2.遅すぎる自覚
あれからヴィンセントを守りたい——その一心で、私は魔導具づくりの勉強を続けた。
けれど、現実は甘くない。
私の魔力は「平均より少しだけ多い」程度。幼い私の知識と技術では、大切な人を護るような高レベルの防具など作れるはずもなかった。前世の記憶も魔道具を作るのには役に立たなかった。
結局、幼少期のヴィンセントに「これを使ってね」と手渡すことは叶わないまま、時間は容赦なく流れていった。
そして——18歳、学園の最終学年になった。
◇
「アメリア先輩、また図書室にこもっていたんですか?」
学園の中庭で声をかけられ振り返ると、そこにいた人物の姿に、周囲にいた生徒たちが一斉に息を飲んだ。
透き通るような金の髪に、艶やかなルビーの瞳。仕立ての良い学園の制服を凛々と着こなす高身長の少年。
そこに立っていたのは、かつて「守ってあげる」と誓ったあの可愛らしかった天使……ではなく、学園中の誰もが見惚れる完璧な青年へと成長した、16歳のヴィンセントだった。
身長も1年くらい前に追い抜かれてしまった。
成長期だからか、どんどん大きくなっていて寂しい気持ちになる。
幼い頃、規格外の魔力のせいで狙われていたヴィンセントは、成長とともに自ら剣と魔法を極め、自分を守る術を完全に手に入れていた。それどころか、今や若くして騎士候補生のトップとして名を馳せている。
もう今の彼には、恥ずかしくて「守ってあげる」なんて口が裂けても言えない。
(……綺麗。綺麗すぎるわ……)
隣に並んで歩くことすら気後れしてしまうほど、今のヴィンセントは眩しかった。
前世を含めて色々な人間を見てきたけれど、彼以上に美しく、完璧な人間を私は知らない。
見た目だけではなく、性格も完璧だ。
誰にでも優しく紳士的に成長していた。
ヴィンセントを見るたびに、見とれるようになってしまった。彼がとても綺麗だから見とれながら「分相応」な考えは待つなと自分に言い聞かせる。
彼と私は、ただの幼馴染で学園の先輩後輩。
それに私は中身も、歳をとりすぎている。こんなに素敵な人が、私なんかを相手にするわけがない。
良くてお姉さん。悪くて口うるさいオカンと思われていそうだ。
まぁ、他人とか、ただの知人と思われていたらさすがに泣けるので深く考えるのやめておこう。
「図書室にはまだ、読み切れていない本が多くて……
ヴィンセント、制服とても似合っているわ。学園で分からないことが会ったら、なんでも聞いてね!恋の相談にも乗ってあげるわよ!
」
今年入学したヴィンセントに、せめてお姉さんと思って欲しいと思いつつ発したことばは、どこかオカンの要素が抜けきらなかった……
(やっぱり、精神年齢が滲み出てきてしまうわ……)
「………うん。ありがとう」
ヴィンセントの顔から笑顔が消えて、目のハイライトも消えた気がしたが、次の瞬間にはいつもの表情だったので見間違いだろう。
本の読みすぎで目が疲れているのかもしれない。
幼馴染として、偶にお互いの家を行き来することがあった。
元々家族での付き合いもあり、ヴィンセントに会いに行くというよりヴィンセントのお母さんに会いに行っていたのだが、最近はヴィンセントとふたりにされることが増えた。
困るすごく困る……
「ナッツの入ったクッキー好きだったよね
僕の分も、あげるよ。」
私の口元に、クッキーを持ってくる。空気が甘すぎる……こんなの心臓がダメになる
(何も考えるな、うろたえるな……わたし)
「あ、ありがと」
幼い頃は、私がヴィンセントに食べさせてあげることはあった。
でも、この雰囲気はおかしい。
最近はいつもこの調子で、どきどきさせられてしまう。
(自惚れかもしれないけど、私の事好きなのかな……?
