか、ひと月の間に育っていた。
「これは……すごい……! 本当に、実った……!」
「畑いっぱいに……! 食いきれねえほどの収穫だ……!」
魔物たちが、歓声を上げる。
黄金色に、実った麦。
丸々と太った芋。
瑞々しい野菜の数々。
かつて、飢えて逃げてきたマーサたちの目の前に.....今あり余るほどの実りが広がっていた。
「……ああ、なんてこった」
マーサが、ぼろぼろと涙をこぼした。
「あたしらが……あたしらの、手で...こんなに、たくさんの食い物を…………もう、誰も、飢えなくて、いいんだねぇ……」
その、皺だらけの手が...実った麦の穂をそっと握りしめていた。奪われるだけだったその手の中に、自分たちが育てた実りを、掴んでいた。
「うむ。もう案ずる必要はない!クマの母よ」
クラウディアが、静かに頷いた。
「アルブローゼンに飢えは訪れぬ……汝らは、汝らの手で、糧を得る。それが——アルブローゼンの理よ」
(もう大丈夫だよ!みんなで一緒に生きていこう!……)
◇
実はこの豊穣の裏には、ゴルドーの目配りがあった。
「ノルン。悪いちょっと聞きたいんだが」
「なにー?ゴルドーおじちゃん!」
「おじちゃ...そうかおじちゃん...か」
「そだよ!ゴルおじちゃん!」
「ま...まぁいい。ノルンに聞きたいのは...作物をこんな早さで育て続けりゃ……土の栄養が、あっという間に尽きちまう。畑ってのはそういうもんだ。……何か手はねえか」
『んーとね』
ノルンが、こてり、と首をかしげそして街の外れを指さした。
そこには——魔物たちが、日々出す残飯や屑を捨てるゴミ捨て場があった。
『えっとねぇ...リーリャがねぇ食べ物のゴミをおいとくと動物が寄ってきちゃうっていってたの!だからそのゴミの時間を進めてっていってゴミの時間を進めたら土になったよ! ふかふかのね土になってたの!』
「…ほほう…なるほど。堆肥ってやつか」
キラーン☆と、ゴルドーの目が光った。
生ゴミを土に還す。それには、本来長い月日がかかるのだがノルンの力で、その時を早めれば、街の出す屑がたちどころに豊かな肥料へと生まれ変わるという事だった。
そうして。
畑は、実りを生みその残り屑は、肥料となってまた畑を肥やす。何一つ無駄にせずにすべてが巡り循環する。
「……ふ。見事なものよ」
その仕組みを、眺めてクラウディアは、感嘆の息を漏らした。
奪い、搾り取り無辜の民が飢えていく。それが、この国のあり方だった。北の街もそうしていたように...
だが——アルブローゼンは違う。
分かち合い、無駄をなくし、すべてが循環し豊かになっていく。
誰も飢えず
誰も奪われない
それは、この差別に塗れた世界へのささやかだけれど、確かな挑戦だった。
「……ふふ。よき、街になってきたではないか」
(みんなで作った、あったかい街。……大好きだな、この場所)
黄金の麦穂が、風に揺れる。
かつて、貧しい居住区だったその場所は、今や、この国のどこよりも豊かであたたかな——実りの里へと着実に姿を変えていっている最中であった。




