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四十二 魔法なんかにゃ頼らねえ!

 その声は、木造の古い校舎の燃えて弾けるパチパチという音に混じり、ベリンダの耳にも届いていた。


「ベリンダぁぁああああ!! まだ中にいるの!? 返事をなさいな! ベリンダああああああ!」

「……ローザリヤ嬢っ!?」


 その声を認識した瞬間、スコットに向かって駆けながら視線だけをチラリと廊下の奥へ向ける。


 燃え盛る炎の向こうで必死にベリンダを探しているアリソンとドウェイン……それから、ヤンス。

 そしてそのふたりのさらに向こうから、今まさに階段を上がってきたという感じで、遅れてローザリヤが姿を現したのだった。


 アリソンたちが、ここまで連れて来たのだろうか?

 いやしかし、見れば彼女たちも驚いた様子でローザリヤの方へと振り返っている。


 どういうことだろう。

 ローザリヤの独断で飛び込んできたのだろうか?

 事情は分からない……が、しかし。


「ヘッ……、意外だったぜ!まさかローザリヤ嬢が、こんなとこまで来ちまうとはな……!」


 ベリンダはそう小さく呟くが、しかしすぐに意識を切り替える。

 彼女の相手は黒魔法の使い手。

 意識をよそに持って行かれていて、どうにかなるような相手ではない……。


 と、思いきや。


「あ?」


 当のそのスコットが、意識をよそに持って行かれていた。


 炎の向こうに姿を現したローザリヤを、愕然とした表情で見やっている。

 微かに目を見開いた彼は、まるで信じられないというように、ポツリと呟きをこぼした。


「そんなまさか……なぜローザリヤが、わざわざこんな危険な場所に? 自分とは関係のないことのはずなのに……!」


 どうやらローザリヤが、自分の身の危険も省みずに、火事の現場に飛び込んできたことが信じられないようであった。

 ベリンダは唇の端をペロリと舐めると、スコットの懐に入り込むべく、一層勢いよく廊下を駆けた。


「喧嘩の最中によそ見たあ、いい度胸してやがんな!」

「なっ……!」


 ベリンダの声に、スコットもようやく今の状況を思い出したようである。


 彼我の間の距離は、もう互いに手を伸ばせば届く距離だ。

 今から周囲の炎を操るのでは、間に合わない。

 かといって水を操るには、スコット自らの魔力から精製するために集中力が必要となる。


 これまでの両方の技を封じられたスコットは、咄嗟にベリンダに向けて手を伸ばした。


「あんっ?」

「ベリンダ……キミの魔力を貸してもらうよ」


 そう言ったスコットは、辺りに充満していた黒魔法のオーラをベリンダへと差し向けた。


 先ほどドウェインの魔力を暴走させ、炎魔法を引き出した時と同じである。

 ベリンダの魔力を用いて、自身の代わりに魔法を暴発させようというのだ。


 昨日の魔法武道での立ち振る舞いを見るに、彼女の得意とする魔法は肉体強化魔法。

 あの異常なまでの跳躍力やスピード、反射神経が、この子のようないかにも女の子らしい体つきから生み出せるはずがない。


 肉体強化魔法はその豪快な効果に反して、非常に繊細で扱いの難しい魔法だ。

 過度に魔力を四肢に送れば、肉体がコントロールを失い、狙ったように動くことが適わなくなってしまう。

 また限界を超えて過剰な魔力を注ぎ込まれれば、肉体が負荷に耐えきれずに破損してしまう恐れすらある。


 そこで黒魔法によりベリンダの肉体に干渉し、魔力の流れを少しイジってしまえば……彼女の肉体は簡単にコントロールを失ってしまうというわけだ。

 無理をすれば四肢が弾け飛びかねないリスクすらある魔法なのだ、ほんのわずかの乱れでもベリンダにとっては脅威だろう。


 そう考え、ベリンダを黒魔法のオーラに包みこんだスコットは。


「は?」


 今度こそ、言葉を失った。


 ベリンダの肉体は、魔力が流れていなかった。


 いや、魔力自体はある。

 だが、それを肉体が……精神が、一切操作しようとしている気配がない。


「ど、どういうこと、だ……!?」


 通常、一度でも魔法を使ったことがある人間であれば、それ以降は体内の魔力を無意識に全身に循環させるように操作しているものである。

 それは赤ん坊が生まれてきた時に、おぎゃあと泣いて初めて呼吸をして以来、意識せずとも息をすることができることに近いものだ。

 だが、目の前の彼女……ベリンダには、その気配が一切無い。


 魔法を用いたことがない、ということであれば分かる。

 庶民のほとんどは生涯で魔法に触れることなど一度もなく、体内で精製された魔力も循環されることなくそのまま消えていくのだ。


 だがベリンダはそうではない。

 彼女はこの聖ファービランス魔法学園に入学している。

 ということは、少なくとも入学試験で魔法に関するテストを受けているはずなのだ。


 なのに、ベリンダは魔法を使った形跡がない。

 事実として昨日も、そして恐らく今も……肉体強化魔法を使っているはずだというのに!


「こ、これは、一体……!?」


 スコットは聡明である。

 自らの王太子という地位に溺れることなく、熱心に知識を吸収し続けてきた。

 それこそ、禁術とされた黒魔法ですら会得してしまうほど、熱心に。


 そんな彼にとって、魔法の根本に等しい魔力の流れが感じられないベリンダという少女は……ひどく、不気味な存在のように思えたのだった。


 ゾッ……、と。

 血の気の引く思いで、スコットは動きを完全に硬直させてしまう。


 そして。

 そのあまりにも大きな隙を、逃すような女番長ではなかった。


仏恥義(ブッチギ)ってやらあ、覚悟しやがれええええええええ!!」


 ベリンダは雄叫びを上げながら、無防備に立ちすくむスコットの懐に飛び込んだ。


 そして彼女は。


 将来、この国を背負って立つだろう王太子殿下を。

 その美貌と才覚から、学園中の興味を一身に浴びる生徒会長を。

 乙女ゲームの攻略対象として、数多のゲーマーたちから熱視線を向けられるスコットを。


 渾身の力で、ぶん殴ったのだった。

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