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三十七 拳と拳の時間だぜ

 自身の咄嗟にしてしまった言動に、ドウェインは自ら大きなショックを受けていた。


 ハア!? なんてこった!

 目の前でベリンダがスコットに言いよられているのを見て、カッとなっちまったんだろうか!?

 つ、つい勢いで『俺の女』なんて言っちまったけど……ヤバい!

 ベリンダ、これはさすがに俺の男気に惚れて振り向いてくれちまうんじゃあ……


 などと脳内でお花畑なことをほざいていたドウェインのケツが、盛大にしばかれた。

 そのベリンダ本人に、お尻を蹴っ飛ばされたのである。


「痛ってえ!? 何すんだ嬢ちゃん!」

「そいつはこっちのセリフだ! なーにが『ベリンダは俺の女だ』だ!? ふざけたこと言いやがって!」

「や、そ、そいつはだな……!」

「なにもドウェインに嘘ついてまで庇ってもらわねーでも、自分(テメー)の身は自分(テメー)で守れらぁ! バカにすんじゃねーや!」

「え? や……」


 べ、別に嘘ついて庇ったわけではない、のだが……。


 思わず肩を落として落ち込んでしまうドウェインを余所に、ベリンダはスコットに向かって言い放った。


「大体、テメーのドス黒い裏の顔は、全部割れてやがんだぜ。なのに今更、オレがお前に靡くとでも、本気で思ってやがんのか?」

「フ。屈服させて従わせる……というのも、キミ相手ならばおもしろいかもな」

「んだとぉ……!?」

「俺の黒魔法を舐めない方がいい。心理状態に直接干渉し、記憶すら書き換えるような術など……いくらでもあるのだからな」

「どこまでもゲスな殿下野郎だぜ!」

「お、オイコラですぜ殿下ぁ!? ベリンダに手ぇ出すんなら、まずこの俺が相手に……」

「フン。ドウェイン、お前のつまらん茶番も、今は無用だ。下がっていろ」


 スコットは言いながら、自らの右腕を軽く振り上げた。

 その右手から、一層黒いオーラが湧き上がるのを見て、ベリンダは咄嗟にドウェインの元へと駆け寄る。


「ドウェイン! そこ退()いてろ!」

「ぐべ!?」


 ベリンダは叫びながら、ドウェインの背中を強く蹴りつけた。

 まさかそんなことをされるとは思ってもみなかったドウェインは、明後日の方向へとたたらを踏むように転がっていってしまう。

 辛うじて身を反転し、埃の積もった床の上に尻餅をついたドウェインは、ベリンダに向かって抗議すべく右の拳を振り上げた。


「おい嬢ちゃん! なにすん……だあああっ!?」


 ドウェインの怒りの抗議は、しかしその直後、情け無い悲鳴に上書きされてしまう。


 なぜならば、ドウェインのその振り上げた右の拳……のみならず、体のあちらこちらから、意図せずして炎が噴き出していたからであった。


「な、なんだあ!? 俺は今、魔法なんか使ってねーぞ!?」


 ドウェインは困惑した様子で、自らの放ったと思しき炎を見やる。


 昨日の魔法演武でも披露したとおり、彼の得意とするのは炎を操る魔法だ。

 彼は今魔法を行使していないはずなのだが、しかし自らの体内に循環する魔力量の感覚からしてみても、この噴き出した炎が自らの魔力を根源として生み出されているらしいことは分かる。


 ドウェインはその噴き出した炎をよくよく観察してみると、その色合いが普段の生命力に満ちあふれた赤々とした色合いと比べて、幾分か黒ずんでいるような感覚があることに気がついた。


