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四十六 一件落着、ってな

 アリソンの白魔法による浄化によって、旧校舎の黒い炎はあらかた消し止められた。


 しかし、ただでさえ古い建物だ。

 どこに火が燻っていて、また再燃するかも分からない。

 先ほどベリンダを襲ったように、限界を迎えた柱が倒壊し、建物自体が崩れ落ちる可能性もある。


 エレンの通報を受けてやって来た学園の教師たちが、大慌てで建物を取り囲み、これ以上被害が拡大しないようてんやわんやで駆け回っているのを……ベリンダたちは、疲れ果てた表情で眺めていた。


 これから教師たちによって、何があったのか事情聴取も予定されている。

 それを思うと、陰鬱な気分になった。

 ドウェインの言い訳「生徒会の視察」が、教師相手にどれだけ通じるだろうか。


 手に火傷を負っていたローザリヤは、駆けつけた教師のうちのひとりから回復魔法を施して貰っている。

 赤く爛れた手のひらに罪悪感を抱いていたベリンダは、「便利じゃねえか、魔法がある異世界」と複雑な表情を浮かべていた。

 が、自分のために頑張ってくれたローザリヤが苦しい思いをするのは本意ではない。

 彼女の身体が傷ひとつなく治ってくれたのは、素直に嬉しかった。

 それに、ローザリヤの大切にしていた手袋は、燃えてしまってもう戻らないことには変わらない。


「ベリンダぁ~っ。心配したよ、もぉ~っ」

「わーっ。エレン。疲れてんだから、抱きつくなって」

「だってぇ~。ひぃ~んっ」


 学校中を走り回って教師たちを呼び集めてきたエレンもまた、疲労困憊といった様子であった。

 それでも、全身煤けて汚れきったベリンダを見ると、嬉しそうに抱きついてくる。

 あまりそういったスキンシップになれていないベリンダは、気恥ずかしそうにエレンの細い体を抱き締め返した。


 そして。


「これはこれは……ずいぶんと大変なことがあったようだな」


 涼やかな、それでいて凜とした男性の声が、まだ焦げ臭さの残る旧校舎前の広場に響いた。


 声の方へと目を向けたベリンダとドウェインが、うげっと、呻き声を漏らす。

 新校舎の方から颯爽と歩み寄ってくる背の高いその人物は……あろうことか、この事態を引き起こした張本人。

 スコット、なのであった。


 スコットはベリンダと共に旧校舎の中にいたはずなのに、全身煤だらけの彼女とは逆に、小綺麗な格好に身を包んでいる。

 ブレザーもネクタイもシワひとつなく、糊の利いたパリッとした状態を保っていた。

 まさかそんな彼がつい先ほどまで旧校舎にいたとは、その場に居合わせていなければ夢にも思うまい。


 身構えるベリンダとドウェインに、スコットは軽く右手を向けて制した。

 小さく首を横に振る様子から、少なくともこれ以上敵対する意思は感じられない。


 ベリンダを危うい目に遭わされたことから、ドウェインはなおも反抗的な視線を向けていたのだが、当のベリンダに「もういいから」と言われて、シュンと矛を収めた。


 ジャリ……と砂を踏みつけて歩み寄ってきたスコットは、まっすぐに、ひとりの女性の元へと向かっていく。


「ローザリヤ」


 と、スコットは婚約者の名を呼んだ。

 ローザリヤは、回復魔法の治療を受けた両手を、ぎゅっと胸元で握り締めている。


 スコットが何事かを口にしようとする、しかしその一瞬手前。


「で、殿下っ! 大変申し訳ありません!」


 ローザリヤはそう言って、スコットに対して深々と頭を下げた。

 スコットは不思議そうに小首を傾げながら、ローザリヤに尋ねる。


「……何か、謝るようなことがあったのか?」

「殿下から頂いた、大切な手袋が……焼けて、無くなってしまいまして……」


 そう言うローザリヤの手元は、白い手の甲がさらけ出された状態になっていた。

 丸く、ピンク色をした小さな爪が、左右の指に、それぞれ5つずつ並んでいる。


 そんな彼女の手元を、スコットはジッと静かに見つめていた。

 ローザリヤは「あ、あのっ……あのっ……」とつっかえつっかえ、言葉を連ねていく。


「毎日大切に使わせていただいておりましたのですが……本当に、申し訳ありません。殿下のお気持ちを無下にするような、このような真似を……」

「…………」


 スコットは言葉を返さない。

 不安そうにチラチラと視線を向けるローザリヤに相対するスコットは……。


 おもむろに、自らの手袋を脱ぎ始める。

 そしてスコットは、きょとんと目を丸くするローザリヤの、つるりと白い手を、その手にとった。


「この方が、ローザリヤの体温を感じられる」

「は……」

「だから、こちらの方がいい」


 互いに素手同士の手のひらを絡ませながら、頬を赤く染めるローザリヤに、スコットが言う。


「無事で良かった」

「殿下……」

「見る目のない俺を許してくれ。ローザリヤ」

「えっ……?」


 するり、と。ローザリヤの細い腰に、スコットが腕を回した。

 スコットはごく自然な動作でローザリヤを抱き寄せたかと思うと。


「…………っ!!」


 学友たちの衆人環視の中で、実にあっさりとローザリヤと唇を重ねたのだった。


 ベリンダは大きく目を見開き、アリソンは口元を両手で覆っている。

 エレンは嬉しそうに瞳を輝かせ、ドウェインは気恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 そして。


「…………ピヨ?」


 アリソンの頭の上に止まっていたインコが、首を九十度折り曲げて、「解せぬ」と言わんばかりの表情で硬直していた。


 ふたりのキスはたっぷりと、永遠にも思えるような……けれど、時間にして数秒ほどをおいて、互いの唇が離れていく。


 よく熟れたトマトのように顔面を紅潮させたローザリヤは、パクパクと鯉のように口を開けたり閉めたりしていた。


「す……スコット様?」


 それでも、どうにかそれだけ。

 殿下……ではなく、婚約者たる彼のその名前を呼べたかと思えば。


「今夜、久しぶりにキミの部屋に行く」

「え……」

「身支度を調えて、待っていてくれ」

「は……」

「ではな」


 スコットはそれだけ言うと、勝手に満足したみたいにくるりと踵を返す。


「行くぞ、ドウェイン。おい、何を呆けているんだ」

「え? あ、お、おう……? え、行くってどこへ?」

「旧校舎が燃えていんのだ。生徒会役員として、やるべき事は色々あるだろう。リーアムも呼べ。調査も必要だな。それと報告書も……それとあとは……」

「お、おい待てよ!? いや待ってくだせえよ! この流れでもう生徒会の仕事ですか!? 待ってくだせえってオイ! 俺は殿下ほど切り替えが早くねえんですよオイ!」


 ワイワイと騒ぎながら、男共がその場から立ち去っていってしまった。

 そして後には、ローザリヤ、ベリンダ、エレン、そしてアリソンだけが残される。


 ぽーっと頬を赤くしていたローザリヤは、ハッと何かに気付いた様子で、ベリンダに尋ねた。


「どっどうしましょうベリンダ!」

「あんだよ?」

「わたくし、何を着てスコット様をお待ちしたらよいのかしらっ!? こ、香水もつけた方が!? す、スコット様はどんな匂いのする女の子がお好きかしら!?」

「知るか、バカ」


 およそ御令嬢相手には、考えられない罵倒の言葉だったのだけれど。

 これ以上無く気分の高揚しているローザリヤは、ついぞ彼女を叱りつけることなく、今夜の身支度を楽しそうに嬉しそうに語り続けたのだった。

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