三十九 ドウェインの邂逅
一体何事かとローザリヤたちが目を向けると、テラスの外を駆けていた男性もこちらに気付いたようであった。
どうやら誰か人がいないかと探し回っていたようで、「やっと見つけた!」とばかりに表情をほころばせる。
そしてその男性の姿を認めた瞬間、ローザリヤの肩にとまっていたインコが突如として奇声を上げた。
「ドウェイン! ドウェイン!! ホーホケキョー!!!」
なぜか興奮してウグイスのように喚くインコを訝しみながらも、ローザリヤたちはその声のおかげで駆けてきた男性の正体に気付く。
ローザリヤはガーデンテーブルから席を立ち、その男性に声をかけた。
「貴方は生徒会役員のドウェイン様ではなくって?」
「おう! そうだぜ……って、うお!?」
一方でドウェインはというと、立ち上がったローザリヤを見たかと思うと、ぎょっと目を見開いて足を止めた。
「ろ、ローザリヤ……」
思わずと言った調子でぼそりと呟いたドウェインに、ローザリヤは不服そうに眉根を寄せた。
初対面といってよい間柄の彼が、ローザリヤを不躾に呼び捨てにしてくることは、あまり気持ちの良いことではない。
そんなローザリヤの内心を知ってか知らずか、彼はなぜだか必要以上に不信感をあらわにしながら尋ねてきた。
「ローザリヤ……一応訊くけど、お前、本物……だよな? ニセモノとかじゃないよな?」
「当たり前じゃないですの! わたくしはわたくしですわ!」
「けど、“様をつけろ”って言わなかった……」
「ドウェイン様は学園の先輩ですから、言えるわけないじゃありませんの!」
「そういやそうか」
「大体、ニセモノがそう簡単にほいほい辺りをうろついてるワケないじゃありませんの! 変なこと仰らないでくださいな!」
ローザリヤの抗議の言葉に、ドウェインは微妙な表情を返すばかりだった。
どこかでローザリヤのニセモノでも見てきたばかりなのだろうか。
するとそんなドウェインに対し、ローザリヤの背後からひょこりと顔を覗かせたエレンが、控えめに尋ねてくる。
「あのぅ~……ドウェイン様ぁ~。失礼ですが、どなたか人を探されていたのではぁ~?」
「おっと、そうだった! 本物のローザリヤを見たせいで忘れてたぜ!」
「わたくしのせいになさらないでください!」
「ローザリヤ本人だってんなら、ちょうどいい! 実は、お前んとこのベリンダが……」
「まぁーたベリンダの話ですの!?」
ついたった今までアリソンとベリンダのことでやり合っていたローザリヤは、うんざりした調子で肩を竦めた。
「誰も彼も、口を開けばベリンダベリンダ! わたくしはもうあの子とは関係ありませんの! よそへ行ってくださいまし!」
「そうはいうが、ベリンダが大変なんだって!」
「知りませんわよ、もう! あの子に関わると、わたくしの方が大変な目に遭うんですのよ! どうかお引き取りくださいな!」
「そんなわけにはいかねえ! 緊急事態なんだ!」
「……緊急事態?」
「ああ!」
ドウェインが必死の形相で頼み込むと、ローザリヤもようやく、事は急を要するらしいことに気がつく。
しかし、緊急事態……ですって?
「ええと、ドウェイン様。非常に聞きたくないのですけれど……あの子、今度は一体何に巻き込まれておりますの?」
「火事に巻き込まれてんだよ!」
「……は?」
火事?
と、なんとも間の抜けた声が、ローザリヤの口からこぼれ落ちた。
火事、ですって?
なんでそんな急にベリンダが、一切の前触れもなく火事に巻き込まれるようなことになっているんですの……!?