「こ、コイツはまさか……!?」

「フン。ベリンダが突然蹴り飛ばすものだから、少し狙いがズレてしまった。本当はもっと派手に発火させるつもりだったのだが」


 と、スコットがつまらなさそうに呟いた。


 どうやらこの突然のドウェインの魔力の暴走は、スコットによるものであるらしい。

 そういえばベリンダが指摘していた通り、この旧校舎の廊下や部屋の中には、スコットによる黒魔法から生じた黒い靄のようなオーラが充満していたはずだ。

 彼はその充満させた黒の魔力を用いることでドウェインの肉体に干渉し、彼の魔力からお得意の炎魔法を強制的に引き出してしまったようである。


「ドウェイン! 早く火を引っ込めろ!」

「分かってらあ嬢ちゃん! だが、……くそ! 制御が効かねえ……!?」


 ドウェインは必死に自らの魔力を抑え込もうとするのだが、まるで詮が壊れたかのように魔力が漏れ出ていってしまう。

 彼の体からまばらに噴き上がる黒い炎魔法は、校舎そのものに燃え移ってしまった。


「げ……! やべえ……!」


 廊下の壁や床をメラメラと炎が食い漁るのを見て、ドウェインは顔を青くする。


 ただでさえ古びた木造の旧校舎だ。

 その上、使われなくなって久しいため、管理も行き届いていない。

 そんな状況で火が放たれてしまえば、またたく間に広範囲に燃え広がってしまうだろう。


 自らの魔力の暴走から火事を引き起こしてしまったドウェインは、どうするべきかと逡巡し動きを止めてしまう。


 そんな彼に向かって、炎の向こうに立つスコットが再び右腕を差し向けた。

 さらなる魔力をドウェインから引き出すつもりらしい。

 が。


「させっかよ!」

「む……っ!」


 ベリンダが横合いから蹴りを放った。

 スコットはそれを避けるように横に動き、距離をとって彼女と対峙する。


 ドウェインも助太刀するべく立ち上がり、メラメラと燃え盛る炎を踏み越えようとするが。


「危ねえ!」


 突如響いたベリンダの叫び声に、ドウェインはビクリと動きを止める。

 すると、その直後。


 バリバリバリ! と、激しい落雷のような音が響いた。

 何かと目を剥くドウェインの目前に、まるで彼を通せんぼするみたいに天井材が剥がれ落ちてくる。

 どうやら炎に舐められた影響で、痛んでいた部分が早くも焼け落ちてきてしまったようであった。


 ドウェインはその天井材を足で踏みつけ、どうにか火を消してベリンダの元へと向かおうとするのだが。


「よせ! お前は来んな!」


 と、ベリンダに大声で制される。


「来んなって……しかしだな、嬢ちゃん!」

「お前がそこにいると、コイツの黒魔法でますます炎を引き出されちまう! この状況じゃ、お前はここから離れた方がいい!」

「けど……!」

「オレだったら大丈夫だ! なんせオメーより強いからな!」


 ベリンダはそう言って、ニヤリと不敵な笑みを見せる。


「何でもありの喧嘩なら、むしろ不良(オレ)のフィールドだぜ。こんな優男程度に遅れをとるオレじゃねえ。分かったら、行け!」


 しかしドウェインには、彼女のその獰猛な笑みの裏に、拭いきれない焦燥感が浮かんでいるのも感じ取っていた。


 どれだけ強がっていようとも。

 相手は禁術たる黒魔法を用いる、大犯罪者だ。


 どうする?

 俺は、嬢ちゃんのために、一体どうしたら……!


 逡巡するように動きを止めたのは、一瞬。

 ギリ……ッと、歯が割れるのではないかと思うほどに強く歯軋りをしてみせてから、ドウェインはくるりと(きびす)を返した。


「悪い! すぐに助けを呼んで戻ってくるからよ!」


 これ以上自分がここに居ても、いたずらに魔力から火を生み出されるだけだ。

 悔しいが、ドウェインは冷静な頭でそう判断を下したのである。


 その行動が、きっとベリンダをスコットの魔の手から救い出すと信じて。

 彼は燃え盛る炎と、想いを寄せる少女をその場に残し、旧校舎の古びた廊下をバタバタと駆け抜けていった。


「……頼んだぜ」


 その背中を見送ったベリンダは、コキリと首を鳴らしつつ、改めてスコットに向き直る。


「さーて。さしもの女番長様も、黒魔法の使い手と()るのは初めてだ。かかってこいよクソ野郎」

「……その挑発的な瞳。良いね。俺のご機嫌を窺い、媚びるような視線を向けるばかりのローザリヤとは大違いだ」

「たりめーだろ。タコ」


 辺りには黒い炎が蔓延し、肌の表面をチリチリと焦がしていく。

 旧校舎の狭い廊下の真ん中で対峙するふたりを外界から遠ざけるように、1階へと向かうための通路はあっという間に火に飲まれた。


「でも、ひとつだけ言っておくぜ。殿下ヤロー」


 通常であれば正気を失っていてもおかしくない、危険極まりない燃え盛るフィールドで。

 それでもベリンダは、もったいぶった様子で胸を張り、こんなん余裕だとばかりに不敵な笑みを浮かべてみせた。


「曲がりなりにもこのオレを取り巻きに従えてるあの女のこと、あんまり舐めねー方がいいと思うぜ?」

「聞くに堪えない戯れ言だ」


 それだけ言い捨てたスコットは、その右腕に黒いオーラを放つ魔力をまとわせながら、ベリンダへと歩み寄る。


 一歩間違えば取り返しのつかない事態になりかねない状況の中、ついに決戦の火蓋が切って落とされた。

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