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悪役令嬢は,今日も悪事に失敗する  作者: くるみ


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第4話 嫌味を言ったら,友達ができました

ヴィオレッタは,悪役令嬢として二度も失敗していた.


一度目は,エミリアの教科書を隠そうとして,学院公認教材を生み出した.

二度目は,エミリアのドレスを台無しにしようとして,舞踏会で彼女を一番美しく見せてしまった.


いずれも,悪役令嬢としては致命的な失態である.


「このままでは,ただの面倒見のよい公爵令嬢になってしまいますわ」


朝食の席で,ヴィオレッタは深刻な顔で言った.

セシリアは紅茶を注ぎながら答える.


「かなり以前から,その傾向はございました」


「黙りなさい.今こそ軌道修正が必要です」


「次は何をなさるのですか」


「社交界で孤立させます」


ヴィオレッタは,銀のナイフでスコーンを半分に切った.その動きは優雅だが,瞳には妙な決意が宿っていた.


「令嬢にとって,お茶会は戦場ですわ.そこで話に入れず,笑顔の裏で疎外感を味わう.これこそ悪役令嬢らしい嫌がらせです」


「お嬢様,発想が妙に実践的でございます」


「わたくしは本気ですもの」


ヴィオレッタはその日から,お茶会の準備に取りかかった.

招待するのは,学院内で影響力のある令嬢たちである.


侯爵令嬢ベアトリス.気位が高く,流行に敏感だが,実は母親の選ぶ服装に逆らえず悩んでいる.

伯爵令嬢クララ.温和で控えめだが,婚約者が他の令嬢と親しげにしていることで自信を失っている.

子爵令嬢リネットとマルタ.家同士が昔から不仲で,互いに話しかけたこともないが,どちらも刺繍が得意である.


そして,男爵令嬢エミリア・ベル.


身分も経験も足りない彼女を,この輪の中に放り込めば,きっと浮く.

少なくとも,ヴィオレッタはそう考えた.


彼女は各家の関係性,令嬢たちの趣味,苦手な話題,最近の噂まで徹底的に調べた.

その情報をもとに,席順表を作る.


「こちらの席にベアトリス様,その隣にクララ様,向かいにエミリア様.リネット様とマルタ様は斜め向かいにします」


セシリアが席順表を覗き込んだ.


「お嬢様」


「何ですの」


「これは,とても話が弾みやすい配置に見えます」


「そんなはずありませんわ.最も気まずい配置を計算しました」


「ベアトリス様は服飾に詳しく,クララ様は婚約問題で自信を失っている.エミリア様は率直に褒める方ですから,クララ様の緊張を和らげるでしょう.リネット様とマルタ様は刺繍の話題で打ち解ける可能性が高いです」


ヴィオレッタは席順表を見直した.


「……偶然です」


「かなり精密な偶然でございます」


「黙りなさい」


お茶会当日.


ローゼンベルク家の庭園には,白いテーブルクロスがかけられ,銀の茶器と季節の菓子が並べられた.初夏の風が薔薇の香りを運んでくる.

ヴィオレッタは,完璧な悪役令嬢の微笑みで招待客を迎えた.


「ようこそ,皆様.本日は楽しんでいってくださいませ」


その声は優雅だったが,本人の内心は戦闘態勢である.


エミリアは最後にやって来た.

彼女は緊張していた.それでも,きちんと背筋を伸ばし,丁寧に礼をする.


「お招きいただき,ありがとうございます,ヴィオレッタ様」


「おーっほっほっほ.せいぜい場違いにならないよう努力なさい」


「はい,頑張ります!」


「前向きすぎますわ」


お茶会が始まった.


最初の標的は,侯爵令嬢ベアトリスだった.

彼女は流行の青い髪飾りをつけていたが,実のところ,その色は彼女の顔色を少し悪く見せていた.

ヴィオレッタは紅茶を一口飲み,冷たく言った.


「ベアトリス様,その髪飾り,あなたの顔色を悪く見せていますわ」


テーブルが凍る.

本来なら,ここで空気が悪くなるはずだった.

しかし,ベアトリスは驚いた顔で自分の髪飾りに触れた.


「やはり,そう見えますの?」


ヴィオレッタは少し拍子抜けした.


「ええ.あなたには青より深い緑のほうが似合います.瞳の色が引き立ちますもの」


「実は,私もそう思っていたのです。でも母が,侯爵家の娘なら流行色を身に付けなさいと」


エミリアが思わず口を開いた.


「ベアトリス様は,緑がとてもお似合いになると思います。以前,刺繍のリボンで緑を使っていらしたとき,すごく素敵でした」


ベアトリスは目を丸くした.


「あなた,覚えていてくださったの?」


「はい。とても綺麗でしたから」


ベアトリスの頬が少し赤くなった.