そしたら、私も好きになってもいいのかな……
自慢ではないが、私は性格もすごく良い訳では無い。疲れたら愚痴をいいたくなるし、ガサツなところもある……。容姿は……告白をされたことは1度も無いので、まぁそういうことだろう。ヴィンセントは私の知る限りでも、1年で10回は告白されている。考えれば考えるほど、あまりにも不釣り合いだと思える。
もし変に告白して振られたら? あるいは付き合えたとしても、いつか愛想を尽かされて別れることになったら?
……そうなったら、二度と彼と笑い合うことすらできなくなってしまう。)
色々と考えてしまい尻込みしてしまう。
ヴィンセントに告白されたら付き合いたいが、自分から告白する勇気なんて持てない……
(友達として、一番近くで見守っていられるならそれでいい。見ていられるだけでも、十分に幸せなんだから)
私はそう自分に言い聞かせ、彼から向けられる少し過保護で甘い視線からも、「年下の幼馴染特有の甘えだろう」と目を背け続けていた。
◇
卒業を間近に控えた、少し肌寒い秋の日
10年以上かけて、ようやく魔道具のお守りが完成した!
このお守りのためにお小遣いも出来るだけ切り詰めて、いい材料を買って作った。
放課後、校舎の裏手でヴィンセントと待ち合わせをした。
(今のヴィンセントには無くても良いものだけど、優しい彼は受け取ってくれるよね!)
軽い足取りで、待ち合わせ場所に向かう。
待ち合わせ場所までもう少しという所で私は足をとめた。
そこにいたのは、ヴィンセントと、同じ学年の可愛らしい女子生徒。
二人は何やら親しげに言葉を交わしている。次の瞬間、女子生徒が背伸びをしてヴィンセントの頬にそっと唇を寄せた。ヴィンセントはそれを拒みもせず受け入れ、静かに彼女の肩に手を添えていた。
——ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
血の気が引いて、手足が冷たくなっていく。
『ヴィンセント様、最近あの方とお付き合いを始められたそうですよ』
以前、学園の噂で聞いた言葉が脳裏を蘇る。
あの時の私は「ヴィンセントも年頃だし、当然よね」なんて平然を装っていた。けれど、実際にその光景を目の当たりにすると、呼吸の仕方を忘れるほどの痛みが胸を刺した。
(あ……そっか。本当に、付き合っていたんだ……私、ヴィンセントのこと引き返せないくらい好きになってたんだ)
思い返せば以前、恋愛の話題になった時に、私がヴィンセントへ「人生は経験だし、いろんな人と付き合ってみないと分からないこともあるんじゃない?」と、大人ぶって適当な助言をしたことがあった。
前世の私のようなことは起きて欲しくなくて、色々な経験をして変な人に捕まらないように見極める目を持って欲しいという気持ちもあった。
彼はそれを愚直に実践したのだ。私以外の、可愛らしい女の子と。
手の中に握りしめていた小さな革袋が、虚しく指からこぼれ落ちそうになる。
それは、私が何夜も徹夜して、今の自分の精一杯の魔力を注ぎ込んで作った『防御魔法のお守り』だった。
「今更、彼にはもう必要ない」と分かっていても、どうしても渡したくて作った。
(……遅かったんだ
気づくのが、遅すぎた。行動するのも遅すぎた……)
意地になってお守りを作った理由も、何かと理由を付けてお守りを渡そうとしたのも、ヴィンセントのことが好きだったからだ。
自分のことなのになんで分からなかったんだろう。
私の気持ちを込めたお守りなんて、渡せるはずもなかった。
今の彼には、私のお守りなんて迷惑だ。そして彼の隣に立つ資格も、私にはなかったのだ。
——人生で、一番の後悔。
私は二人に気づかれないよう静かに足音を殺し、溢れそうになる涙を必死に堪えながら、その場から逃げ出したのだった。




