3.裏取引と、お守り
学園を卒業した私は、念願だった『魔術研究所』に就職した。
魔道具の解析·開発などの研究を行う部署に配属が決まった。
ヴィンセントのためのお守りは渡せなかったが、そのために勉強したことは無駄ではなかった。
ヴィンセントへのあの失恋から、私は半ば逃げるように学園を去った。
彼と顔を合わせるのが怖くて、卒業前の数週間は体調不良を理由に登校を避け、ろくに挨拶も交わさないまま卒業してしまったのだ。
手元に残ったのは、結局ヴィンセントに渡せなかった革袋——私の精一杯の魔法を込めた『防御魔法のお守り』だけ。
「……捨てちゃうのも、なんだかもったいないわよね」
不器用な初恋の証ではあるけれど、魔道具としての出来栄え自体は、自分なりにかなり納得のいくものだった。
捨てきれなかった私は、自分で持ち歩くことにした。
お守りを作るのを応援して、一緒に調べものにも付き合ってくれていた仲の良い友人・ルチアにも同じようなお守りを作り、渡すことにした。
◇
「アメリア! 先週もらったあのお守り、本当に凄いわよ!」
数日後、ルチアが興奮した様子で私のもとへ駆け込んできた。
なんでも、馬車の事故に巻き込まれそうになった際、お守りが瞬時に作動して頑丈な結界を張り、掠り傷ひとつ追わずに済んだのだという。
「ルチア!!!あなた本当に大丈夫なの!?
本当に怪我はない?」
「それより!!アメリア、これ絶対売れるわよ!!売りましょう!それにしても、こんなお守りを作れるなんて凄いわ!ずっと、頑張ってたものね。」
「それよりって……心配してるのに。まぁでもすごく元気そうでよかったわ、
お守りは……、そんなに沢山は作れないから、売るのは無理よ」
「お願いアメリア、私の妹や友達の分だけでも作ってくれない!? もちろん、ちゃんとお金は払うから!」
「うーん…無理のない範囲でなら……、
知り合いの分だけよ」
口コミの力は凄まじかった。
ルチアを通じて評判はまたたく間に広がり、私に無理のない範囲で彼女は注文を取ってきていた。人気すぎて、知らない人からの注文は断ることもあるみたいだ。
私は仕事の合間や休日の趣味として、少しずつ『防御』や『治癒』の魔法を込めたお守り魔道具を作るようになった。
妹や友達だけって言ってなかったかしら…?とルチアに言いたくなったが、無理のない範囲というのは守ってくれているので細かいことは口にしなかった。
口コミだけで売っていたため、私が製作者であることはごく一部の親しい友人しか知らない。
——けれど、それが面白くない人物が一人だけいた。
◇
(なんで……なんで俺を置いて卒業しちゃうんだよ……っ、話しかけようとしても捕まらないし……どうしてっ!)
学園の鍛錬場。
ヴィンセント・フォン・グランヴェル(17歳)は、壊れそうなほどの力で剣を振るっていた。周囲の男子生徒たちが、その刺々しい殺気に気圧されて遠巻きに見ている。
ヴィンセントの頭の中は、今やアメリアのことで埋め尽くされていた。
『人生は経験だし、いろんな人と付き合ってみないと分からないこともあるんじゃない?』
学園時代、彼女がふと言ったその言葉に焦ったヴィンセントは、「大人の男として見られていない」「経験不足だから相手にされないのかも」と愚かにも思い込み、寄ってきた女性と付き合うということを試みてしまった。
だが、他人に触れられた瞬間あまりの気持ち悪さに鳥肌が立ち吐き気がして、即座に破局。
……なのに、なぜかそれ以来アメリアに避けられ、そのまま彼女は学園を卒業して自分のもとから去ってしまったのだ。
(まだ俺は学生で、追うこともできないのに……!あと2年も学園に通わなければいけない。早く大人の男性になりたいのに、永遠に2歳年下のままだ……)
2歳の年の差がひどく大きなものに感じられ、
焦燥感で狂いそうになるヴィンセントの耳に、ある噂が飛び込んできたのはそんな時だった。
『卒業したアメリア様が作ったお守り魔道具、聞いた? すごく効果が高くて、限られた友人しか買えないらしいわ』
自分の知らないところで、アメリアが他の人にお守りを配っている。
自分にはひとつもくれなかったのに。
(俺には……作ってくれないのか? 守ってくれるって言っていたじゃないか!!!
必要ならお金だって、どれだけでも払うのに!俺のことは、もうどうでもいいのか……!?)
胸の奥がドロドロとした暗い感情で塗りつぶされていく。
直接「僕にも作って」と頼めばいい。だが、卒業直前に拒絶されたトラウマと、年下ゆえの子供扱いされる恐怖が邪魔をして、本人には連絡すらできなかった。
「……頼む。アメリアから直接買うフリをして、お前が代理で買ってきてくれ」
ヴィンセントは、アメリアの友人ルチアの婚約者である先輩騎士に、目を血走らせて懇願した。
「え、えぇ……自分で連絡して買えばいいだろ……」と引きつる先輩に、「いいから! 俺が買ったって絶対に言わずに買ってきてください!!」と詰め寄る姿は、もはや天才生徒の面影などどこにもなかった。
◇
数日後。
裏ルート(代理購入)でなんとか手に入れた、小さな革袋の『防御のお守り』。
ヴィンセントは放課後の自室で、それを壊れ物を扱うようにそっと抱きしめた。
「アメリア……アメリア……」
彼女が作ったお守り。彼女の魔力が宿った、小さな宝物。少しだけアメリアを近くに感じることごできた。
自分が直接もらえたわけではないという事実に血吐くような敗北感を覚えつつも、ヴィンセントはそのお守りを制服の胸ポケットに大切にしまい込み、片刻も離さず持ち歩くようになったのだった。