ヴィオレッタは扇を握りしめた.


「違いますわ。これは嫌味です」


「でも,的確ですわ」


ベアトリスは小さく笑った.


次の標的は,伯爵令嬢クララだった.

クララは婚約者の話題になると,必ず俯く.最近,彼女の婚約者が別の令嬢と親しくしているという噂があった.

ヴィオレッタは,そこを突くつもりだった.


「クララ様。その婚約者,見る目がありませんわね」


クララの手が震えた.


「やはり,私に魅力がないのでしょうか」


「逆ですわ」


ヴィオレッタは即答した.


「あなたほど努力している方を軽んじる男に,あなたの価値を測る資格がないと言っておりますの」


クララは顔を上げた.


「でも,私がもっと華やかなら」


「華やかさだけで妻を選ぶ男なら,花瓶と結婚すればよろしいのです」


エミリアが慌てて紅茶を吹き出しそうになった.

クララはしばらく黙り,やがて目に涙を浮かべた.


「私,ずっと自分が悪いのだと思っていました」


「泣くなら背筋を伸ばして泣きなさい。涙で姿勢まで崩す必要はありませんわ」


「はい……!」


クララは泣きながら背筋を伸ばした.

なぜか,その姿は以前より堂々として見えた.

その後,リネットとマルタも,ヴィオレッタがうっかり置いた刺繍柄のナプキンをきっかけに話し始めた.


「この図案,東方風ですわね」


「あなたも刺繍を?」


「ええ。でも,家の事情で,あなたに話しかけるのはよくないと思っていて」


「私もです」


二人はおずおずと笑い合った.

ヴィオレッタは内心で頭を抱えた.


何かがおかしい.

孤立させるはずのお茶会で,次々と誤解が解けている.


しかもエミリアは,自然に全員の会話をつなげていた.自分の知識をひけらかすのではなく,相手の良いところを見つけて言葉にする.


それは,貴族の社交とは少し違う力だった.

お茶会の終盤には,令嬢たちはすっかり打ち解けていた.


ベアトリスは,自分の好みに合う髪飾りを選ぶ勇気が欲しいと話した.

クララは,婚約者ときちんと話し合うと決めた.

リネットとマルタは,合同で刺繍作品を作る約束をした.

そしてエミリアは,皆の話を聞きながら,自分も地方の子どもたちに読み書きを教えたいという夢を少しだけ話した.


「私の村には,字を読めない子が多いんです。家の手伝いが忙しくて,学校へ行けない子もいます。いつか,そういう子たちが少しでも学べる場所を作れたらと思っていて」


その言葉に,場が静かになった.

ベアトリスが言った.


「男爵令嬢なのに,大きなことを考えていらっしゃるのね」


一瞬,空気が硬くなる.

だが,エミリアは真っ直ぐ答えた.


「男爵令嬢だから,見えることもあります」


ヴィオレッタは,思わずエミリアを見た.

その声は穏やかだったが,弱くはなかった.

ベアトリスはしばらく彼女を見つめ,やがて微笑んだ.


「そう。では,いつかその話をもっと聞かせてくださいませ」


「はい」


お茶会は,和やかに終わった.

招待客が帰った後,ヴィオレッタは庭の椅子に座り込んだ.


「悪の派閥を作るはずでしたのに……」


セシリアが空になったカップを片付けながら言う.


「結果として,お嬢様を中心とした健全な令嬢ネットワークが形成されました」


「言わないでくださいませ」


「しかも,エミリア様は孤立するどころか,皆様に受け入れられておりました」


「さらに言わないでくださいませ」


ヴィオレッタは庭の向こうを見た.

エミリアが帰り際,令嬢たちと楽しそうに話している.まだぎこちなさはあるが,そこに壁はなかった.

ヴィオレッタは,悪役令嬢としては失敗したと思った.


しかし,少しだけ気になることもあった.

エミリアの「学校を作りたい」という言葉である.


ただ守られるだけのヒロインなら,そんなことは言わない.彼女は彼女なりに,自分の見てきた世界を変えたいと思っている.

そのことが,ヴィオレッタの中に小さな引っかかりとして残った.


「次ですわ」


「次は何をなさるのですか」


「王太子殿下を困らせます」


「それは,少し悪事らしゅうございますね」


「ええ。政務を怠る殿下を,資料の山で埋めて差し上げますわ」


セシリアは少し考え,静かに言った.


「お嬢様。それは悪事ではなく,教育では」


「違います」


ヴィオレッタは立ち上がった.


「徹夜させるのですから,悪事です」


その理屈は,彼女の中では完璧だった.


だが,その悪事はやがて,学院だけでなく王宮の空気まで変えることになる.

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