すると言葉を失い立ち尽くすローザリヤの背後から、アリソンとエレンもひょこりと顔を出した。
彼女たちは飛びかからん勢いでドウェインにすがりつくと、次々に言葉のマシンガンを浴びせかける。
「ベリンダ様が、火事に!? それってどういうことですかドウェイン様!?」
「なんで火事ぃ~? なんでベリンダがそんなことになっちゃってるのぉ~?」
「アネゴ!?!? ア、アネゴオオオオオオオオ!?!?!」
「きゃっ!? 急にどうしたんですのインコ!? 静かになさいな!」
謎の言葉を吐きながら騒ぎ立てるローザリヤのインコに目を丸くしながらも、ドウェインは事の次第を彼女たちに説明し始めた。
といっても、黒魔法がどうだとか、スコットがローザリヤの姿で現れたことなど、事情を知らない彼女たちに話せるはずもない。
なのでドウェインは、黒魔法にまつわる事柄はすべて伏せ、端的に起きた事実だけを彼女たちに伝えることにした。
すなわち、旧校舎で火事が発生し、そこに偶然居合わせたベリンダが取り残されてしまっている……と。
なぜそんなところにベリンダが? という質問には、「生徒会の視察を手伝って貰った」という言い訳を返す。
ドウェインは少し迷ったが、スコットもその場にいるということは隠しておくことにした。
ローザリヤにとって、スコットは婚約者である。
当のスコットの側は彼女を疎んじているようであるが、ローザリヤはそのような裏事情を知るはずもない。
ならばいたずらに伝えてしまえば、余計彼女をパニックに陥らせてしまうのではないかと考えたためだった。
しかしベリンダが火事の建物に取り残されているということだけ聞かされたローザリヤは、それでもたちまちの内に顔を真っ青にして狼狽え始めてしまう。
ローザリヤは金切り声を上げながら、目の前のドウェインを非難した。
「貴方! どうして現場にいながら、ベリンダを助けなかったのよ!?」
「助けようとしたけど、火の周りが早くて助けられなかったんだ! 仕方ないから消火活動を優先しようと、こうして誰か人を探して走り回ってたんだよ!」
「そ、そんな……そんなことって……ああ、どうしましょう……! どうしたらいいの……!?」
ドウェインは溜息をつくと、すっかり動揺しているローザリヤからエレンに視線を移した。
「おいあんた! 悪いが、誰かまだ校舎に残ってる先生に、このことを報せてきてくれ! 水魔法が得意ってヤツがいたら、ありったけ連れてこい!」
「わ、わかりました~っ!」
エレンがスカートを翻してカフェテラスを飛び出していくのとを見送ったところで、ドウェインの襟がグイッと何者かに引っ張られた。
誰かと思えば、茶色の髪をした少女、アリソンである。
彼女は真に迫った表情で頭ひとつ分ほども背の高いドウェインを見上げると、喉の奥から搾り出すように声を漏らした。
「ど、どこなんですか旧校舎って……!?」
「え?」
「あたしを連れて行ってください! 早く!」
「お、おう……」
アリソンのあまりの迫力に圧されるように、ドウェインは頷きを返す。
ふたりはカフェテラスを出て、旧校舎の方へと向かおうとする……が、アリソンは一瞬だけその場で立ち止まり、振り返った。
カフェテラスの中では、未だローザリヤが茫然自失状態で立ち尽くしてしまっている。
顔を真っ青にした彼女は、白い手袋に包まれた両手で自らの頬を覆い、逡巡しているようだった。
「わたくしは……、」
「ローザリヤさんは、来ないでくださいっ」
ローザリヤの声を遮るようにして、アリソンが言った。
「ベリンダ様がいるのは、火事の現場です。ローザリヤさんは次期国王の婚約者……地位ある女性ですから。万が一にも巻き込まれてしまっては、いけませんっ。だから、来ちゃだめです!」
「でも……」
「ベリンダ様が気になるのなら、エレンさんと一緒に、学園に報せてきてください! その方が助かる可能性が高くなりますから!」
強い言葉ではあるが、それはローザリヤの身を案じての言葉であることは明白である。
彼女は、将来敵に王太子殿下との成婚を予定している女性だ。
ローザリヤという女性は、彼女ひとりだけのための存在ではない。
その上ローザリヤは、よりにもよってベリンダと喧嘩をしている最中だ。
そしてその相手が、火事に巻き込まれてしまっている。
内心の動揺は相当なはずだろう。
そんな彼女が現場に来たところで、何か役に立つとも思えなかった。
だからアリソンは、突然の事態に動揺し冷静さを失っているローザリヤに、そのように言ったのである。
その代わり、というわけでもないだろうが。
「ピヨーーーーーーッ!」
「うおっ!? なんだ!?」
「きゃっ!」
バサバサバサッと。
ローザリヤの肩にとまっていたインコが、荒っぽく羽ばたいた。
インコは中空をバサバサと飛んでいき、アリソンの頭頂部にちょこんと止まる。
きょとんとするアリソンをよそに、インコは片方の羽を器用に前に伸ばしたかと思うと。
「ゴー! ゴー!」
どうやら、行け、ということらしい。
ハッと気付いたアリソンは、「い、行きましょう!」とドウェインを促し、旧校舎を目指して走り出した。
そんな彼女たちの背中を、顔を上げたローザリヤが静かに見送っている。
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